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1998/12/19
V6『PRIVATE PARTY』仙台サンプラザホール
『over』健くんソロイベントから、22回目の記念日。
もし、この日のことを、みんなが忘れてしまったとしても… もし、ひとりになっちゃったとしても… 毎年この場所へ。。。
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V6さん、一人ひとりが全国各地で行ったイベント。
健くんは、仙台ッ!
初めておりたった仙台は、曇り空。 空気が冷たくて、けれど、空がとてもキレイだった。
健くんの愛がたくさん詰まった時間でした。 忘れることなんてできない大切な日。
Coming Century伝説のドラマ『PU-PU-PU-』の撮影が終わったばかりの健くん。
リッくんのようで!?リッくんじゃない? そこにいるのは、、、まぎれもなく、みんなが大好きな健くんッ!
客席から登場してみたり♪ ファンからの質問に答えてくれたり♪ 准くんとしし座流星群を見に行ったお話をしてくれたり♪ ファンのためにしたためてくれてたお手紙 徹夜で(…と言いながら本当は3日間かけて)ご用意くださった300個の手書きメッセージ入りカプセル
そして、握手会発起人ッ!
19歳だった健くんは、41歳。
アイドル27周年を迎えた今でも、表舞台で活躍し続けてくれる。
素敵な姿をたくさん見せてくれて、今までみたことのない「三宅健」をたくさん見せてくれる。
色々な場所へ連れて行ってくれて、見たことのない景色を見せてくれる。
決して当たり前じゃない、奇跡のような年月。
いつもいつでも、今が一番素敵で、大好きでいさせてくれる。
19歳の健くんも、たくさんの愛でファンをつつんでくれていました。
ファンを想ってくださる気持ち。
その核にあるものは、今も昔も変わらずに、いつだって確かなもの。
この時季になると読み返す当時の日記。
健くんからのお手紙
便箋を広げ、一言ひとこと言葉を尽くして伝えてくれた想い。
耳に残る健くんの声と、記憶を探りながら文字に起こしたものです。
これだけではなく、もっともっとたくさんのことを伝えてくれたのですが… きちんと残せていなくて、本当にごめんなさい。。。
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22年前。19歳の健くんからみんなへのラブレター
・:*:・゚'★,。・:*:・゚'☆・:
V6 PRIVATE PARTY in SENDAI KEN's PARTY
『世の中って楽しいことばかりじゃないけれど、一生懸命に頑張っていればそれなりに結果は出るものだと思う。どんなに頑張っていても時には誤解や中傷を受けて、散々な目に遭うこともある。自分の考え方や行動でさえも自信が持てなくなる。そういう辛い思いが続いたとしても、それでもなお頑張っていれば、いつの間にかその地点を、通過もしくは乗り越えることができる。』
『力の限りがんばって、めいっぱい努力をして、どんなことがあっても、みんなと一緒にいたいと思います。そしてみんなも挫けずに僕と一緒にがんばりましょう。』
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読み終えた後、唇を噛みながら、照れくさそうにお顔を上げた健くん。
たくさんのあたたかい拍手が健くんをつつんでいました。
そして健くんからの次なるサプライズは、メッセージカプセルッ!
『じゃあ、三択ね!ここで僕とじゃんけん大会をするか?コンサートで配るか?今日はナシッ!』
メッセージカプセルは、健くんとのじゃんけんに決まりました。
じゃんけん…
健くんチョキ<>チョキ
…あっさり敗退(笑)。 けれど、健くんとあいこで嬉しい敗退でした(笑)。
カプセルは後に、健くんから直接プレゼントされることにッ!?
そして、最後のサプライズ。
『じゃあ、握手会やる?やめる?』
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初めて目の前にした恋い焦がれる大好な人は、今にも壊れてしまいそうなくらいにか細くて…。
けれど、とてもやさしい瞳をしていました。 そして、すごくあたたかくてきれいな、男の子の手。
健くんの大切なイーグルを視界の片隅にみつけた時、 ああ、ずっとずっと大好きな健くんだあ…と、確信に変わりました。
Coming Century伝説のドラマ♡『PUーPUーPUー』の撮影が終わったばかり、 さらにこの日のために何日も前から徹夜をして、 倒れてしまわないか…ただただ心配もしました。
けれど、健くんの想いにつつまれた、 忘れられない時間でした。
今まで健くんからいただいたたくさんの宝物。 そのどれもが、掛けがえのない大切な記憶です。 けれど、この日のことは、今でも私の生きる糧です。
健くんと握手をして言葉を交わしたのは、 この日と、V6さん10周年の握手会、東京と仙台。 後にも先にもこの3度だけ。
本来なら、言葉を交わすことも触れることも、叶わない関係。
だから。
いついつまでも、この記憶を愛に変え、生きてゆく。
健くんからいただいてきたもの、いただくものに、恥じぬように。。。
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『お互いに信頼し合って、少しでも成長できるような交わり合い方ができればいいんじゃないかと思います』
…あれから22年。 健くんとファンの関係は、健くんが思い描いたものになっていますか?
「昔は、僕はタレントとかアイドルで、ファンのみんなは、そんな僕を応援してくれる存在っていう関係性だった。でもどんどん月日がたって、同じだけ年を重ねてきた中で、ファンのみんなの存在は、自分の人生の一部なのかもしれないと…。そんなふうにおもえるようになってきたっていうのかな。」
2018年2月。健くんからのピンクの逆チョコ。 伝えてくれた気持ち。
健くんの想いは今年… 『自分にとっては人生の一部、いや、全部』に変わっていました。
少しでも、健くんに笑っていてもらえるように。 そう思い続けてもらえるように。
ステージに立ち続けてくれる限り、 アイドルでい続けてくれる限り、 三宅健というリアルと虚像に寄り添い生きて行きたいと願います。
見せてくれるもの、届けてくれるもの。 今しかないこの瞬間を大切に。
みんなと相思相愛でいてください、健くん。
ささやかですが、今年もこの場所に ありったけの感謝と愛を込めて。
p.s.
1997年9月13日『KYO TO KYO』健くんソロ公演。 健くんからファンへの手紙。 当時、お手紙の内容を健くんファンの方に♪とwink upに投書くださったファンの方がいらっしゃいました。
その記事で、私もお手紙の内容を知りました。 それが、とてもうれしかったファンの一人です。
当時のファンの方のお気持ちには到底及びませんが、感謝の気持ちを忘れずに。
毎年この場所へ、したためさせていただきます。
22年経っても、健くんの想いに生かされる毎日です。
xoxoxo
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