兎の放蕩物語


モネの家の食堂と私の館の共通性

モネの家の食堂と私の館の共通性
セーヌ川沿いの街をパリから遠ざかりながら転々と家を移り歩いたモネとその新しい絆ができた家族たち内縁の妻と連れ子6人を含む合わせて9人の世帯です。

終の棲家ジヴェルニーに落ち着いたのは彼が最初の妻カミーユと死別して6年後の43歳の時でした。

そのジベルニーの家をフランスに訪ねたときにモネの家の食堂を見て立ち尽くしました。
まだ行ったこともない極東の島国の浮世絵を多く手に入れて壁一面に飾っていました。

その時の印象はずっとウサギの脳裏に焼き付いていて日本の家屋に住んでもダイニングテーブルや明るい色のテーブルクロスにこだわるようになり、場所を変えて中禅寺湖でお預かりしている館のダイニングルームにそのモネの食堂の記憶が蘇ってきていつの間にかこの部屋はモネのギャラリーになっていました。

そんなことをして気を紛らわしてはいますが、なかなか自分が思うような顧客層が2カ月ではまだ確立できていません。それが悩みです。

19/05/28 (Tue)


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