さて、今日は成人の日。自分が二十歳になった年の事をちょっと書いてみようと思います。
私が生まれた年は昭和40年…つまり西暦1965年ですから、二十歳になった年は1985年になります。で、その年に何があったかといえば、すぐに思い出す出来事に500人以上の方々が亡くなった、あの日航ジャンボ機墜落事故があります。
当時、私はまだ東京の某デザイン専門学校生でしたが、そんなもの(…汗)そっちのけでのめり込んでいたオートバイレースの資金稼ぎのため、渋谷の山手通り沿いにあったガソリンスタンドで、日夜アルバイトをしていました。
墜落事故が起きたのは8月12日ですからお盆に入る直前で、長野県に帰省しようかどうか迷っていたところに飛び込んできた重大ニュースだったわけで、もちろん、務め先の社員やバイト仲間らでもけっこうな騒ぎになりました。
とりわけ今でもハッキリ覚えているエピソードは、歌手の坂本九さんがたまたま乗っていたらしいという情報が入ってきたときのことでした。
実際、坂本九さんはその日航機事故でお亡くなりになっているのですが、そのときはまだ情報がハッキリしていなかった頃だったと思います。スタンド裏の休憩室で休んでいるところに、同じ専門学校に通うバイト仲間が「おう、カミジマ。あのジャンボ機、坂本九が乗ってたんだってよ!」とちょっと興奮した様子で入ってきたのでした。
私はというと500名以上が絶望的ということに十分ショックを受けていたので、「まぁ有名人の一人や二人、乗っていても不思議はないよなぁ…。」という、なんというか冷静なようで呆然とした気分で反応したように思いますが、その後彼が放った一言がちょっと気になったのです。
「まぁ、坂本九もついてねぇよな〜!」と…。
縁もゆかりもないブラウン管(!)内の有名人ですから呼び捨てなのはまぁよいとして、言い方がちょっと軽々しかったのと「いや、ついてないのはジャンボ機に乗っていた全員だろうに…」という気持ちから、ちょっとムッとしてしまいました。
まぁ今にして思えば、彼が言いたかったのは「大勢いる有名人の中では、坂本九さんがついていなかった」という意味だったのかもしれませんが、当時は坂本九さんを特別視することで、その他大勢の乗客の存在を軽んじているように感じ、ちょっと不謹慎な物言いに思えてしまったのです。
まぁ話はそれだけで、その後彼との仲が悪くなったわけでもなく、大したオチも無いので申し訳ないのですが、何が言いたいかといえば、もう四半世紀以上も前の出来事でも、しっかり記憶に刻まれていればかなりハッキリ覚えているものだ、ということですね。
ただ、今回改めて1985年に何があっただろうとネット検索してみたところ、たとえば《豊田商事事件》とか《電電公社がNTTへ》とか《ロス疑惑の三浦和義氏逮捕》とか《夏目雅子さん27歳で白血病死》とか《おにゃんこクラブが大ブーム》とか、他にも印象に残る出来事はたくさん見つかるのですが、ほとんどが「あぁそうか、これって自分が二十歳のときの出来事だったんだな、へぇ…」と思うことばかりで、日航ジャンボ機事故のように「あれはそう、自分がちょうど二十歳になった年の出来事で…」という感じで明確に自分の中に刻まれているのとは、ちょっと違うんですよねぇ…。
で、その差を分ける要素は一体何なのかなぁ…なんて、ボンヤリ考えてみたりもします。
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