長い夢を見ている様だった
入学したての頃は、それこそ右も左もわからない状態で。
オチャビで最低限の集団への属し方みたいなものを思い出した上で大学に入った訳なんだけど、
予備校は一年という期間で「大学合格」ってな事が念頭に置かれてるから
極端に言えばただ勉強して絵を上達させれるだけの環境だったわけで。(最終的に友達出来たケドね)
やっぱり大学という大きな“機関”の感じはどうも苦手で。
それもうちの科は70人程度でクラス制の様なもんが設けられているから、グループワークなり班なりで結構必然的に大体の人と関わんなきゃいけないわけよ。
それがすんげー当時は嫌で、イヤでイヤでしょうがなかった。
俺は中・高と全く同じ経験してんのは、入って数日ぐらいは孤立しちゃうの。人見知りだから。
でも結局一週間ぐらいしたら自然と友達が友達を呼んできて、増えてんのよ友達が。
中学でそれを経験したから、高校も二つ目の高校も予感してて「さあ何日かかるかな」ぐらいの気持ちでいた。
そしたらひと月なんもないのね。大学。
ギリ2、3人話すくらいで、今までの一度話せばもう友達 みたいなのは全くない。
入学当初俗にいうロン毛だったんだけど、美大だから地味な方かなって思ってたのが間違いだった。
うちの学科は真面目な奴しかいないの。髪も服も。
だから結構奇異の目で見られてて、避けられてたんだよね。後から聞いたんだけど。
そんな訳で昼飯は食堂行っても一人で食ってたな。なるたけ目立たない様に。
寂しくてバス待ってる時隣にいたやつに話しかけたりもしたな。一言二言で会話終わったけど。
そんな日々をひと月くらい過ごしてヒロキと出会った。
まだ仲良くなりたてなのに終電のがした時ミクシーで泊めてってメールしたな。
そこからは何回、何十回とヒロキんち行ったな。
あの家では本当に色々あった。
寝るよーっつっても結局お互い話し込んじゃって毎回もう4時じゃーんとか言って
結局昼に起きて飯を食って学校着くのは夕方とか
ヒロキんち泊まると毎回そうだった笑
そんなヒロキが俺のいいとこを見つけてくれて、どんどん友達の輪を広げてってくれたな
お前のお陰で今はたくさんの友達がいるよ
思えば毎年しんどかった時期があったな
一年の冬頃自分が一体なんなのか本当にわかんなくなって
YO-KINGのその後の世界をずっと聞いていた
二年の頃は自分が何をしたいのかを真剣に悩んだ
所属している科と自分のやりたい事が不一致している違和感、教授との対立のストレスで
円形脱毛も出来た
親とめんすけにだけ泣きながらその事を相談したな
本気で転科を考えたりもしたけど、今いる学科で平面的な表現して行く決心をした
あの時から全てが始まった気がする
三年の頃は進むべき道で悩んだな
とにかくがむしゃらに頑張ってインターン行ったりしたな
後半結果が不安であまり学校の課題集中できなかったな正直
自分を勇気づける様な音楽を聞いて気ぃ紛らわしたりしてた笑
そして四年の頃はなにより別れについて考えてたな
俺人と親密な関係になるのに時間が掛かるから、四年になる頃にようやく学校が本当に楽しくなってきたんだけど、もう卒業かよ!みたいな
飲んだり遊んだりしててもふと、この瞬間もあと何ヶ月すれば...って思って勝手に寂しくなってた
本当に幸せだった
この四年間で全ての価値観が変わった
なにより幼少からの夢のインテリアデザイナーを志して入学したにも関わらず、アートディレクターとして卒業していった事が自分でも驚きだ
この選択にも相当悩んだ
一年生の終わり頃佐藤晃一のポスターを見て美しさのあまりに息をのんだ
その時から平面に対する想いが爆発して
悩んで、悩んで、悩んだ末に選んだのがアートディレクターだった
そう決めた瞬間になりふり構わず色んな人に会いに行って話を聞いたり相談をしたり、作品を作った
大学受験をするにあたって培った、“やらない後悔よりやる後悔”という事を信じ続けて良かった
くっさいセリフだけど、努力は本当に裏切らないもんだ
むちゃくちゃ悩んだりしてる時も、とりあえず学校に行けば元気を貰えた
どーーーーーしようもない先輩とか友達は俺の気持ちも知らず本当にくっだらない事言ってきて
それで爆笑してるうちに楽になってんだよな
課題やるかっつって誰かん家集合しても結局朝まで酒のんで昼過ぎに起きて飯食って解散する日もあれば
一人じゃ寝ちゃうからっつって誰かん家集まって徹夜でモックを作ったり
何回あの徹夜の気持ち悪さのまま学校行ったかな
そのままチェックや講評ってのもザラにあったな
洋服や音楽も色んな事を教えてくれたな
私服で革靴を履く様になったりもしたな
相変わらず黒い服ばかりのコーディネートだけど笑
とにかく全てを学んだ
生き方、酒、性、音楽、思考、騒ぎ方、恋、友情、
そして美の大きさ
23年間の中で間違いなく一番輝いていた
何度か泣いた事もあるけど、どれも美しい涙だった
特に最後の別れの涙、俺は本当に一生忘れないと思う
本当にこの学校を選んで良かった。そして6年前、あの時一念発起して良かった。
たくさんの大事な人に出会う事が出来た
全員が美術が好きというこの環境、
何度生まれ変わっても、また多摩美生でいたいな






