もう終わりにするつもりだけど。最期に少しだけ、LIVEの時の事を書いておく。それはとても大切な記憶であり、同時に忘れていくべき記憶だからだ。彼の姿を見つけた瞬間、あ。そう思った。それだけ。ほんの僅か、心に痛みが走ったような気配があったが、危惧していたような動揺も錯乱も、不思議なほどあっけらかんと、なにもなかった。あたしはそんな自分に呆れてた。演奏がはじまると、彼はまるで瞑想に耽る哲学者の面差しで小さなキーボードに向かう。あたしは目を閉じて音に溺れてみる。これほどにあたしの生理に入り込む音。あたしを黙らせ身体を委ねて指先にまで神経を通わせる音。あたしは慎重に耳を澄ます。ひとつひとつの音、ひとつひとつのリズム、それらを弾き出す彼の顔を見つめる。そうしながら自分の心の中を検証する。ずっと奥の右隅のところに、かすかにちくりとする部分を見つけたが次の瞬間そこから温かい液体がじわりどくどく、流れ出すのを感じた。それは至福感だとかいう陳腐な言葉しか当てはまらないような感覚。温かく心地よくあたしの脳内に快楽物質がどんどんと送り込まれてくるのを止められなかった。あたしの身体の中の血脈が変わり皮膚がむずむずとしてまるで脱皮を促されているような気分だった。事実その瞬間にあたしは生まれ変わったのだと思っている。だって誰にも知られることのないよう変装してまで隠れて聴きに行ったはずが、彼と握手を交わすことまで出来ただなんて。「悪い癖」で書いたように「元気?」とやはり彼が問い、「うん、元気元気!」と挨拶出来た時その素晴しい瞬間に泣き出しそうだった。あたしが自分の胸をこぶしで叩きでもなにをどう言えばいいか分からず結局「勇気もらった」と言ったら彼は恥ずかしそうに「ありがとう」と言った。そんなやり取りのなんて気高い月並みさ。あたしはそのなんでもなさの喜びに指先が震えた。人を愛すること、人に愛されること、人生を大切にすること、自分自身として表現をしていく者として生きること、何もかも何もかも、彼に教えてもらったような気がする。
ありがとうね。これからもよろしく。