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兎の放蕩物語


瀬戸内海の家に移動して…

<e169e>瀬戸内海の家に移動して…
瀬戸内はかなり前に梅雨入り宣言がされていましたが十日には首都圏の空もどんより梅雨空に変わって、早朝出発してお昼過ぎには四国高松の家に二カ月振りに帰ってきました。

明石海峡大橋や鳴門海峡はどんよりとした黒い雲り空でしたが志度湾の上空は青空が現れて、西伊豆もそうですが海沿いの家は雨や雲が海風で一掃されて心地よい空気を運んでくれるのですね。

東京もアラートが解除され地方ではもっと安心のはずですが、やはり日本人の定住意識の強さが🐇の様な移動民族を異邦人にしてしまう雰囲気も感じるのであまり人とは積極的に合わずに静かに暮らすしかないなと客観的に感じたりもします。

最初の日に22年来のお付き合いの兄貴と呼んでいる理髪店で今は息子さんが🐇の担当になりましたが髪を切ってもらい(いつも長めのロングですが…)すっきりしました。
20/06/12 (Fri)


自動車の話題です

<e125e>自動車の話題です
5月は自動車税の支払いで18年経過の古い車2台への重課税分の支払い額で自動車所有の経費の重さを改めて感じている🐇です。

今月はたまたま車検を迎える車もまた2台あって6月初旬に車検が切れる車の検査期間が7月1日まで猶予されましたが順番に予算を決めて対応していこうと思います。

そんな中で1台は我が家で唯一の香川ナンバーなのでこのほど解禁された高松ナンバーを装着したいなとも考えています。

写真のナンバーですが屋島と瀬戸内海が背景で女木島行きの赤いフェリーメオンや栗林公園の松など配置されローカル色豊かなプレートです。ご当地ナンバーに選ばれる都市は全国でも少ないので、大好きな高松の民力の大きさもまた実感しています。
20/06/11 (Thu)


自分史に残る年の自動車

自分史に残る年の自動車
1999年9月30日をもって立ち上げ時から約3年。高松での自分の役目を終えて札幌に転勤になりました。

今思えばヤナセ在籍中で一番充実していた40代後半の壮年期でした。
この年の思い出に残る車としてサーブの黄色いカブリオレ、もう一台はメルセデスのCLKクーペです。

後にこの2台は自分でも不思議なことに縁があって同じ車種に巡り合い 大切に所有してきました。
サーブは3年間乗ってジャガーXJ8に乗り替え、もう一台のメルセデスはこれ大事な車でもう7年も浮気せずに修理しながら乗り続けています。四国に縁がある思い出が多い大切な車たちです。

この車は私の人生の大切な生き証人として後生大事に乗り続けられることでしょう。

20/06/06 (Sat)


Porsche 見ると欲しいなあと…!

<e125e>Porsche 見ると欲しいなあと…!
東京に移動して 所用やたまった事務処理こなしています。
レインボーブリッジが赤く灯された日でしたが人出はかなり増えていますね。

🐇は車を何時もピカピカに磨いて綺麗にしているので 駐車場に停めるときはなるべく密を避けて 離れて 老人の運転ミスや子供のドアパンチを避けて停めるようにしていますが、同じように端っこに停めてあるケイマンが眩しく 擦り寄って(笑)隣に…。

しばしうっとり見つめます。若い頃からずっとあこがれてきた Porsche ですがやはり Mercedesより高価で球数も少なくなかなか身近で乗ることができませんでした。輸入車も中間層の愛好家が少なくなった昨今、中古車価格は下がり続けていて安くは買えますが維持費はそれなりに高額でメンテナンス費用は馬鹿になりません。

残念ながらPorsche だけは例外で高値安定の別格車の日本です。
20/06/04 (Thu)


新しい家族が一匹

新しい家族が一匹
🐇は共に生活を潤してくれる自動車やバイク、庭の守り神、その他のものを晩年の家族と称して一緒に暮らしています。

写真のゴールデンレトリバーがこの程イタリアから西伊豆のアトリエにやって来ました。

すでに飼われているエリサという仔犬のお父さんになるので昨夜家族として犬同士の親子として対面しました。

🐇は聖書で「雷の子」と呼ばれる使途ヨハネと同じように温厚に見えてもとても怒りっぽく短期なのでこの子たちがいると一呼吸おけて怒りを抑えてくれる存在でとても大切な家族の一員なのです。
20/05/30 (Sat)


軽自動車は日本のモノづくりの技術の結晶

<e125e>軽自動車は日本のモノづくりの技術の結晶
46年間もずっと輸入車ばかり乗ってきたので正直日本の軽自動車を馬鹿にしていて貧乏くさい生活臭丸出しの田舎車だと思っていました。

でも分に応じたトールワゴンではない小さなサイズの(大きくない軽)車は技術的にも尊敬する部分もあったのでサードカー的には古い車は我が家に時々飼われていたものもあります。

二年前からヤナセの他にも縁があってダイハツの販売店として登録していただき軽を扱う機会も増え 段々とその偏見が解けてきたのも事実です。

トコットは隠れた名車です。(6カ月乗りました)

今回は何の変哲もない「ムーブ」という実用車をお客さまの整備に出した際に借り受け 東京〜西伊豆を 300km程走りましたが、正直その車造りの基本性能の高さにただただ驚きました。低コストでどうしてこんなに普通車以上のしっかりしたボディ剛性や足回りのサスペンションの追従性が良いのかカルチャーショックです。

日常の生活に車は欠かすことが出来ないギア(生活道具)ですが、スポーツカー或いはクーペと軽自動車の2台あれば十分生活できると考えを改めました。

このムーブという車のデザインはオジサン臭く魅力は感じませんが、走行性能や安全性のレベルは高く、遊び心のあるデザインの今発注して7月に納車される「タフト」が良ければ「軽自動車」は自分の中で市民権を得たなと納得しています。

70歳になれば🐇も会社をたたもうかと思います。間もなくですが年金生活者になれば無駄な出費をなくさなければなりません。将来にヒントをくれる日本の優秀な軽自動車の話でした。
20/05/23 (Sat)


駿河湾フェリー運行休止中

<e169e>駿河湾フェリー運行休止中
●県道223号● 海の上の静岡県道として土肥温泉と清水港を70分で結ぶ海上交通の足「駿河湾フェリー」が6月30日まで運航休止が延長されてしまいました。

毎日窓からこの大きな船が片道4便x2の往復で8便が行き交う姿が見えて西伊豆のアトリエの時計代わりに運行されているので運休で暫くの間は写真のフェリーが見られず寂しい思いをしています。

今の場所は富士山の噴火の際には溶岩流や吹き上げた火山灰も届かず、南海トラフ地震があったとしても海抜120mの高台に位置するので津波の心配はないのですが 大きな山崩れがあると沼津への県道が封鎖される恐れがあって その時にも非常時に脱出できる唯一の海上交通手段になっています。

最近は備蓄食料も考慮に入れながら ウイルスに続いてもしも震災や天災がいつ襲ってくるかも知れないのでこの航路は🐇にとっても大切な県道なのです。
20/05/21 (Thu)


奇跡かなあ?今年初めての市販のマスク

奇跡かなあ?今年初めての市販のマスク
武漢ウイルスの騒動があって日本中どこへ行っても店頭でマスクやアルコール消毒液が買えない状況が続いて仕方なく手作りのマスクで洗濯しながら使い回ししてきた🐇。

今日初めて仕事の帰りにドラッグストアではなく神奈川県のスーパーで一人一箱限りでしたが60枚入りの箱入りの日本の会社が販売している市販の使い捨てマスクが購入できました。それもリーズナブルな税込み1080円程度でした。

首都圏は今日以降もまだ緊急事態宣言の解除はお預けですが、思いもよらぬマスクの出現でサプライズの一日でした。

写真は購入できた箱入りマスクと今まで洗濯を繰り返しながら使いまわしてきたお世話になった手作りマスクたちです。
20/05/14 (Thu)


留守にしていた首都圏は緊急事態制限で閑散として…

留守にしていた首都圏は緊急事態制限で閑散として…
武漢ウイルスの脅威から逃れて3月は高松の四国連絡所のあるオーシャンデッキ・4月はガレージとアトリエのある西伊豆で損保の仕事を中心に電話とオンライン決済で済ませ、郵便で書類を送りながら静かに人と会わずに暮らしていた🐇。
でもどうしても🐇を頼りにしてくれる方たちが多く、二か月ぶりに連休の終わりに東京の自宅に戻りお客様と接しながら色々な相談に乗るために都内を車で走りながら前からのお付き合いのある人に限ってお会いするためにそっと移動しています。

マスクをして話をするのもストレスありますね。なるべく向かい合わないよう横並びで話をしたりお互い少しマスクを外す気配を感じ取ってうなずきあったり様々です。

日本で感染者が少ないのは日本人の清潔好きとハグや握手をしない、靴を脱いで家に上がる習慣が靴底についたウイルスを家に持ち込まない等々、色々なこれまでの生活習慣が功を奏してる気もし、また海外からの渡航者の入国を制限したのが遅かったのですでに集団免疫が出来ていたことなどTVだけではなく海外の専門書を読んだり日本を外から見つめながら客観的な情報をいろいろ収集しています。
20/05/13 (Wed)


富士山麓から西伊豆にセカンドハウスを移して早や7年

<e769e>富士山麓から西伊豆にセカンドハウスを移して早や7年<e810e>
光陰矢の如し
年齢を重ねると月日の経つのが何と 早いことでしょう…!

7年前の2013年には大震災後の気候変動に依って 富士山麓の鳴沢村の寒さがより厳しく感じられ 南国・高知の土佐山田(香美市)に前半は5カ月間の体験移住、その後 冬になる前に鳴沢の別荘地の知人の紹介でここ西伊豆の戸田村にセカンドハウスを移して早や7年目。あっという間に過ぎ去りました。

来年は🐇も古希(この年まで生きられるのは稀の意)を迎えるなんて信じられません。医学が発達した現代とはいえ人間50年と頭に沁みついてしまっている🐇は今ここに好きなことをして健康に生きていられるだけでも幸せだなあと感じる日々です。

城壁の石を塗り直したこの連休でしたが 毎年、色々な出来事が起きて何とか生きながらえております。感謝です。

20/05/07 (Thu)


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