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兎の放蕩物語


Goodwill Guide の取得

Goodwill Guide の取得
新しい年を迎えて身辺整理をしながら今年できることを幾つか考えていました。

英語教室の指導者資格があったので、早速「善意通訳」の資格証と胸に着けるバッジを申請し新年早々日本政府観光局から郵送されてきました。

この資格は街角等で言語上困っている外国人旅行者を見かけたり、質問を受けた際に、ボランティア精神に基づき交通案内等に関する情報を提供したり、忘れ物や病気等でトラブルを抱えている場合もヘルプをしてあげる公の資格です。

2年近く、富士急行の仕事で、多くの外国人と日常的に観光案内をしていたので、今年は小さな駅を離れても観光地やターミナル駅でも自分が助けて上げようと思ったときにバッジを着けて積極的に人助けが出来るシステムなので日本のどこにいてもチャレンジできるものです。

南国の避寒から戻ったら県の観光局にも登録してお手伝いをしようと思っています。
12/01/09 (Mon)


年賀状の欠礼のお詫び

年賀状の欠礼のお詫び
1月もあっという間に5日になってしまって、例年のように多くの方から年賀状をいただいた。

でもウサギは人生で初めて年賀状を1通も昨年書けませんでした。
年が明けて、お一人お一人にお返事もしなければとおもいつつ、何か還暦がひとつのゴールみたいだったので昨年は31日まで仕事をして燃え尽きた感覚なのです。

気力が沸かないというか、食欲もあり、身体も元気なのですが精神面でちょうど箱根駅伝の自分の担当する区間を走りきってそのまま倒れこんでしまったような心境です。

60歳になる瞬間までに昨年は働き詰めで、東京都からの新規事業資金の借金を7年かけて完全に返し終え、年金も無事に払い終えて、北海道の牧場に嫁いだ娘の初孫も出来て何か全力を出し切った感じの1年だったので精神が走りきってぶっ倒れてしまったのか、いつもは几帳面な自分がお客様にも、仕事仲間にも、友達にも親戚にも一人ひとりのことを考えながら添え書きする年賀状が手につかない時間を過ごしてしまったことに自省の気持ちでいっぱいです。本当にごめんなさい。

今日あたりからヤナセの担当の人や東京海上の仕事関係の人と連絡を取り合いながらぼちぼち身体は動き始めました。

今月の下旬から四国の海沿いの温暖な地方に短期の移住をします。
3月になって富士山麓の家に戻りますが、暖かい場所で独立してからの心身の疲労を癒しながら第3の人生を軌道に乗せられるように充電してくる予定です。あと何年生きられるか?どう生きるか?それが課題です。
12/01/06 (Fri)


元旦は教会の礼拝に出席

元旦は教会の礼拝に出席
2012年 新しい年を迎えました。

ウサギは甲府のエシコル教会の元旦礼拝に参加しました。
1週間前のクリスマス音楽礼拝に続いて神様のみ前で自分を正します。
今年の所属教会の標語は出エジプト記から「純金で燭台を作りなさい」を与えられました。以下旧約聖書より抜粋です。

純金で燭台を作りなさい。燭台は打ち出し作りとし、台座と支柱、萼と 節と花弁は一体でなければならない。六本の支柱が左右に出るように作り、一方に三本、他方に三本付ける。(出エジプト記25:31−32)

今、家にある燭台はダイニング用にイタリアで買ってきたもので3本の支柱しかないものなので写真のような礼拝に必要な7本の支柱のある正式なものを探すか木で手作りして金色のペイントを塗って仕上げなければならないかな?と思っています。

ウサギは自分の髪に軽く小豆島のオリーブオイルをつけて整えるのですが、イスラエルでは頭にオリーブオイルをつけるのは王様か、幹部聖職者、預言者だけにかがられているとか?過去生では知らぬうちに聖書の世界に生きていたのかもしれないのではと不思議な気持で牧師の話を聴いていました。

12/01/01 (Sun)


富士急の仕事を終了

富士急の仕事を終了
富士山麓に移住してきてから、色々考えた末に地元富士急行の小さな駅の管理を請け負うことにして今日までこつこつと地道な仕事も続けてきました。

どんな仕事も一長一短があり、嬉しい事もつらいこともあるものですが、人生の晩年の時期に知らない土地で自分を信用してくれてひとつの駅を任せてくれたことを感謝しています。

収入面では本業の稼ぎの半分まで行きませんでしたが、鉄道の仕事は乗り物好きの兎(子供と同じ)には変化があり制服を颯爽と着こなして多くの電車の運行を見守りました。

1年目は新しい挑戦と、多くの人々との出会い、それと外国からの観光客をもてなすことが喜びに結びつき、不満はありませんでした。

2年目の今年、3月の震災は東北の被災地の方ばかりではなく、遠く離れたここ富士山麓でも大きな影響を受け、まだ春先の寒い時期を電気を止められて蝋燭の明かりで暖房も石油ストーブだけで過ごしたり、計画停電により電車が運休してバス輸送に振り替えの為の別の仕事が出てきたり、何よりも地元の富士山を見に来ていた外国人の旅行者が激減して毎日、ネイティブな外国人と観光の案内や電車の乗り換えのこと等を英語を話していた生活が一変して単調な業務の繰り返しになったこともきっかけになったと思います。

遊牧民族の兎は絶えず変化を求めて視野を広げて暮らしてきました。変化がなくなるとまた、新たな牧草地を求めて本能的に移動を始めます。

今日が小さな駅の仕事納め。
管理駅「富士山駅」の幹部と引継ぎをして兎は富士急行を後にしました。

文化面でのハングリーになった部分は今後、善意通訳のボランティアの応募をして仕事をしてみようと考えています。

ただ寒さが身に堪えるような時期にも来ていて、折からタイミング良く縁があって、酷使した自分の身体を少し休める為に南の土地で短期移住することも決まり、年が明けて、1月中旬から3月まで富士山麓から避寒の為に家を移ることにしました。

ガレージに車も残して1台しか持っていけませんが、第3の人生の始まりは的確にスケジュール化されて兎を刺激します。

兎らしく天然で若くいたい。今は、そんな気持ちが優先しています。きっと新しい目標が見つかるはずです。
11/12/31 (Sat)


兎年はどうでしたか?

兎年はどうでしたか?
12年に一度回ってくる干支の年。
そう、今年は自分の干支の兎年でした。

富士山麓に移住して3年目の冬になり、今年は慌しく年内は31日まで仕事です。

兎は今月、誕生日を迎えて還暦になりました。
思えば本当に管理を任されている富士急の小さな駅の仕事で、朝早く暗い電車の始発に合わせて鉄道の仕事をし、週に3回は気温差が7℃もある東京〜河口湖の車によるヤナセの代理店と保険の顧客管理の仕事で高速移動して富士急ハイランドの観覧車の夜景に迎えられて帰還する日々を送るという休みのほとんどない生活を2年弱続けることになり、本当に良く働きました。疲労困憊気味の自分の身体にご苦労様ですと話しかけています。

気がついたら自分が浦島太郎のようにいつの間にか年をとっていて顔が♪爺さん顔(じいさんぽく)♪に変化していることにはっとして、急遽生活を普通に戻すことにしようと決心をして誕生日の60歳を機に無理なく自分の好きな仕事だけを出来るように結論を出していました。

話は続きますが、11月のきれいな紅葉の時期もあっという間に過ぎてしまったのですが、写真は残しておきます。
11/12/30 (Fri)


あっという間に初雪

<e191e>あっという間に初雪
もう随分と長いことこのページに向かう時間が取れないほど、ウサギは忙しく消耗しながら働き詰めでした。

12月の初旬は例年、空気がピリッと澄んで、星空がきれいでクリスマス・イルミネーションを庭や建物に点灯させて、ウサギの生まれた一番好きな季節を楽しんで富士山麓の初冬をエンジョイしていたのですが…。

低気圧の接近は標高1040mの鳴沢村には霙か雪をもたらすことになり、今年初めての雪が1ヶ月も早くやってきたのです。

スタッドレスタイヤに履き替えたのは写真の仕事用のオペルだけ。
順次、他の車の準備もしなければなりません。

と、書きながら、少し時間も出来てきたので、紅葉の時期にさかのぼってまた、少しずつウサギの晩年の姿を綴っていこうと思います。
11/12/09 (Fri)


美味しい新酒を飲みませんか?

<e012e>美味しい新酒を飲みませんか?
毎年、11月の第3木曜日になるとワインのヌーボーが話題になります。

ウサギのワイン教室ではこれまでボージョレーだけではなく世界で一番早く飲めるチリのヌーボーやイタリアのノヴェロ、そしてマコン地区の白のヌーボー等を紹介してきましたが、昨年から友人のワイン輸入商社の代理店をしている関係で普通のヌーボーより格段に美味しいワインを扱い始めました。

今、解禁1ヶ月前に当たってダイレクトメールを作成中です。ウサギから手紙が届いたら是非注文してくださいね!
請うご期待を
11/10/15 (Sat)


気の合う友人を訪ねて‥

<e080e>気の合う友人を訪ねて‥
人間、歳を重ねていくと色々な経験から少しまるくなってもいいような気もしますが、実際はというと、なかなかこれが難しく、むしろ頑なにますます「三つ子の魂百まで」を守りながら頑固になっていくような気もします。

自分は標高1040mの高地に住んでいて解脱して仙人になってもいいのですが、まだまだ'俗世間の欲'にまみれた生活も一部していて、自分の心の汚れを落とす為に教会の日曜礼拝に出たり、ある意味「天然○○」の友人たちと一緒の時間を多く過ごしては日々歳をとっていくような気がします。

二年前にふとしたことからこの地に住まうようになったウサギも、もともとは狩猟(移動)民族のDNAが抜け切れずひとところに定住する農耕民族にはなりきれない部分があって日本人は勤勉で辛抱強いなとつくづく実感するこの頃です。

仕事の合間を調整して先月末に一週間の四国の旅に出てきました。

10年振りに再会したヤナセでお世話になった先輩と会うと。
四国徳島の東海岸・「美波町」の日和佐付近の海岸に近い古い一軒家を探してくださるという良いお話しも伺い、このことが現実になれば嬉しいなあと思いながら、最初に訪ねた淡路島の鳴門付近から遠く西の太平洋に視線を寄せて瀬戸内海に連なる海峡の渦を眼下に見ながらかの地に思いを馳せるウサギです。

写真は鳴門海峡大橋の淡路島側から橋の下の見学テラスに入る。
11/10/04 (Tue)


プリウスが嫌い

プリウスが嫌い
高速道路の走り方のマナーについての考察です。

仕事で高速道路を良く走ります。
追い越し車線をひたすら110km前後で道を譲らずプリウスが我が物顔でマイペースで疾走します。プリウスが前に来ると憂鬱になり予感は的中します。

ハイブリッドカーはエンジンと電気モーターの組み合わせで走行する自動車で特に一定速度で電気モーターに切り替わる巡航状態ではメーターの燃費計が25km/l前後に安定し燃料を節約しながら運転する人はこの車を手に入れてよかったと思いながらバックミラーを見る余裕よりも燃費計と前しかみていないケースが多く、高速道路でのマナーは二の次になります。速い車が来てもわざわざ急加速してスピードを上げるのが嫌なのでしょう。またこの速度域からはじわっとしか上がっていきません。ひたすらどかずに頑張り死守します。

走行車線に戻るとまた、遅いトラックや軽自動車の列に戻されてスピードが落ちてしまうので嫌なのでしょう。

高速道路では、交通の流れを良く見て車の運転はてきぱきときびきび走るべきです。
走行車線を走るのが原則。追い越しはキックダウンして瞬時に抜き去り、直前ではなく追い越した車に失礼にならないよう車間距離を開けて入ります。
通常この繰り返しで、追い越し車線に出るときは120〜140km出ていないと瞬時にこの動きが出来ません。

そこにプリウスがいると邪魔なのです。
困った車なのか、乗る人の考え方なのか、でも皆ほとんど同じケースです。
欧州車に乗る方はこの辺は本当にスマートです。
スピードが出る出ないに関係なく、急いでいる車がいたら道を開け、むやみに飛ばすのではなく自分が追い越しを終えたら走行車線に戻る高級ベンツも多いです。

高速道路のプリウス、厄介で困った存在です。
インテリジェントなんてとんでもない。
わからせてやりたいが、多分わからないで我が物顔で今日も多くのプリウス(三河のダサい田舎車)が徘徊する日本です。
11/09/11 (Sun)


日独自動車文化比較論

<e125e>日独自動車文化比較論
8月9月と続けて自動車販売に伴う下取車を在庫することになり、河口湖の自宅兼ガレージは今、車5台を保管して満杯状態です。

年代を同じくしてBMW318とトヨタのオーパ、ともに1800ccの日独の車を東京〜河口湖の往復に使って走ってみると、日独双方の車に対する考え方や目的がかなり違うことに改めて文化の違いを経験しました。

ホンダのステップワゴンもそうですがオーパは5ナンバー枠に収まったボディですがかなり室内の横幅があります。BMWは3ナンバーですがオーパより横はタイトです。何の違いかはドアの厚みなのです。これはフロアパネルやピラーの頑強さも含めて日本車は車を例えば電子レンジの箱を思い浮かべると分かりやすいのですが中を広くする為に外側の金属部分の厚さが薄く作られているというか「箱」という考えで設計。ドイツ車は人が乗るところは堅牢な人間向けの金庫という感じなのです。

このことは事故を起こしたとき・車が転倒した時に顕著に現れます。
サービスエリアなどでよく事故車の写真が飾られていますが、日本車はばらばらで形をとどめていません。ボディの安全性に対する基本的な考え方が人命より部屋の感覚の延長(動いていない静の文化)を大切にする風潮。逆にドイツ車は常に自動車は高速で走行していることの条件(動の文化)で車を設計しています。

100kmで走行中に急なレーンチェンジでハンドルをクイックに動かしてみるとトヨタはふにゃっとボディがしなり傾きます、BMWは水の上を行くみずすましのように何事もなく車が安定しています。

河口湖から東京までトヨタで行った帰り、BMWに乗り換えたとたんに自分がまるで快適な居間のソファから戦車に乗り換えたような錯覚に襲われました。

しばらくすると馴染んできますが、やはり異文化体験のひとつになります。

ただ平均的なドイツ車は内装のカラーがほとんど黒一色で、日本のサラリーマンの通勤スタイルのどぶねずみ色のスーツの感触。同じ欧州の車でもラテン系のイタリア車は感覚が垢抜けていて全然雰囲気が違います。

人も車も乗ると(付き合ってみると)その生まれや素性がすぐに分かるので、日本車はよほど高級ではない限り何か平板でうすっぺら(中身のない軽い人)な感じがしてしまうのは自分だけではないと思います。

ただスピードが出せない環境下ではコストを安全より快適な方向にシフトさせるのは設計者の気持ち次第なので、今後、自動車に対する興味がますます薄れて「電気自動車」でもいいという時代になれば、日本や中国の車が世界を斡旋するかも知れません。

でもどれがいい、悪いではなく自分の好みが一番です。

☆さすがにトヨタのブランド力は強く、お客様に送った在庫情報で本日オーパは早速、嫁ぎ先が決まりました。自宅ガレージの収容能力が規定台数に戻りつつあります。
11/09/11 (Sun)


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