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兎の放蕩物語


多くの友人と再会

多くの友人と再会
淡路島は四国の玄関口ですが兵庫県に属し車は神戸ナンバーになります。

旅の前半は兵庫・徳島・香川の多くの友人との再会
旅の後半は晩年の終の棲家を探しに高知・愛媛へ

この2つが今回のテーマでした。
そして四国4県を時計回りに車で2500km走破しました。
1日300km弱を走った計算ですが実際は行き帰りの高速道路は高いアベレージでしたがスローに楽しんできました。

さぬき・志度の組長
さぬき・神崎の英会話学校の同級生
徳島・藍住のもとヤナセ四国社長
高松・うどん「浜街道」のオーナー
高松・高松のパパといわれたKさん
高松・ヤナセ四国の若い営業マン2人
そして前の日記のMさんご夫妻

後半は単独で海沿いの村や町を訪ね歩きます。
11/01/17 (Mon)


アドリア海からエーゲ海へ移動

アドリア海からエーゲ海へ移動
高松は最初、日本の地中海のイメージを持っていました。でも四国の北側になり緯度的にもちょっと北、イタリアでいえばベネチア(水の都)のイメージなのではと最近は思い直しました。イタリアの北から東側の海アドリア海でしょうか!

高知はどうでしょうか?日本では太平洋・黒潮の通る温暖な外洋。
ウサギは5年前に土佐のエーゲ海に浮かぶ島を見つけました。

ギリシャのサントリーニ島です。
ベネチアの友人夫妻とギリシャのサントリーニ島のホテルで合流する段取りです。話が飛躍してどこまでが本当か判断できなくなりますね。でも半分本当なのです。

そのお気に入りのホテルに高松のワインの友達と一緒に遊びに行ったというのが事実です。

そのホテルサントリーニはギリシャのものと大塚美術館的に同類項です。
そのまま建物を空輸してきた様に精巧に再現されています。

サービスも日本離れしてとてもあちら的にラテンです。
モエ・シャンドンを持ち込みでレストランで食事をして、私たちに縁がある懐かしいボルドーワインのサンジュリアンの4級のシャトーものがごく自然に見つけられてしまいました。

友人のM夫妻は高松でワイン同好会「葡萄の仲間」をともに立ち上げた旧知の親しい友人で、そのワインのコレクションは半端ではありません。メルセデスのオーナーでもありヤナセの大切なお客様でもあります。

でもウサギが一番一緒にワインを飲みたいテーブルを囲みたい友達です。

11/01/17 (Mon)


花樹海→ウサギ・高松に戻る

花樹海→ウサギ・高松に戻る
高松の街に着くとウサギは本当に心がじ〜んとしてきます。
懐かしさと切なさと自分の運命がこの街に依って振り回されている、いや動機付けられているような胎内回帰した赤ちゃんのような心になるのが止められません。

宿は日本旅館の「花樹海」高松市内中心部から西に車で5分も掛からない高台のもと料亭だった歴史ある宿です。

部屋から見える瀬戸内海の箱庭風景は飽きさせません。
手前にJR高松駅の電車区・浜ノ町のマンション郡・向こうは鬼が島(女木島)高松港。
首を右に振ると全日空ホテル、宮脇書店の観覧車・遠くに屋島が見えます。

ここでゆっくりと露天風呂に入り、同じく瀬戸の島々を見渡していると14年も歳月が経過してしまったのか?
自分は白髪三千丈の李白の様に晩年になって孤独に暮らした時の句「秋浦歌」を思い浮かべてしまう。
童心と老心とがひとつに融合された心境にも似て‥

白髪三千丈
愁えに縁って箇の似く長し
知らず明鏡の裏
何れの処よりか秋霜を得し
11/01/17 (Mon)


美術館 A

美術館 A
この美術館の特色は世界のあらゆる美術館にある作品の版権を許可を得て同寸大の作品に日本の誇るセラミック技術を持って製作したものということです。

普通の絵画は年数の経過で絵が劣化したり変色したりするので、あのレオナルド・ダヴィンチの「最後の晩餐」も数年にわたって修復作業が進められ、美術館で鑑賞のときも人間の湿気で影響を受けないよう空調を気遣いながら人数や時間の制限をしています。

でも陶板は2000年も耐久性があり、触っても傷ついたり汚れたりしないので作品のコピーさえ出来れば半永久的に日本にいながらにして世界の名画を鑑賞できるのです。

これには絵が好きな人たちには賛否両論があって邪道のように云われています。ウサギも最初はギミックが嫌で否定的でした。

でも有名なパリのルーブルやオルセー、フィレンツエのウフィッツイ、マドリッドのプラドも行きましたが、そこでどれだけゆっくり時間を掛けて鑑賞できたかというと、否定的になるのです。パリやフィレンツエに永住できればその限りではありませんが、日本にいて世界の名画を美術全集だけではなく実際の同寸大で鑑賞できるという事実は驚愕的にカルチャーショックの状態で大塚肯定派になったのです。

外国の美術館はこの大塚のやり方を作品とは認めていないのでコピーの版権代は絵にはかかっても陶板には適用しないそうです。

ただ陶板は大きさが決められているので何枚も張り合わせて実物大を製作します。その為、大きな絵画にはつなぎ目が必ず発生して肉眼でも境目が分かる。これだけがデメリットといえる部分かと思いますが。少しはなれて鑑賞する場合にはつなぎ目はさほど意識せずに絵を鑑賞できます。

写真はウサギを案内してくれたガイドさんです。

と長々と説明しましたが実際に「百聞は一見にしかず」行ってよかったとつくづく思いました。

高松に2泊して、後は大好きなルネッサンスの宗教画を多くじっくりと一日かけて見てきました。
11/01/17 (Mon)


日本の陶板技術の結晶→大塚国際美術館

日本の陶板技術の結晶→大塚国際美術館
今回の旅では是非訪ねたかった大塚国際美術館。

過去、毎年の四国旅行でもスケジュール調整できなかったり、たまたま時間があってもその日が休館日だったりして、ここ3年程振られっぱなしでした。

見るのに最低3時間・一日いても飽きないといわれていて入館料もちょっと高め(3倍ほどです)。

地下鉄の駅のようなエスカレーターで入り口を上がっていくと、正面にはローマ市内にあるヴァチカン市国(四国?)(笑)のシスティーナ礼拝堂です。写真参照)

過去二回ほどシスティーナ礼拝堂を訪れましたが、観光客で混雑して照明も暗く天井を見上げてじっくり観察できませんでした。ヨーロッパで美術館をゆっくり見るには個人旅行でないと無理ですね。でもここはゆっくり鑑賞できますし1時間ごとに無料でガイドのボランティアをされている方がいて作品の鑑賞ポイントを教えてくれます。1時間・2時間のコースがありますが、ウサギは自分でもゆっくり比較鑑賞したかったので入場してすぐ1時間コースのガイドさんにつき、館内のベスト10の見所を案内してもらいました。
11/01/17 (Mon)


阿波への路→淡路島

阿波への路→淡路島
四国へ渡る架け橋は現在「瀬戸大橋」を真ん中に西に「しまなみ海道」東に「神戸・淡路・鳴門自動車道」の3本のルートがあります。

今回は一番近い東側の神戸から四国へ入る入り口となる淡路のウエスティンホテルに宿泊してバイク仲間の友人に会うことになりました。富士山麓から600km弱をジャガーXJ8で飛ばして約5時間の高速走行で淡路島の北端のインターチェンジで島に上陸です。

早朝出発で少し早く淡路に到着したので地場の農産物「淡路のたまねぎ」を購入。これが糖度が高く柔らかな感触で香りも優れているので美味しいのです。日本食としての淡路牛を食べたかったので地元で有名な店に行き石焼スタイルの淡路ビーフを食しました。

午後ホテルにJさん夫妻が車で迎えに来られて、島の北半分を丁寧に案内していただきました。淡路島は花の島と言われるくらいどこへ行っても公園やお花畑に季節の花が咲いています。宿泊したウエスティンの敷地内も「夢舞台」という大きな花壇を持った庭園があります。今までは自分が行きたい場所は自分で事前に調べて出かけては楽しんでいましたが、人に案内していただくという事も実はとても嬉しいものです。

ご夫妻とは初対面でしたが手紙やメールで事前に交流をしていたのでごく自然に昔からの友達のような感じでご一緒することが出来ました。

人と人の縁は不思議なもので晩年になってから多くの友人に恵まれる今の自分があるのは、自分らしさを素直に自然に出せる第二の人生を始めているからでしょう。ありがたいことです。

島の北端からは明石海峡大橋とその向こうに大きな神戸の街が視界に入ります。(写真)関西の都会に住んでいる人がごく自然に私たち関東の人が房総や伊豆に出かけるように、リゾート地として海の向こうの淡路島は絶好のロケーションになっているような気がします。

Jさんご夫妻もリタイヤされた後に淡路島の東海岸のヨットハーバーのある街にプロバンス風の家を建てられて温暖な気候の淡路で次の人生を楽しんでおられます。

夕食もご一緒にウエスティンのフレンチを予約していたのでリゾート地での暮らしや今後の人生の楽しみ方の話で盛り上がりました。
一流ホテルのもてなしは宿泊者とその人が呼ぶゲストまで気を配ったサービスを提供できる満足な対応でした。

淡路はもう一度訪ねる予定です。
11/01/16 (Sun)


四国は自分にとっての心の故郷

四国は自分にとっての心の故郷
幼少時から大学に入るまで、父の転勤で全国の飛行場のある基地の街を渡り歩いてきたウサギは小学校3回、中学3回の転校を経て18歳から親元を離れて東京で一人で暮らすまでの間、故郷と云える土地を自分の中に持っていませんでした。

社会人になってヤナセに勤めてからは都会をマーケットにしている会社なので東京に長く勤めましたが、身体の中の移動民族としての血が騒ぎ、転勤希望などしない社員が多い中を敢えて変化を求めてヤナセ四国が大阪から分離独立して分社化されるちょうどその時に希望が適って生まれて初めて四国の地を踏みました。ちょうど46歳になったばかりの1月1日のことです。

赴任地は香川県の県庁所在地高松でしたが、ウサギは瀬戸内海の美しさや多島美・穏やかなお椀のように伏せた低い山々、大きな池のようなため池の田園風景、そして文化水準のレベルの高さ、結婚しない自立した女性たちとの知的な交流等。公私ともに一番充実した人生を送っていました。

良いこと・楽しい日々は長くは続かず、高松での充実した人生は僅か2年と9カ月で終了してしまったのです。

この短い期間にヤナセの仕事はとてもやりがいがあって、全社員で分社化したばかりの会社の黒字化を達成し充実して毎日が楽しく、仕事を終えたオフの時間も今までに経験しなかったような勉学・学習にも取り組み多くの会社以外の友人が出来ました。友達100人の歌がありますがそこまでいかなくても50人は出来たと思います。

その後、一人の家庭人として家族の問題で悩み苦しみ人としては多くの苦労をして今に至りますが、天然ボケのウサギはその苦労を笑顔に変えて淡々と生きていくために四国は自分自身の真の意味で心のルーツになったのです。

そして毎年その心の底にある理屈では理解できないような望郷の念・懐かしさ・血液の暖かさ、会いたい人たちを訪ねて赴任した1月を記念に選んで四国に帰る(魂が帰還する)のです。
嬉しい涙を伏せて心の中で大切に魂や生きる炎を燃え上がらせながら…。


いつか高松を舞台に自叙伝的な小説が書けるといいなと‥思いつつ。

写真は現在、富士山麓に住んでいますがウサギが老齢年金をもらえる年齢になった折には温かい四国の高知に住みたいという計画で候補地の土佐・宿毛の小さな湾になった場所を訪ねて撮影したものです。海は人の心を落ち着かせます。

ウサギは過去はアイランダーだったのかも知れません。


11/01/16 (Sun)


Calenndar A

Calenndar A
ヤナセのカレンダーの変遷。

ヤナセカレンダーはその昔、梁瀬次郎会長が海外に行ったときに撮影した写真をベースに毎年同じデザインでオーソドックスにまとめられてひとつのスタンダードが確立していました。

ところが、実際の現場ではお客様の要望には遠かったようであまり人気が無かったのが事実です。

ここ何年か伊藤忠商事の資本参加で新しいデザインが試行錯誤されて毎年色々な新しい試みがなされてきましたが、昨年当たりから取扱全モデルが12枚に分かれてデザイン的にも楽しめるようになったのは成功ではないでしょうか?

写真は2011年のヤナセのオールモデル掲載カレンダーです。
10/12/20 (Mon)


Calendar @

Calendar @
輸入車が好きで乗っているお客さんはヤナセのカレンダーを楽しみにされていて、代理店として新車を販売した数は何とか確保できるもののベンツのものなどは特に品薄でなかなか需要に供給が追いつかないのが現状です。

これはたとえ話ですが、自分がもし高級クラブの会員で(ヤナセ顧客)月に何度もクラブに通ってはお金を落とすお客なら店側もそれなりの対応をしてもらえると思うのですが、車の場合も昨今は代替サイクルが伸びて5年以上乗り続けて代替もなく新規の顧客紹介もいただけないとしたらヤナセ側もなかなかそれなりのカレンダーを毎年きちんと確保するというのも経費的にも難しい場面があって当然だと思うのです。

やはり良い顧客(車検毎に新車を購入出来る)であり続けたいと経済状況さえ許せば誰しも考えてくれると思うのです。銀行や商店のように一部当たりのコストが低いものではなく1冊最低でも1500円程度のコストが掛かっていれば当然だと思います。

その辺の事もあって昨今小さいサイズ(品格を落とさず同じデザインで小さいもの)のものが出回ってきました。

これは数が確保できてお客様への義理も何とか立つ便利なものです。

写真はドイツ各社のミニサイズのカレンダーの揃い踏みです。
10/12/20 (Mon)


to be continued ☆羽田空港への誘導灯☆

to be continued ☆羽田空港への誘導灯☆
羽田も最近は国際線がアジア各地に飛ぶ様になりました。

モノレールに乗ると以前とは逆に国際線のロビーがある駅に先に泊まるようになり終着が国内線のターミナルに変更になりました。

そのコースをモノレールと並行して運河を南下。
着陸時の誘導灯の近くまで来ました。
同じく海から眺める飛行機です。
10/12/14 (Tue)


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