東に離れていった台風12号の西側を吹く乾いた北風が清々しい秋の気配を届けてくれる。
昨年の今頃は病魔の猛威による高熱と激しい酸素不足の中、病室のベッドで藻掻き苦しんでいた。
胸骨に4ヶ所もの穴を空けて試みられた骨髄生検も、腫瘍化が進んでいて骨髄液さえ採取できず、辛うじて採取できたサンプルから導き出された結果は「骨髄性白血病の疑い」というものだった。
「患者さんは相当な知識をお持ちですから或程度のことはお話しした方がいいでしょう」ということで、検査結果等はかなり詳細に説明してもらったらしく、またそれに対しては極めて冷静に受け答えをしていたらしいけど、僕自身にこの時期の記憶はほとんど無い。
姉夫婦が四万十から駆け付けたことも全く知らない。
身近に居てくれた人の話によると、とにかく病院のスタッフであれ家族であれ人が来ると明るく元気に振る舞い、人が出て行くと大量の汗をかいてフウフウ言いながらのたうつということを繰り返していたらしい。
そんな話さえも、まるで誰か他の人のことを聞いてるようにしか思えない。
ただ覚えているのは、とにかく息苦しくて、いくら息を吸っても空気が足りない感じで、酸素吸入用のマスクを口から離すのが怖かったということ!!
SPO2が80を切る瞬間も有ったことを思えば当然のことだろう。
それでも入院して4・5日経つと少しずつ病状は安定し、抗がん剤の副作用に悩まされるようになるまでは、比較的落ち着いた毎日を過ごした。
そんな入院生活の中で、特に印象に残っている人が居る。
それは清掃作業員として病室に来てくれていた多鶴(たず)さん♪
院内の清掃は委託を受けた会社から派遣されたパート作業員がローテーションを組んで行っていて、だいたい一週間交替で数人の人が病室の掃除に回って来た。
ただ黙々とモップを動かす人、片言の日本語で一所懸命患者とコミュニケーションしながら掃除をする外国から来たと思われる人、そして労働条件やら仕事のきつさやらを溜息混じりに愚痴りながら「今日は時間が無いから乾拭きだけにさせてもらいます」などと言ってサッサと出て行く人ETC.!!
聞くところによると、個々の仕事内容は厳しく査定され、基準に足りないと判断されると解雇されることもあるという!!
そんな中、最年長で決して体も強くはないと思われる小さな多鶴さんは、いつも穏やかな声で「おはようございます、お掃除をさせてもらいに来ました」と言って掃除を始める。
その仕事ぶりは見えない僕にも明らかに解るくらい丁寧で、しかもそれは毎回全く変わらない。
或人によると、全くタイプは違うものの、なんとなく亡母に似通った雰囲気を感じたという。
決して多くは語らないものの、懸命に仕事に臨みつつも極めて自然で優しい雰囲気を持つこの人が部屋に来てくれるのを、気がつくと僕は毎日心待ちにしていた。
「おはようございます」
「おう…多鶴さん…おはようございます!」
「まあちゃんと名前も覚えてくれて(笑) 今日は具合はどうですか?」
「多鶴さんが来てくれるとなんか元気になる気がするがよ(笑)」
「まあそれはそれは(笑)」
それは決してお追従でも冷やかしでもなく紛れもない事実だった。
そんなある日、多鶴さんの「おはようございます」が曇って聞こえた。
「どうした多鶴さん??」
「長いことようしてもろうたけんど、仕事を辞めさせられます」
「ええ? またどうして??」
「さあ解りません、とにかく仲良うしてもろうてほんまにありがとうございました。」
多鶴さんの声が潤んだ。
確かに年齢的にも体力的にも若い人には叶わないだろうし、いろんな言葉を駆使して器用に世渡りしていくようなタイプの人ではない。
しかしこの人の優しさ誠実さが理解されない(重んじられない)なんて・・・・・。
はっきりした理由など知る由も無いけど、とにかく口惜しくて涙がこぼれた。
それから半年。
県立美術館ホールでの復活コンサートに、なんとあの多鶴さんが花を持って来てくれた。
ステージが終わりお客様をお見送りする時、声を掛けてくれた小さな多鶴さんの肩に手を回したらまた涙がこぼれた。
そして3日前の日曜日。
なんと多鶴さんは徳島県脇町の「オデオン座」でのコンサートにまでわざわざ足を運んでくれた。
この日のステージは、昨年病気のため中止になったのを、回復を期に改めて企画してくれたもの。
ほぼ地元の二人の女性の力だけで会場は満員になった。
歌いたい曲が次から次へとわき出てきて、2時間の本番で20曲を歌った。
自分でも最近希なほど満足のいくライブだった。
「私は真っ赤なリンゴです…っていう歌の題名は何やったっけ??」
ステージを終えて楽屋に帰った僕にお由美丼が言った。
「リンゴの独り言やけどどうした??」
この会場では、近いうちに「にじいろ佳倶楽部」で童謡のCDを作るということで、堀内佳に歌ってほしい童謡をアンケートで募集していた。
「多鶴さんが是非その歌を入れてほしいんやって!! あの歌はお母さんが大好きな歌やったよね!!」
それは亡母が好きでよく口ずさんだ歌だった。
唯一母がカラオケで歌っているのを聴いた歌だった。
その歌を、それもタイトルも解らないままに「どうしても入れてほしい」と多鶴さんが言われたということに或主の感慨を覚えた。
そしてこの日多鶴さんが沢山差し入れてくれた「都まん」!!
後から思えば、これは幼い頃、母に連れられて盲学校の寮に帰るとき、「みんなで食べてください」と母がよく差し入れしていた高知の和菓子だった!!
何か深い示唆を感じずにはいられなかった。
天上の母が何とか思いを伝えたくて、近い波動を持つ多鶴さんの心に自身の心を共鳴させて有りっ丈の力を振り絞って表現してくれてるんじゃないだろうか??
そんなことを思いながらこれを書いてるうちに涙が止まらなくなった。
ありがとう多鶴さん。
さて、今日は土佐市でのコンサート。
急遽定員を増やしたものの、すでに予約で満員とのこと。
爽やかな秋の風を体いっぱい・心いっぱい感じながら、今の堀内佳を思いっきり表現してみよう。