今日はレギュラー番組の収録をした。
ラジオというメディアがどんどんマイナー化していく昨今、ラジオの存在がますます貴重だと思うのは、僕が長年この情報媒体に関わってきたからばかりではない。
ラジオ離れが大きく進んできた背景には、テレビ番組の録画機器やパソコンの普及によって、見たい映像が見たい時間に見られるようになったことが少なからず影響しているのは間違いないだろう。
「テレビやネットの方がおもしろいもん…」と言ってしまえばそれまでだけど、果たしてそんな単純な比較だけで説明ができるだろうか??
聴覚情報と視覚情報を比べた場合、前者はまず耳から入ってきた音を判別理解するために、過去に学習したデータに照らして言語化(あれは波の音だ…など)し、記憶に基づいて脳内で海などをイメージ化・映像化して理解するのに対し、
後者は網膜に結んだ像を組み合わせて直接映像化できるため、遥かに直感的に理解することができる。
ラジオや読み聞かせなどの場合は、単なる「音」からではなく最初から「言語化された情報」として入ってくるから、何の説明もなく流れる音だけよりは労力を使わずに内容を理解することができるけど、
テレビやPCなどからシャワーのように降り注ぐ映像情報は、さらに楽に直感的に理解し楽しむことができる。
見たい番組や映像がいつでも見られる環境なら、ラジオからの音声を脳内でイメージ化映像化する労力を使うよりは、興味のある番組を楽に楽しめるテレビやPCに魅力を感じるようになるのは必然と言えるだろう。
PCや家電業界などを筆頭に「直感的に理解し操作できる商品」というのが最大の売りになってる現代、幼い頃から子育てのグッズや教材が映像中心で理解しやすいものになるのは致し方のないことなのかもしれないけど、
せめて両親と寝室を共にする年齢のうちくらいは、テレビやビデオを見せて親子共に楽をするのでなく、本の読み聞かせなどで言葉をイメージ化して理解する習慣を身に付けさせる努力をすることが大切だと強く思う。
そうでないと、人の話をじっくり聴いて、その内容をイメージ化して理解することなど、これからの子供達には益々難しくなるだろう。
当然のことだけど、苦労して手に入れたものほど身に付くし、楽をして得たものは総じて失いやすい。
人の話を理解できない・理解できない話はおもしろくない・おもしろくない話なんて聞くよりテレビやネットの映像の方が解りやすくておもしろい・見慣れたテレビ映像よりもっと刺激的なものでないと楽しめない・・・・・!!
必ず近い将来、いやもうすでにそんな流れになってきてるって思うのは僕だけだろうか??
そういえば、最近コンサートで殊更に話すことがある。
眼球を摘出したという事実を説明した後で、
「みんなは今の僕の話を例えばテレビ画面で観てるようなイメージで想像してるかもしれないけど、そうじゃなくて、自分自身の目の中に刃物を入れられる感覚を思い浮かべてください……」という一言を付け加える。
「時代に逆行してる」とか「今更…」という意見も多いと思うけど、こんな時代だからこそ、あえてこんな小さな抵抗が大切だと僕は思う。
そして周りで起こる事象の全てを映像以外の情報によって理解してる僕だから、これからも「ラジオ」というメディアの大切さを少しでも伝えられるように努力してみたい。