今治〜松山という愛媛2連チャンのコンサートが終わった。
今治は、以前からお世話になってる藤山(とうやま)家の長男の喜悟(よしのり)君が声をかけてくださって、「来島(くるしま)ライオンズクラブ」の新年会に参加させていただき、30分ほどのステージを勤めた。
いわゆる「宴酣(えんたけなわ)」状態でのステージだったので、楽しい歓談の邪魔をしてしまった感もあったけど、そんな状況下でも、多くの方が暖かい拍手をくださり大変ありがたかった。
そしてその夜は、藤山家にもう何度目かとなる宿をお借りし、夜半過ぎまで楽しい時間を過ごした。
ところで、この会食の場に、来島ライオンズの5代目の会長を務められた宇野さんという方が同席されていて、ステージが酒席で騒がしかったことを大変丁重に謝ってくださった。
確かに、賑やかだったのは正直少し辛かったけど、企画してくれた喜悟君の立場も気になったし、「全然大丈夫ですよ〜! 余興ですから〜!!」と明るく笑って答えた僕に、宇野さんは少し強い語気でこう言われた。
「本人が『余興だから…』なんて言ってはいけません。 常に高い次元に向かって歩いてください。 僕は以前あなたのコンサートを聴かせていただいてるから、あなたの歌は解ってるつもりです。 今日みたいな状況で『余興だから…』なんてやってたら、次に誰かが提案しても多くの賛同は期待できないでしょう!!」
・・・・・。
どうやら僕は大きな思い違いをしてたのかもしれない。
昔の僕は、コンサート中に騒がれると、たちまち平常心を失い、イライラし動揺して歌詞を間違えたり、変に力が入ってギターの弦を切ったりすることが少なくなかったけど、
ここ2〜3年は、小学校のコンサートで低学年の子が少々騒ごうが、酒席で全く聴いてくれてなかろうが、ほとんどペースを崩されることなんてなかったし、それは紛れもなく自分の成長だと確信していた。
しかしもう1歩進めて考えてみると、子供達を退屈させて騒がせてしまったり、酒席とはいえ自分の歌に注目してもらえなかったりと、受け手側を満足させられないというのは、それこそ紛れもなく送り手側の実力不足なわけで、「1年生だから」とか「余興だから」なんていうのは、決して呼んでくれた方への気遣いなんかじゃなく、単なる自分への言い訳に過ぎないのだ。
そしてこの「自分への言い訳」こそが、自身を高める上で最もやっかいな邪魔者なんだろう。
・・・・・。
車だからと酒を飲まず一足先に退席された宇野さんは、喜悟君に力強くこう言って席を立たれた。
「再来年辺りに玉川の大きなホールで彼のちゃんとしたコンサートを計画しようや。 僕も全面的に協力するから。 だって彼の歌は本物だよ。」
・・・・・。
正にこのタイミングで大変大きな気づきを与えてくださった宇野さん、そしてまたまた素敵な出会いをくれた藤山家の皆さんに心から感謝します。