【※重要なお知らせ】Alfoo有料化への移行に伴う重要なお知らせ。
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ただ静かに
 こちらとあちらを繋ぐひびが通り抜けるのに十分な大きさになる。淀んだ空気が、瀞霊廷独特の清浄な、どこか冷ややかな風に揺れた。風は吹き抜けてきて髪を揺らし、額がくすぐったくてギンは左手で前髪をかきあげた。日差しが眼に刺さる。ずっと夜の世界にいた体には、少し痛い。
 ひびから最初に飛び出していったのは十刄の中でも血気盛んな者数人だった。瞬時に消え去る白い影を見送り、ギンは眼下の瀞霊廷を眺める。日の光を反射する真っ白な壁、鈍く黒光りする瓦。瀞霊廷は、自分達の痕跡をきれいに消し去り、ただ静かで、美しかった。

 あの夏の日に光の中から見下ろしたこの街は、各所で起こった戦いにより多くが破壊され、瓦礫となり、血と埃で薄汚れていた。壊れ果てた瀞霊廷も、血と埃に汚されることなく輝く山吹色も、遠ざかり小さくなっていった。

 あの日は、遠くなった。

 瀞霊廷はかつての、まるで今の自分達が幻だというようにかつての姿でそこにあった。ギンはそれを細めた眼で見下ろす。
「相変わらずだな、ここは」
 背後で藍染が呟く。嘲りを含んだその声にギンが振り返ると、藍染はうっすら笑みを浮かべていた。
「何が起きても全て飲み込み、何もなかったような顔をする。その裏で腐り落ちるものを無視してね」
 藍染はどこか遠い眼をして瀞霊廷を見ている。
「いっそのこと、ここを出ていく時に全て壊してあげればよかったな」
「藍染隊長はここを好いてはったんやねえ」
 ギンの言葉に藍染は可笑しそうに片方の口の端を上げた。
「そうだね。そういう言い方もあるだろう」
 小さく笑う藍染を、ギンは笑みを張りつけた顔で眺めていた。
2006/12/27 (Wed)



冬の日
 現世から戻ったのは冬だった。
 後ろ髪引かれる思いで門をくぐり、久しぶりに見た瀞霊廷は、半年前のあの日がただの悪夢だったのだというように、何も変わらず、寒々しい曇り空の下に白くあった。しかしよく見ると、建て直されて他より真っ白な建造物はそこかしこにあり、丘の上には断首台が壊されたままの姿を風に晒していた。そして何より、隊長の席は三つも空いているのだ。

 ギンの姿は、ここにはないのだ。

 自隊の様子を確認してすぐ、乱菊は五番隊を訪れた。執務室に通されて、乱菊はわずかに眉をひそめた。
 きれいに整頓された、塵一つない部屋の中には、主を失った執務机が奇妙な存在感で中央にあった。記憶よりも小さくなった雛森がその横に直角に設置されている副官用の机から乱菊を見て、一瞬遅れて微笑んだ。その所在のなさに乱菊は言葉を失い、意識してゆっくりと息を吐いた。そんな乱菊を雛森はぼやけた笑みを浮かべて見ていた。
「……ただいま」
 乱菊はいつものように……三人の隊長達が空に消えたあの日がやってくるまでの『いつも』のように艶やかに微笑んだ。
 雛森の大きな瞳が潤み、笑みをかたどっていた唇が震えた。
2006/12/23 (Sat)


ひびのうら
 亀裂の向こうにかつて見慣れていた景色が見えて、ギンは唇の両端を引き上げた。隣にいた東仙が見えない眼を向ける。
「懐かしいな」
「分かりますの、東仙サン?」
「風はね」
 ギンが振り向くと、東仙は普段よりわずかに表情を和らげていた。それは今は遠くなった日常を思い出させて、ギンは顔を背ける。久しぶりやなあ、今の顔。口の中で呟いて、今更ながら流れた時間を思い知らされた。
2006/12/22 (Fri)


ひび
 青空にゆっくりとひびが入り始めた。

 乱菊は雛森と並んでそれを見上げていた。割れていく乾いた音の隙間で、隣から息を呑む音がした。乱菊はちらりと視線を横にやる。硬い顔をしていた雛森と目が合い、乱菊は小さく笑ってみせた。雛森が泣きそうに顔を歪めて、笑みを返してくる。
「……乱菊さん」
 雛森の声は震えている。それに気付いたのか、雛森は苦く笑って唇を咬んだ。乱菊は手を伸ばして雛森の肩を抱くようにして軽く叩く。その肩はひどく薄く小さい。
 部下は退避し、他の副隊長達は別の場所で、隊長達は中央で同じように割れていく空を見上げているはずだった。ここには、体をよせあう二人しかいない。人前では見せることのない顔で、乱菊は再び空を見上げた。腕の中でも、また、顔を上げる気配がした。
 空はゆっくりと割れていく。あの裂け目の向こうに銀色が見えないかと、乱菊は目を凝らした。
2006/12/19 (Tue)


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