【※重要なお知らせ】Alfoo有料化への移行に伴う重要なお知らせ。
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焦り
 避けていた、という程ではなかった。
 ギンは瞬歩で移動しながら、奥歯を噛み締める。避けていたつもりはなかったけれど、会わないようにしようとはしていた。だから距離を置いた。
 それが、裏目にでた。
 瀞霊廷は決して狭くはない。並の者なら横断に数日はかかる。隊長格の瞬歩であっても、数分というわけにはいかない。数十分、場所によってはそれ以上かかる。

 人を斬るには十分な時間だった。

 霊圧を探りながらギンはひた走る。藍染の、全てを押し潰すような霊圧の中で山吹色の霊圧が揺れるのを感じ、思わず小さく呻いた。
2007/05/22 (Tue)



悪寒
 肌が、ひやりとした。
 乱菊は目の前で笑う藍染を睨んでいた。柄を握る手のひらに汗が滲む。嫌な汗だ、と思う。藍染からじわりと漏れている霊圧があまりに、重い。乱菊は無理矢理に息を吸った。深い海に沈められていくような感覚に、乱菊は眉をひそめる。
 隣では雛森が浅い呼吸をしていた。かたかたと震える音も聞こえる。雛森が藍染から言われたことを思い、乱菊は滑る柄を握りなおした。
「……久しぶりね」
 低い声で呼び掛けると、藍染は眼だけを乱菊に向けてきた。視線がぶつかる。
「君は、私を隊長とは呼ばないね」
「そりゃあ」
 口元を歪ませて乱菊は小さく笑った。
「隊長職は放棄したじゃない。当たり前だわ」
「そうだね」
 藍染もまた、口元だけで笑う。
「雛森君は、違うようだけどね」
 かちゃり、と震える音が揺れた。硬質なその音に、雛森が震えながらもまだ刀を構えていることを乱菊は知る。
「雛森は、わかってるわ」
 乱菊は、はっきりと言った。
「ちゃんと、わかってる」
「そうかな」
 藍染は笑みを浮かべて、視線を乱菊の横に向ける。刀の切っ先を向けている自分に対し、ゆったりと、刀を構えるどころか警戒する様子もないその姿は、そのまま力の差だと乱菊はわかっていた。一歩、前に踏み出すこともできない。しかし下がることも、できなかった。
 言葉が途切れると、遠くで何か大きなものが崩れる音が聞こえた。別の方角からはぶつかり合う音がする。どこかで、ギンも戦っているのだろうか。あたし達と。ふと浮かび上がる思いを、乱菊は押し止めて目の前に集中する。藍染から目を離すことはできなかった。そうしたらどうなるか、それは酷いほど明らかだった。
 乱菊の緊張を読んでいるのか、藍染は僅かに笑みを深めた。そして乱菊に向き直ると、
「君に会えてちょうど良かったよ。松本君。話したいことがあったんだ」
と言った。

 乱菊は初めて、ぞっと、した。

 それはもう今となっては遠い過去、渡り廊下で偶然すれ違ったときに放たれた言葉に似ていた。しかし、それにしては、あまりに暗い響きが声にあった。

 嫌な予感がした。
2007/05/16 (Wed)


光と闇
 すべてきえてしまえばきれいになるだろうに。
 唐突にそんな言葉が浮かんでギンは笑った。常に光の手を差し伸べていた人から離れていると、ギンの思考はすぐに闇に沈む。眼下に広がる街並や、地平線の向こうまで広がる荒野を、腕の一払いで消し去ってしまいたくなる。何もかもが欝陶しくなる。煩わしさに、普段は押さえ込んでいる力の、その蓋を開けたくなる。
 ギンは首を廻らした。自分達のいる裂け目より遥か上空に太陽があった。
 太陽の光。指をすりぬける柔らかな光の束。山吹色のその光は、ギンの傍にあり、闇の中のギンを照らしていた。
 さよならを告げた今も、まだ。

 幾つかの白い影が飛び出してすぐに、ぶつかり合う霊圧を幾つも感じた。ギンはわずかに眉をあげる。激しくぶつかり入り混じる霊圧の中に、確かに乱菊のものがあった。反射的に耳を澄ませる自分に気付いてギンは微かに苦笑する。幼い頃からずっとこの癖は抜けない。乱菊の霊圧を見つけると、ギンは全身で彼女の様子を探ろうとしてきた。喜怒哀楽から体調、争いに苦戦しているのか否かまで、乱菊をギンは探る。その感覚は、容易に傍にいられなくなってからよりいっそう鋭くなった。
 別に、助けにいきよるわけやないのになあ。
 ギンは、自嘲する。自分には、彼女の無事すらも祈る資格はないことをギンは知っていた。
 しかし。ギンは背後に意識を向ける。ひやりとした霊圧を感じて、ギンは眉をひそめた。


2007/03/07 (Wed)


問い掛け
 あたしは何を護りたいんだろう。
 割れ目から飛び出してくる白い影に体は瞬間的に刀を構え、それとは反対に乱菊の中はしんと静まる。ふと背後に、幼い乱菊がじっと自分を見つめているのを感じる。薄汚れ、ひどく痩せた幼い姿は多分ギンに拾われた頃のものだ。大きな青い眼が、大人になった自分を見上げている。気配は背中に感じるのに、乱菊にはその様子がはっきりと分かった。
 あたしはいったい、何を護りたいの。
 今よりも高く細い声が乱菊に問い掛ける。その声は静かで、乱菊は昔の自分はそんな話し方をしていたと思い出した。
 乱菊は白い影から目を離さない。高速で近づいているはずのそれはひどくゆっくりで、刀の柄を握る指の関節が軋むのがはっきりと分かる。それらを他人事のように乱菊は感じていた。全神経が白い影に向いているのに、幼い乱菊の様子ははっきりと乱菊に届いている。
 ねえ、あたしは何を護りたいの。何が、大切なの。何のために刀を持ってるの?
 幼い乱菊は感情のない声で問う。乱菊は視線を動かさずに口の中で呟く。あたしが護るのはこの世界よ。たとえば今、隣にいる雛森。中央にいる隊長。遠くで人々をまとめている部下達。瀞霊廷全体に散らばっている仲間。現世にいる一護達。彼らの生活。大事にしているもの。それらに繋がる全て。
 言葉にして乱菊は自分の中で形になる『世界』を認識する。乱菊が理解しているそれはあからさまに狭く、小さかった。しかし小さな世界は無数に繋がって広がっていることを乱菊は知っている。乱菊自身が護りたい世界は極小さくとも、それは結果的に世界全てを護ることになる。それが乱菊が言葉にして言い切れることであり、おそらくは乱菊にとっての正義というものに近いことだった。
 だから乱菊はきっぱりと言葉にした。あたしは、この世界を護るのよ。揺るがない、声ではない声で乱菊は言った。
 背後の幼い乱菊が黙り込む気配がした。乱菊はほとんど動かない白い影を睨みながらも、幼い自分の言葉を待った。待ちながらも、乱菊はその言葉を分かっていた。分かっていたから、黙って待った。
 ……ギンは?
 小さな細い声は乱菊に突き刺さる。
 あたしに世界をくれたのは、ギンよ?
 幼い乱菊の視線が、乱菊の背を焼く。痛いな。乱菊は苦く笑う。でも、この痛みはずっと感じてたし。
 ずっとずっと、あの夏の日からずっと。
 乱菊は笑った。ただ小さく、自分の単純さに笑みを浮かべた。そして呟く。
「だから、護るのよ」
 背後で自分自身が笑うのを感じた。気配が緩やかに溶けていく。なんだ、分かってるんじゃない。囁く声もまたゆるりと溶けた。
 乱菊は微笑んだまま、刀を構えなおした。次の瞬間に飛び出して、迫っていた破面の一人に斬り掛かった。全身真っ白なそれが刀で乱菊の一撃を受けとめる。
 鈍い、硬い音が鼓膜を揺らした。
2007/02/26 (Mon)


日々
 あの夏の日から、雛森は一回りは小さくなったように乱菊は思う。
 意識を取り戻したあとも、雛森は職務に復帰するまでに月日を要した。周囲の信頼を取り戻すにはさらに時間を要した。安定しない精神状態と戻らない体力。失った目標と拠り所。それは隠しようもなく雛森の表情や言動に表れた。最悪な形で隊長を失った五番隊が頼る人は雛森しかおらず、その雛森もそんな状態で五番隊は混乱した。
 藍染の謀反直後、隊長の消えた隊はそれぞれ引き受けられるだけの余力があった他隊に公的に援助されていた。雛森が目覚めない五番隊の職務を引き受けていたのは十番隊だったが、日番谷と乱菊が現世に行ってからは比較的隊舎が近い四番隊、六番隊が引き受けていたらしい。雛森が目覚めてからもそれは続いていたし、勇音は、そして瀞霊廷にいるときには恋次も決められた枠を越えて手助けしていた。しかし、特に親身になって個人的に彼女を助けていたのは、三番隊の吉良と九番隊の檜佐木だった。
 雛森が目覚めてからの五番隊執務室を思い出すと、乱菊は切なさとわずかな可笑しさを感じる。広い執務室に一人きりの雛森。彼女と話す、そうは長くない間に幾度も交互に顔を出す吉良と檜佐木。青白い顔をして、小さな口を引き結んで、藍染の不在が重く漂う部屋で業務をこなす雛森と、その部屋の隣で死んだような静寂に耐えて働く隊員達は、彼ら二人が来るとどこかほっとしたように張り詰めた顔をわずかに緩める。
「雛森君、あの書類の件だけど僕の方で一緒にやっておくから」
 吉良は乱菊に向かって頭を下げると、雛森を柔らかい眼差しで見つめて執務室の扉の隙間からそう言う。
「雛森、さっき言ったことだけどな、はじめの件はお前に任せ……おおう、乱菊さん」
 扉を開けるなり檜佐木はそう言い、そして乱菊もいることに気付いて慌てて軽く頭を下げた。そして雛森に笑ってみせて、言うだけ言って部屋を出ていく。
 二人とも、そうして訪れては雛森の顔を確認するように見て、帰るのだ。そして執務室の扉の向こうで、彼らが五番隊隊員達に声をかけているのが聞こえて、乱菊は苦笑する。
 三番隊も、九番隊も、隊長を失っていることにかわりはないのだ。吉良も檜佐木も、以前より削れた頬で目は窪んでいた。全てを、業務だけではなく、隊員達の喪失感も憤りも全て、自分達のそれを飲み込んでまで彼らは引き受けている。その上で雛森と五番隊を気に掛けているのだ。
 同じ状況だからこそ。
「……二人とも、慌ただしいわねえ」
 乱菊が苦笑して呟くと、雛森がつられたように小さく笑った。それはとても弱々しかったけれど虚ろではなかったから、乱菊はほっと息を吐いて雛森に笑いかけた。
2007/01/16 (Tue)



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