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肌が、ひやりとした。 乱菊は目の前で笑う藍染を睨んでいた。柄を握る手のひらに汗が滲む。嫌な汗だ、と思う。藍染からじわりと漏れている霊圧があまりに、重い。乱菊は無理矢理に息を吸った。深い海に沈められていくような感覚に、乱菊は眉をひそめる。 隣では雛森が浅い呼吸をしていた。かたかたと震える音も聞こえる。雛森が藍染から言われたことを思い、乱菊は滑る柄を握りなおした。 「……久しぶりね」 低い声で呼び掛けると、藍染は眼だけを乱菊に向けてきた。視線がぶつかる。 「君は、私を隊長とは呼ばないね」 「そりゃあ」 口元を歪ませて乱菊は小さく笑った。 「隊長職は放棄したじゃない。当たり前だわ」 「そうだね」 藍染もまた、口元だけで笑う。 「雛森君は、違うようだけどね」 かちゃり、と震える音が揺れた。硬質なその音に、雛森が震えながらもまだ刀を構えていることを乱菊は知る。 「雛森は、わかってるわ」 乱菊は、はっきりと言った。 「ちゃんと、わかってる」 「そうかな」 藍染は笑みを浮かべて、視線を乱菊の横に向ける。刀の切っ先を向けている自分に対し、ゆったりと、刀を構えるどころか警戒する様子もないその姿は、そのまま力の差だと乱菊はわかっていた。一歩、前に踏み出すこともできない。しかし下がることも、できなかった。 言葉が途切れると、遠くで何か大きなものが崩れる音が聞こえた。別の方角からはぶつかり合う音がする。どこかで、ギンも戦っているのだろうか。あたし達と。ふと浮かび上がる思いを、乱菊は押し止めて目の前に集中する。藍染から目を離すことはできなかった。そうしたらどうなるか、それは酷いほど明らかだった。 乱菊の緊張を読んでいるのか、藍染は僅かに笑みを深めた。そして乱菊に向き直ると、 「君に会えてちょうど良かったよ。松本君。話したいことがあったんだ」 と言った。
乱菊は初めて、ぞっと、した。
それはもう今となっては遠い過去、渡り廊下で偶然すれ違ったときに放たれた言葉に似ていた。しかし、それにしては、あまりに暗い響きが声にあった。
嫌な予感がした。
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