【※重要なお知らせ】Alfoo有料化への移行に伴う重要なお知らせ。
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片面的
たとえば私を一方的に見ていて好きでいてくれる人が居たとして、その人が私にそれを伝えるつもりがないとして、私はその人のことを好きかどうか考えたんだけど、よくわからないなと思った。
ただ、話しかけて貰えるくらい好きになって貰うには、なにかを提供し続ける必要がある、それが一方的な相互関係というものだもんなあ。
でも好きでいてくれるとしたら、やっぱり好きだろうな、存在の証明がなくても。私も私の干渉なしに別の、別で、生きていってほしい好きな人が居るものな。そういう人のことは忘れたり思い出したりすることもある。思い出して貰えることを喜びこそすれ、忘れられた、ていくことは悲しくないなあ。
2017/09/11



他人との闘い
分かる分からないと好き嫌いは関係ない、でも関係あるときもある。まずそこからいつも曖昧で確かめられない。なんにも分からない。なにも言えることはない?本当に?だったら、だったら…。これ以上いうべきじゃない。
分かったら愛せる訳じゃない。それを知らない人が沢山いる。私も忘れたり(愛せないことのほうを)押し付けたりする、悪趣味だ。いい気なもんだ。想像力が追い付かない、みんなはもっと同時に抱えることが出来るの?まいった、まいった…。
漫画が描きたい、そうするしかない、ありがたい。
私も諦めた、いまここで諦めていることを責められたい。無理なので、また作戦を練る。でも私も相手もきっとその繰り返しなんだろう、いつかタイミングが合えば翔べるかもしれない、そんなもんなのだ。
でもとはいえ、やっぱりやる方を選びたい。戦略的後退なのだ、負けじゃないもん。ふん。なにと戦ってるのか?他人なの。
2017/07/20


楽しい
とても愉快だ、挑まないといけない。

やっぱり表現だと思う、具現化というのは具体化、明晰化、抽象化なんだ、存在しないものは明確じゃない、そのくせ存在しないものの誠実さ正確さは保証できる。
言葉の選択がうまく出来てないから察してのニュアンスの話になってしまう、ほらそれってやっぱり、靄がかかってる。なんとなくだ、なんとなくは確かだと思うけど、埋もれている。そこにあるとおもう、間違いのない事の中のずれがある、自分自身との間にあるディスコミュニケーション、そしてそれは外側へと波及してどんどん歪んでいく。
気持ち悪い。違和感。矛盾とか不条理とかそういうことではない、自然を洗い出す。
神経の通った存在にする、そうして自然な動きが生まれる。
ゆっくりしか前に進めない、分からない事がたくさんある、みんな私の知らない事を知っている。考えている。やっぱり考えるのは楽しい、良かった。
2017/06/29


 
なんかすごく駄目です…
なんとなくとても無力な気持ち
2017/06/21


集中力散漫、断食のせいかしら?先週の金曜日からやってます
一週間絵をかく時間がなくて似顔絵の練習一度もしてなかったらリセットされてたので間をあけずにまた一から練習しないといけないぞ〜?でもちょっと描いたらやっぱり死ぬほど楽しかったから頑張ろう、なんでこんなに楽しいのになかなか始めないのか…ぐう
断食延々永遠に続けたいみたいな感覚と、明日にでも焼肉食べたいみたいな気持ちで混乱してる、とにかく食事の管理はともかくまた筋トレやろうという意欲までは甦ってないから終わったら普通に体重は戻りそうなような…どうだろう…いやちゃんとしたい…
きれいな肉体になりたい…自分の肉体によって不愉快になりたくない…
うちに姉の置き土産の美禅食があるので断食終わったら置き換えやろうかな〜ぱやぱやでも運動しないと痩せないんだよな〜だいたいウエストとヒップと太ももがやべーからそこは個別に鍛えないとおどーしよもないのお〜
2017/06/08


あなたたちはきっと私を殺さない、私はあなたを殺す。どちらがさびしいのか、
身の回りの物、どこまで処分するか分かんなくなって困惑してふて寝してたら欲しかったものが売り切れてしまってもっと困惑している。あほだあ…
いまは、所有について考えていて、私が所有できるものについて考えている。

丁度そのタイミングでプルさんが日記をつけ始めたということなので、私も日記をつけるかちょっと考えてまだ付けてない、まあそれはね、バカだから普通に常用漢字がパッと分かんなくて、疲れるから、でもだからこそ書くべきだけどね、それしてたら頭で考える速度に追い付かないから打っちゃう方が早いってなってしまう。でもキーボード打つよりスマホの方が優しい動作でできるのでメモはスマホでよくするかもしれない、キーボードを叩く、という作業が指に負担?というか、小指も痛いし、叩くというのが私の優しさに合ってない。筆圧もわざと薄くして描いてるんだよ、ソフトタッチの女。そう、はんぺんだからね。
あらゆることを意識的に行っているので私ってものすごく神経質なのかもしれないと、最近思った。別に、うーん、違うな意識しないとできない?という感じかな、感じ方の違うについて考えているから、そういう発想になる。人と違うという意味ではなくて神経質と呼べるのではということ
今持っている必要のないもの、今後必要になるもの、必要のないもの、のラベル付けが出来ないので今必要のないものは全部手放してしまいたい。
今後必要になるものは貯金で、必要ないのに持っているものは借金なんです。

私は結局のところ極論では描くために彼らを見ているので、描いているその瞬間にだけ彼らを所有している。
そしてその、関ジャニを手放そうとしているなあと彼らをもう描けなくなっている、いくのを感じている。今が最後のチャンスなのだけど、もう描かないかもしれない。クレしんから関ジャニになるときのあの余韻の中に居る、クレしんは描けると言えばまだ描けるけど、それを描けると呼んでいいのか分からない。やっぱりそれに身を浸していない時に描いたものであるということを私の法律が許さないという可能性がある。関ジャニはリアルタイムを追いかけてないので普通に駄目だと思う。
顏が好みの人たちを、だからずっと描いてたのに今はそんなこともないので、やっぱり私は日々作り替えられているんだなあと思う。

そうそれで日記なんだけど、私はちょうど日記なんて必要ないということも考えていて、思い出なんて必要ない、が正しいな。私の人生の中でこれから昔を懐かしむ日が来るだろうという事を何となく想定して未来のための貯蓄の気持ちであらゆるものを記録しようという切迫がどこかずっと私の中にあった、私の人生をコレクションしようという感覚。
でも別に過去を振り返る時間なんてもしかしたら一切必要ないかもしれないと、この頃になって突然思った。それはどうしても記録、記憶しようのないこと、もっというと知ることが出来ないものの、ちりあくた、うぞうむぞう、いっそのこと魑魅魍魎的なこの世の謎めいたあらゆる、瞬間的なもの。間接的、直接的なあやしい響きだとか、どれほど得も言われぬか語りつくされるうつくしさについてだとか、ああ、ああと思うこと、うん。と思う事。いや、ああ、これは、ああ。その神秘的な発生と喪失、勝手に生まれたものが痛みを伴って死んでゆくこと。そういったあらゆることが、懐かしむに値するかどうか、どうも疑問だ。
というので、私は永遠にここから離れて生きてみようかと思うのだった。愛やさびしさについて考えるのだけど、私には必要のないもの、帰る場所というの。必要ない。私はひとりで死にたい。

ひとりで死にたい。とうのはきっとそうなる道を選ばないから思うんだろう、私は捨てられないのだ、なにもかも捨てられないから、失うことばかり考える。本当に必要のないものを取捨選択するのか?はじめから分かっていることは判断の必要がない。あらゆるものを愛している、当然に愛している、だからひとりずつ丁寧に殺して私は生きていくしかない、これはそういう物語なのだ。
あなたたちはきっと私を殺さない、私はあなたを殺す。どちらがあなたを凍えさせるのか、考える、それは物語にならないのだ。
2017/05/29


あなたのセクシー
せくしーぞーんのことを考えるとギューッッ
ってなる、2年前の私はかんじゃにのことを考えるときそうだったということを思い出した。久しぶりの感覚で、あー、楽しい苦しいってなっている、恋かな〜。
久しぶりに本当に久しぶりに腐女子インポじゃなくなってるかもしれない。セックスに萌えるのと、セックスして欲しいのって別で、も、萌えてる…
2017/05/17


もういいや
と思う。もういいや、終わりでもいい。と思う。
私がやらなければ終わり、それでいいや、後悔くらいされたいけど、きっとそれすら起こせない。仕方がない、いい、いいんだ。

でもそこで、私がもういいやになったら、世界中の私ももういいや、になってしまうんだと思う。
ああ、そんなの、と思う。
悔しいのか、可哀想なのか?

もう少し、いくらか少し、もうちょっとだけ、ふんばろう。
2017/05/17


険のある言いまわし
なんかどうも、文句ばっかりな気がして、私はやっぱり文句に正当性なんてあるとは思えないので、なんで思わないんだろうな?やっぱり、どうしようもないなら死のうと思ってるからかな。
だから、言いたくないので、言うと後悔するのでなるべく黙っているんだけど、どこからが文句っていう話は、嫌いは良いけど悪いは駄目みたいなことかな。それを暗に皮肉めいてひけらかすのも文句だと思う。だから、思ってる時点で駄目なんだよね、これって。まあこれは自分の話なので。
正直なことしか許してくれないんだね。

そうなのかな、私には正直さしか取り柄がないので、嘘をつく気にもなれないし、今言葉にすると文句が言いたくないという惨憺たる気分です、です。何かを言わないようにしている状況の、しみったれた感じ!が嫌い!ああ、惨憺だ、陰惨だ、いたたまれないな。
今はどうも誰かに対してしか言葉を持てないので、その他でなるべく明るいことを言おうと思うと空回る。この、険というのが出る、嘘にはついて回る、私はどうもこれを見過ごせない。自分のことはどうもわからないけど、人のそれはもう、自分をだますことが出来ないなら正直になってもらわないと、おぞ気が止まらないので、見ていられない。
なぜ正直になるのがそんなに嫌なんだろう、なぜ明るい事、楽しい事、嬉しい事、優しい事ばかり喋ろうとするのだろう、同じ感情のどれどれをどれって優劣をつけるのだろう、憎しみを憎むんだろう。憎むべきものは感情ではないと私は思うけど、辛いんだと言われてしまう、それも含めてどうしようもないのだ、というところまで、と思うけど、どこかで終わりがあるのなら本当を決められるのかもしれないけど、感情に終わりはない、だから私の言っていることが滑稽なんだろう。まったく、問題なんてないからだ。

なにもかも、決めることは出来ない、決まってしまうこととどう付き合っていくかだ。正直さなんてものは、まったくもって野蛮なものだ、素直なんて幼稚だ。
私がそういった意味でほとんど暴力的に、人と関係しようと思っていることを私は分かっている。対等だと私は信じているけれど、相手にとってそうじゃないということが、悲劇的に私を押しつぶそうとしている、「こんなのは不公平だ」ってことは分かっている、なにを基準にした不公平なのかは分からないけど、言葉にしてはいけないことが沢山あるからなんだと思う。それについて、ここ二年くらい、特に強くなったのは一年くらいか、自分が引き裂かれているのを感じる。
そんな風に魔力を持った言葉が私を幼稚で野蛮なモンスターにして、封印してしまう。それで私はどこへいくんだろう?とにかく、諦めるか乗り越えるかしなければいけないんだけど、まだ悲喜劇のさなかにいて、答えを出すのが怖い。悲しい。もう、どうあがいても一番の望みが叶わないから、そこに戻ることが出来ないからだ、あれみたいだ、恋人にもなれない、友達にも戻れない、私とあなたの前に途方もないさよならが佇んでいる。ただたださよならの時間を先延ばしにしている。意味なんてない、意味なんてないけど、そうしたら人生そのものに意味があるんだろうか、っつって。意味がないのに無駄がある。チャンスを逃す、というのは意味ではないかしら?
桃源郷みたいに戻ることが出来ない。そういうもんなんだな、目的を持って追求したのでは到達できない場所。
誰とでもそこへ行けると思っていた、私の望むことがそんなに難しい事だったとは思わない、実際に難しくない。でもその資質を手放してしまった、作為的にその状態を作り出すことしかできない、そこで私は部外者になってしまう。それが駄目と思わないけど、私に反している、のでは。上手くなんて出来ないし、愛されたい訳じゃない。得したいわけじゃない、成功したい訳じゃない、誰に分かるっていうんだろう。こういうの、私は楽しいんだけど、もうみんな現実ばかり見ている。目的は何なの?そのためにどうしたらいい?うんざりする。

それで、こんなこと言ってどうするんだろう?こんなことは言いたくないなあ。
これは私が思っていることじゃない、私が信じていることですらない。こんなことを考えてはいない。考えていることはもっとずっとシンプルだ。
これはただの驚き、ただの文句だ。
リフレインしている、フラッシュバックする、特定の物事でしかない。
考えていること、その都度思う事、考えること、伝えること。これじゃ伝わらない。伝えるというのは、包み込んで浸透するようなもっと、兆しのようなものであるべきだ。あなたを潤して、促すものだ。
脅して踊りださせることなんかじゃない、なぜステージへと追い込むようなことをするんだ、酷いよ。
どんなことだって良い、結局結果が大事かもしれない、そんなことも大事じゃないかもしれない。なにが不平等なのか、別々であることそのものを超えることなんてないんじゃないのか?そう思えることをやればいい、わたしにとってはそうだっていうだけで、私は怒りを持たないから、嘘の怒りでは発破をかけれない、ようするにそういう話で。

表現で表現したいけど、表現の表現もなかなか伝わらないので、面白いなあと思う。私は伝わることに意味があると思うけど、いろんな考えがあるみたいだなあと思って、面白い。
描けるから描いてるもの、知ってることを押し付けてくるもの、好きじゃない、抱える、描ける、描けると思う、その先へ行きたい。

ああ、とにかくその先を萌してるものが好きなんだな。寸前も、応用も同じだ。
始まりや終わりや完成や完全、文句のないもの、個人的なもの、好き、好きだけどなあ、なるほど、終わりってなんだろう?私のモチーフ(着想)になった時点でそれは終わらないから、作品という存在に関してのことなんだろう、現実に存在するものに対して題材、サブジェクト、トピック、コンセプトという感覚しかない、現実をテーマにしてしまう。
ああ、考えるのが楽しい。愉快だな。
いくらでも世界を紡ぐことが出来る、もう自分が好きなものを自分が見たいものを自分で作りだしていけるんだ。出来ないことが生まれ続ける、美しいじゃないか。美しい美しい、美しいって言葉を使えるようになれる。
2017/05/16


変化
好みが変わった、みたいなことについて、昔は男同士のどうしようもない怠惰で暴力的な緊迫みたいなものがとても好きだったけど、同人的に好きじゃなくなったのか、どうか、それは分からないけど、なんで好みが変わったのかに関しては結局、強さを求めたからだなと気づいた、錦戸亮が一番同人的に(キャラ崩壊だ!と感じずに)読めるというのをなんだか偶然の産物のように感じていたけれど、そういう人を好きになるように仕向けたんだという、「受けという立場に負けない存在を受けにしている」んだから、それはなんだか当然だった。人の作品を読むうえで最大限になりたいという打算から私は、進んで自分の好みを世界と関われる方向にずらした、という自覚もあったんだけど、それとほかのことが結びついていなかったから、好みが変わった、で片づけていた。「可愛い」ということでなにも損なわれないかっこよさの中に萌えを見出すことにしたのだ。
だから私ひとりきりだったら、こういう結論にならなかったのかもしれない、でも事実それが今一番好きであるということ、胸が高鳴るということをそういう理屈で説明できるのかもわからない。
何物にも脅かされないという意味での強さをわたしはずっと求めていると思うし、それが漫画の中で悪の親玉だったり、腐女子界での可愛くてかっこいいまともで生意気で才能のある男の子、という結論にたどり着いたというだけなのかな。
受け攻めに馴染めないという感覚がなければ、うーんでも腐女子は受け攻めと戦っているなあと思わされることはよくあるけれど、その戦い方が暴力的な感じもするのかなあ、嫌じゃない方にしておくみたいな?うーん。
サンゾロよりゾロサンの方がマシだなって思っているの、変だなと思う、そんな変なことを思っていることがしんどいからもうどっちにも関わらないみたいなところがあって、そういうことが萌えを阻害することが問題なのかもしれないし?
私はただ乱暴に触れられる相手がいるということに、それ以上の意味を持たせてしまうことが我慢できないのかしら。
まあ、本当の意味での萌えという感情を持っていないのかもしれない、それぞれ萌えなんて別のものだろうと思うけど、それにしても私の萌えは制約が多くて限定的だなあと思う。恋愛も下剋上も癒しも、でもだからってマイナスのもの?が好きとかそういう風にされると違う、ふううん、簡単に言葉にできることの、その簡単というのは、簡単さでいうとどのぐらい簡単なんだ?

ただ本当に殴り合いからもつれこむセックスが本当に好きだからそういうのに、そういうのが、いま足りないって思えばずっと思っているのでそろそろだなと思う!
2017/04/26



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