【※重要なお知らせ】Alfoo有料化への移行に伴う重要なお知らせ。
HCO3- + H+ → CO2 ↑+ H2O (生存確認用にお使いください)


ノンケ
恐ろしさと面白さが対峙しているときに楽しいと思う。
こういうことを分かってても分かったように言うところから一般的じゃなくなるわけだよね、なんでもありを良いと思いつつも、ノンケ性(ただまっとうであること?誤魔化さなくても自分らしくいられる健全さみたいな)に憧れるけど、ノンケ性は希少だから憧れるわけで。その、憧れてるのかそうなりたいのかそれを描きたいのか明確にしておかないとブレちゃうから分かっておきたい。自分がどうしたいか、どう思われたいか。
2017/04/24



日中考え事して夜に忘れる
今日も何か気付いたけど、なんだっけな、あれだ、考察に興味がない。何が起きてるかが大事で、どういう意味があるかによって事実が変わることはあるけど、どう見えるものを作ったのかを重視してる気がする。
コクソンが面白かったけど、初見ですごい好きだと思ったものって、そのあと興味なくなることがあるから心配だな。じわじわ来るものの方が残る。でも私も大人だし、どうかな。
ネタバレ考察読んだんだけど、結構いろんな解釈してる人がいて、途中からなんじゃそりゃってなってくる、私の作り手のエゴみたいなのが出てきて、結局それも偏見なんじゃないのかな、混乱してくる。前半ぼんやりしてたからもう一回見たいんだけど、もう一回見たら面白くないかもしれない。想像力が広がっているうちにそれを残した方がいいだろうな、知ることによって創造は止まってしまうことがある。
ひとのなんじゃそりゃな感想をいちいちつまみ出したい衝動にかられるけど、それをやったら私もおんなじになってしまうんだよな、おんなじになりたくないとかいう事じゃなくて、実際には問題にしていないことに首を突っ込んでも途中で迷子になるの。

いまは差別を差別するものの時代にもなっていて、差別もあるし、差別への差別もある。これは戦争です、殴られたので殴り返す。「不当な差別である」という言葉を武器に出来るだけの力を集めている、そうしないと結局泣き寝入りだからなんだろうね。でも、差別の形がこうして変わっていくだけで、「常識」みたいに時代の新しい勢力が生まれたのを見ているだけなのかもしれない。こういうことをなにも知らないで書くのはどうかと思いつつ、知るとは一体なんなんだろう、でもやっぱり不勉強は礼節を欠いてると感じる。だから胸を張れない、でも胸を張る人間になるための努力をほんの、ちょっとずつしかできない。
2017/04/07


勘違いしないようにすることはない
私は人が言葉で自分を説明しようとするのを聞くのが好きだし、それは私自身に対してが良いので、匿名質問サービスで粉々になったままここに帰ってこれないままでいる。
言葉では説明できないということがお互いに分かっているから成立するので、公共性はない方がいい。そこで示すのは言葉や言葉の意味ではなく、その向こうだったり内側だったりするもの。
これは逆にややこしくなるかもしれないけど、笑顔と表現するとして、その時その人の笑った顔を私たちは見ていて、その人が笑っているという事実を説明したいわけじゃない。それは私たちがみた景色で、なんで笑ったとかどう笑ったとか、それはあるんだけど、でもエピソードみたいになにか意味とか落ちとかじゃないから、そういう笑顔を前にして私たちが何の話をするのかは自由で、でも私たちの思い描く前提について知る由もないじゃないか?っていうこと?

初めから伝わるように話すんじゃ意味がない、あなたの言葉を解きほぐすのでやっと分かる気がする。
あーあ、みんな言葉を諦めている。変な人とばかり話したい訳じゃない。
2017/03/28


受け攻めとかビーエルについて
読んでたらグワングワンしてきたので、まとめたくなった。久しぶりですね、そうやって筆を取るのは。
でもまとめられない、最近思うのはどうも、みんなそれぞれなので議論の余地を感じないということ。私は昔は納得のいく筋や論理を必要としたけど、いまというときにはそういったものでは説明できない自明のことが存在してもいいと思うようになったので、なにが一番納得のゆく矛盾のない説明となるかという隙間を縫う作業に昔ほど積極的でない、ということののかもしれません。
言葉で戦うのは、暴力で戦う際に腕力がものをいうときがある、みたいなことと別段代わりないことだなと思うようになったので、それと共に私も言外の自明を察する筋力が鍛えられて、あの頃のように悶絶しないから心穏やかにいられる、という時分で、でもこれはあくまで途中経過のつもりです。
2017/03/21


殻のない卵のラップ
わった卵も黄身が割れなきゃラップでもなんとかなるという実験に成功した高校があって〜、っていう話があって
http://yurukuyaru.com/archives/61215428.html
これだ
プルさんとこの話をして、
私はこれをどっちかっていうと面白いって思っている。こういうのが見れて嬉しいと思った。話した時話しながら言おうと思ってて言い忘れたけど私は人が登れない山とか谷をドローンで近距離からの撮影に成功したっていうニュースにもゾッとした、というかそっちの方がゾッとしたかもしれない。
でもなんていうのかな、こういう事って、当たり前のことだなと思ってるんだよ、あらゆる瞬間の中にこういう事があるというか
言い方とか、表情とか言葉選びとか、挙動服装、精神状態、タイミング、些細なことの中に命が生まれて絶えず死んでいっているのを感じる
私がドローンのことを思ったのは、「見えるべきではないもの」というものには神性が宿るべきだということで共通するからかなと思った。
プルさんがこの実験に対してショックを受けるというのは、なんか、この実験がある側面では人にショックを与えるものであり、そういう意味では目新しいテーマではないという事とはまったく別の意味があるけど、それをきっと、言葉にして説明することはできないんだという事に、価値があると思う。本当に、そこじゃない部分というか、この事実に!じゃないからね、これは。
もう最近はこの最後の部分(本当に〜のとこ)みたいなのを明確にしたくなくなってるし、明確にしないくせに文章に残すようになった。今は共通言語というか、商用言語というか、論理というか、正しい、分かりやすい説明というものに対して、嫌悪感がある。もともとやさしい日本語つかってないけど(つかえないから)
2017/03/09


 
スカートに罠最後まで読んだ〜やっぱこのプルちょめさんって人好きだな〜
2017/03/03


色のみえ方
私の見ている色をあなたが見ているか分からないということとかの、それ自体が私は気になるけど、それは精神論なんじゃないのって、あ、精神論は屁理屈を揶揄してるだけで、精神論そのものは「気持ちの問題」という意味だよね?
つまり概念的な話ばっかりするって意味なんだよ、最初からそう言えば良いんだ。なんでこんな使い方?「そう思えばそうじゃん」っていうことかな?
2017/03/02


バランスを探ってる
プルさんシッカ先生浪漫、よしのさんはグレーだけど、大体具体的な話をするからすげ〜〜〜漫画脳!!みたいな気持ちになる。
私とうめ吉は頭でっかちちゃんだから、うめ吉と私はタイプが違うけど。うめ吉は具体的なエピソードも上手だし。
だからあんまりみんなの前で精神論とか喋りたくないんだあ。
よしのさんがグレーっていうのは、分からないところを理屈で埋めるところがある?みたいな?まともじゃないからかな、ほかの3人にくらべて。思った通りにするんじゃなくて、補完しながらバランスとる的な、つまり一番バランス感覚?か良いんだと思うけど。
精神論(理屈、屁理屈)ばっかりの人は苦手だな。
頭良い漫画好きだけど、人間を設定上でしかとらえられない辻褄がガチガチっと合うだけの漫画あんまり好きじゃない。
私はいま中途半端だ〜…いやでもまあ、別にこんなもんか?頑張ろ〜うエイエイ
2017/03/01


変わってしまったこと
というか、表に出す方法が分からなくなってしまったこと。
多分、完全オリジナルで創作活動をする、とかそういう機会があればそこで表現しただろうなということ、だったりする。
大切なものは、たまにもて余してしまう。そういうものを共有してしまうと、今度は描けなくもなったり、時には膨らんだりもするし。

特に、最近は意味がないのでは、ナンセンスなのでは、と思うことが多い。自分が考えていることこれは単純に自意識とかの問題だけど、物事がもっとわかるようになって細分化しすぎて分かんなくなってる。わたしが興味を持っていること、って、面白いか?いや…。うーん。こんなこと考えてしまったら馬鹿みたいなんだけど、でも、そういうことじゃなくて、私は、上手くいかせたいんじゃなくて、成功するのが目的なら、違うかもしれない、でもそしたら、わたし以外には意味がないのでしょう?と、それで終わり?
日常のなかに創作があるということなんだよなあ、正しさや、選択や意志が大事じゃないんだろうな、そんで、それは普通は無視されるものだから私は取り残される、いや、弛むというか、鬱陶しいというか、足踏みな感じがして、申し訳ない。これは、私が先んじないと絶対に無理だなうんでもそれは大丈夫だから、探り探りやってくしかない。
変わったというか、自分の話をすることが難しくなった。
とりあえずともいかない。
全部お互い様じゃないかな、普通は目安だとしか感じない。
失言ばっかりだよ。私はできが悪い。でもやっぱり、そのあと得るものが見えるなら痛々しい失敗の死体を積み上げて、お門違いな無い物ねだりは時間を醜くする。
2017/03/01


変わってしまう
最近はちょこちょこ観劇に出掛けています。
面白いのがあったら知りたいけど、友人にはライブに行ってる人はいるけど観劇の話を聞いたことは誰もない気がする?行ってるのかもしれないけど。フォローさせて貰ってる方で感想を言ってらっしゃることがあると興味が湧くけど、その時点で見に行こうと思っても難しかったり、映画じゃないもんなあ。

私は変わってしまったと思う、いまの自分を気に入っているけど、昔の自分も恋しい。それは、やっぱり周りの人が今のわたしを作っているなと思うから。好きなものが残ったんじゃなくて、すごく好きなものは残るけど私は形を変えてしまう、好かれている?というか好きな人と過ごすために実用的な部分が残る、楽しい気分でいられる時間を、増やそうと思うと。成し遂げたいことがあって強い意思を持っている人、以外の人は大抵そうなんじゃないかな。
だから私は、私にとって大事な感性を持つ人には干渉し続けたいと思う。出来るかはともかく、自分の人生の外に向かって変わってしまったと嘆くのは、お門違いかなと思う。いや、そんなことないと分かってるけど。なんだろう、他人だから。それにどう思ってもいいし。
ただ、不満や不信を自覚しながら、黙ってにこにこして、いよいよ相手が失礼に達するまでは、許し続ける、期待し続ける、のは不公平だなと思う時がある。そうするしかないときもある。自分で気づいて修正できなかったら、同じ行動をしていてある日突然さよならされるのか、と思うとゾッとする。私はガサツな精神を持っているので、フォローがゆきとどかないので、多目にみて貰えなくなる日が心配。

あ、だから、私が好きだった私の1部を好きだと言ってくれた人を思い出しては、その人の気持ちも、私の魅力だったかもしれない面も、過去のものになってしまったんだろうと思うし、それはお互いの人生のレギュラーメンバーになれなかったせいなんだろうな、と思って残念に思う(だからって、可能性がなくなったとは思えないんだけど)。わたしは私の好きな側面をわたしだからじゃなく、私の好きな側面そのものを好きな人を選ぶということをしないといけないなと思う。保存。(今の私はすごく恵まれているけど。)

でも別に絶対勘違いしちゃってると思うんだよな、だって分かんないじゃん一緒にいる相手が自分のどこを気に入ってるのか、明確には。むいしきにセーブしてる部分を相手は最近はしてくれないなと思ってつまんないと思ってんじゃないかとかなどと思うけど、自分もそうだけど、影響し合うものなんだから、相手が自分に見せる顔を選ぶのを相手だけの責任にするのは変だと思う。だからって、いろんな状況や性質によりどうにもできなかったりするし、意味がないことなのかもしれないけど、でも変だよ。頑張りたいなあというはなし。すごい空回りしてるんじゃないかなあと思ったりして、頑張るのって迷惑だったりして、逆効果だったとしても、挑戦し見極め、また挑戦して見極め続けるしかないんだろうと思う。無理なもんは無理だと思うけど、私はそこに希望を感じる。
2017/02/27



total : 108166