【※重要なお知らせ】Alfoo有料化への移行に伴う重要なお知らせ。
HCO3- + H+ → CO2 ↑+ H2O (生存確認用にお使いください)


話題に出た、ハウルについて昔語ったことがあるので引っ張り出してきました。
興奮したはなし
2012/06/15
えづく話のときにするか迷ってたんですが別にひどいはなしじゃないと思うのであげる。

ハウルに関しては多分10回近く見ているんだが(私は映画を続けて見返すのがとても苦手なので年単位で間を開けるため好きな映画でも総回数3回くらい)
まずレンタルで借りた時に二回見たしな…
しかしなんでこんな見れるのかと思ったら、最初からそんなに面白いと思ってなかったからだろうなと思う
いや面白いと思ってたんだけど、今はストーリーも把握して来てるけどよく解ってなかったのに好きだったし
というかよく解らないから好きなのかな…?
ハウルの作品自体は昔の方が好きだったと思う。見返してからはまた違う形で好きだなあ、理解できないから好きなんだなあ
本編が描かれてないから好きなんだなあ、
私はストーリー漫画にはほとんど萌えないからなあ、だからハウルはストーリーがないんだ…

今回凄い寝ながら見てたんだけど、見ながら、
ああこの話は、私の大好きな物語を美しい少女が台無しにしてしまう完結編なんだな、と思った。すごく燃えた…
つまり愛のはなしなんだ。暖かい鼓動が、すべての孤独を覆い包んでぶち壊して、小さな小さな心臓が脈動を始める、世界が動き始める。
その瞬間を切り取った話なんだな、と思った。
だから私はハウルの動く城の描かれなかった本編が好きなんだろうなあ、それを感じるから何度も見てしまう。
あの映画は本編に繋がる唯一の媒介だから、いやソフィは普通に好きですよ、一応言っておくけれども。
ただあれは愛の話だから、愛は私にとって永遠に不可解なものなんです。
私は愛を持っているし、愛がなくちゃ生きていかれないけれど、愛だけではけして生きていかれないので、愛を糧に生きる気持ちは理解できない。
私は傲慢な愛しか持っていないんだなあ。
それがいくら醜く可哀想でも、私にはそう思えない、美しいと思えない。
愛のかたちを探すために生きられない。だからそういう作品、つまり"人の心を揺るがし人生を変えるような"漫画に戦慄かない。もちろん感動はします!かなしくなって切なくなって嬉しくなっても、それは私の本棚の特別の棚でなく、"大切な世界の為の参考資料"の棚に置かれることになる。
語弊があるな…ものによっては物凄い好きなんですよ…?
いやいま萩尾望都と手塚治虫はどっちに入るのかな…と考えてそれ次第だな…とか思ってだな。いや私にとってですよ

いや明確に分けて作品を認識しているわけではなくて違和感の正体についての言及なのでどうせどっちでもかわらんしいいかな!いまとてもねむくて検証できな…くないやっぱり愛だと思うでも愛じゃないから物凄く面白いんだと思うでもそれまでぜんぶ含めて愛だとおもうまじかっこいいたまらん
おわる

でもあんまこういう話はしないようにしようとおもう



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ずっとハウル見てる
2015/07/06

ずっとハウル見てる
(ジブリはハウルが一番好きなんです。)

最後までみるととてもとても憂鬱になるのがハウル、あれは主観的にはバッドエンドです。

不幸せって意味じゃなく、穏やかな安らぎに満ちた花のある人生へ歩みだすことが辛い。愛と許しがすべてを救うことを信じないというんじゃないけど、ソフィは私にとっては死神だから、でもそれでいい。彼らの死を看取ることができて。
本編で言及はされてませんが、おそらく原作通りにソフィは命を与える魔力を持っているんですけど、だからそういう死神なんです。それって死神なんです。

ハウルでは具体的なことはまったく描かれません、夢のよう。フラフラと浪漫みたいなものを追いかけている恋多き少年のままのハウルに現実の愛を持ち込むのがソフィのはずなんですが、ハウルとソフィはまるでおとぎ話のようにキスしてハッピーエンドなんです。ソフィの呪いがいつ解けたんだか解らないように、地続きなんです夢から夢へ。なんせハウルは実はずっとソフィを待っていたんですから、この物語は予定調和なんですよ。

前にも言ったと思うんですが、私はソフィに出会うまでの彼らの生活が好きで、その蛇足としてのこの映画は二時間スペシャル完結編という位置付けなんです。
だからまあひたすらこの映画を見てるんですよね、このほんの少し前の彼らを見たい私は。

ソフィもおばあちゃんになったから、ハウルも黒髪に戻ってしまったから、取り繕えなくなってやっと素直になれたという不器用な意地っ張りと見栄っ張りのカップル、この二人は大喧嘩するんだろうな。ありのままで生きられる相手と感情むき出しで子供みたいに、も、恋人みたいにも夫婦みたいにも暮らしていく!
軽い喧嘩ならみんながソフィについて、ハウルは所在なさそうに頭でもかきながら「…分かったよ、やればいいんでしょやれば」とかって照れ臭そうに誤魔化すように笑ったりするわけだよなあ。ちょっと重い喧嘩になるとお互い意固地になって相手が謝ってくるまで許さないとかカッカするんだけど、ソフィがいないと駄目になってるハウルが可哀想になっちゃって結局いつもソフィが折れてあげる、みたいになるんだろうなあ。で、決定的な大喧嘩ともなるとソフィは一切の聞く耳を持たなくなって、ハウルが誠実に真摯に愛を囁くまでは許してくれない。そんなかんじかな。家族は。荒れ地の魔女の余計な一言とマルクルの困った顔が目に浮かぶわよね。カルシファーは場合によるから。
しょうもない語りをしてしまった。

とにかくハウルは私が覚えられない一番くらいの映画なんじゃないかな。

2016/09/18



もうすこし先が見たい。
知らない事を知れるのが好きだな〜と思う、本人にしか分からない事をその人にとっての最高純度で描いているものを見ると興奮する。
分かるように描くんじゃなくて、自分にとっての現実を再現する、というか。
私はそこへ行きたいので、とるにたらないものは、とるにたらない。
それがどんなに幼稚で稚拙でもよい、くらべるもんじゃない。

と同時に、人が作ったものを見ると興奮する。その人が「完成」と呼んだ状態が「流通している作品」なら、その人にとっての生であり死がそこに宿っているのだ。それがどんなにしょうもなくとも、光り在れとなったのなら。

2016/09/16


 
ああそう因みに私はあなたのものです派だけど、こう思ってほしいからそう思ってもらえるように意識して描いた部分みたいなのがあるときはそれを分かってくれる人が1人くらいいてほしい!
というかそう思ってもらえた時に成功した、と言える。ので満足する。
あと普通にどう思いますか?って思って描いてる部分もあるので、それを知れたらうれしい。

プルさんは自分が愛しているものを粗末に扱われることが嫌いなのであって、分かってないからダメというのではない気がする。
2016/09/16


 
今月はずーっと考えてる。とりあえず気が済むまで考えようと思う。

結構私は、私のものにしてしまう方で、でも私のものは他人には見せないので、人に見せるようのものを新しく作るんですけどね。いや別に8割がたは見せるようのために生活してるから別にアレだよ秘密主義みたいなこととは違うの。
作り手にも、分かってほしがる派と、あなたのものです派の人がいるよね。
プルさんと(普通のひととかが)作品を全部見ないのに好きと言えることについて、(連載の話はしてないからとりあえず映画とかなのかな)話して、私は順番じゃなくても漫画とか3巻から読んだりできるんですけど、プルさんはそういう(作家の意図とは違う?)ことはしないとかいう話をね〜、した。
でも確かに私はオタクに対しては説明できないものを好きってあんま言わないけど、普通の人相手の時は何となく好きなものの話とかするな〜。
2016/09/15


正直
自分の中の塊を外に出しちゃいけないと思ったときからその塊は歪みだすんだと思ったりもする、そういうものがとにかくある。
私はそういうことを避けて生きてきた気がする、言えないと思ったらやめるし、続けたかったら言う、出す。その塊をゆっくりと溶かしながら外に流してみる、意外とそれは悪いものではない。
良いと悪いに決めると、悪いを閉じ込めてしまいがちになる。まず、あなたの怒りや妬み嫉み欲望や自惚れが、あなたをあなたじゃない存在にしてしまったりしないのだと知るべきだ。
こういうことを考えているからカウンセリングとか言われるんだろうな〜ってやつ。

知ることがとても大切。

ところで本当に自分の萌え妄想が萌えるからほんと天才!って思うけどたいして萌えるものが描けないのっておかしいよね?変だよね?天才なのに?おっかしいんだ〜〜〜
(ふんぞり)
2016/09/09


おなじ
みんな違ってみんな良い
いや、みんな同じだって思う。同じが多い、呼吸しないと寝ないと食べないと生きていけない、心臓が止まったり、頭をぶんなぐったり、いっぱい血を流したら死ぬ、それから概ねの人は生きてる事を実感することが好きだし、感情がある、好きとか嫌いとか、良い人間だと思われたいと思っていたり、正しく生きていきたい間違えたくないと思っている人はとても多いと思う。熱いとか暑いとか寒いとか、虚しいとか、五感がある、知覚がある。
「まともな人」「普通の人」そのへんは、同じが良いって事でしょう?

それをつまんないって思います。知っている事を確認することをつまらないって思います。
それでもみんなが優しければ、怒りを求めて、怒りに触れれば、穏やかを求めるだろうと思う。私はないものが必要だと思う、なにかを愛してるんじゃない、足りないものを見つけてるんだと思う。
それは優柔不断かもしれない、日和見かもしれない。でも過半数がやっていることはつまらない。
天の邪鬼なんだと思って生きてきたけれど、変化し続けないと退化し続ける運命の私たちにとって、とても自然な選択なんだと最近は思う。

私はこの、ほとんどまったく同じで、ぜんぜんかぶらないぐらい違う、人間にずっと心を奪われている。失望し続け、憧れ続ける。

私は多分、私が死んでも、誰かが死んでも、なにも感じないんだと思う。でも、誰かが悲しんだり怒ったり困ったりするということを知っているから、いつまでも関心を持ち続けることが出来る。
私は別に冷たいとか心がないとかじゃなくて、私にとって死ぬということが生まれるのと同じぐらい、意味があって意味がないと思っているので、それについて「生」と「死」に対して、何の感情もないだけです。そこに追加される状況や条件や情景や人間が、それが「なに」であるのかを決めるので、私と言う単体にとってはいつもそれは、ただ来るものでしかない。

私の世界はどうしても筋を通してしまうので、矛盾していない。
死が悲しければ生も悲しくなくてはいけないと思う、私はそれは疲れる。
2016/09/08


 
私まじで不安がりすぎててやばいな・・・被害妄想加害者妄想誇大妄想・・・人間不信なのかもしれない・・・・なるほどね、でもがんばろ
2016/09/06


常に
こうしたいし、こうするべき!だ、と思うことが見て明らかなほどに出来ないという現実と対峙している。
自分が満足できるほど好きな事をちゃんとやれない事も悲しいし、当たり前にしていないといけない事をぼとぼと落としながら生きていることが虚しい。

わたしが「やっている」人間ならもっと他人に厳しいだろうな、だって"やる"と"やらない"の二択なら、"生"と"死"しかないから。
私はほとんど何もできない状態から、輝かしい生きた世界を見ている。ずっと水が蛇口から出るたびにコップからこぼれるのを嘆いて、眺め続けている。

枳さんとあよさんが日記書いてくれるとハッピーなのだ。枳さんの蛇口がずっと水が出っぱなしって話、アフターで聞いたのよりずっと納得した〜!枳さんの感情にずっと興味があるなあ。世界をどう感じてるかとか、ただこれは誰に対してもそういう部分はあるけれど、多分私が何を知りたいのか私が分かってないんだろうなあと言うようなところもある、だから知りたいみたいな。
私は枳さんからは"罪と罰"と"憧れ"みたいなものを感じるから、あと"抑圧"、そして残酷さに繋がっていく感じがする〜。そういうのなのかな、なんでそう感じるのか知りたいのかな〜?そして多分違うだろうなにかが知りたい、こぼれて散らばってるものが知りたいのかな〜。あととにかく枳さんの漫画を読み続けたい。

あと浪漫には今度もっとホヤの話を聞きたいな〜って思った。私もホヤの事を知らないと理解できないと思うけど。これに関しては浪漫について私が知りたい事は私がピニを理解しないとほとんど分かんないのかなって思ってる。そして私はそれをすべきかっていうのをずっと薄々考えてる。それは私にとってもだし浪漫にとっても。多分すごく楽しいけど、寄り道なんだよなあ。走り続けるべきでは??でも走り続けた先に何があるの??浪漫に止まって欲しくないなあ〜。いや、なんかほんとにさあ、あなたの人生の一部をちょうだいってことだからね〜、お湯を線まで注いでくれたら食事になるってわけにはいかなくてね、でもお湯をちょうだいっていうのだって結構なんだよ〜。しかもべつになにかを得る保証はなくて、わたしがただ試す価値があるな〜って思ってるってだけだ。まあでも少なくとも時間に頼るのみな部分に関しては大丈夫だからゆ〜っくりイケていくとも思うけど。
2016/09/02


 
この禍々しい感情が生きるってことか
2016/09/01


変化
愛も憎しみも、簡単にエネルギーとして消費できたら、楽だけどなあ。実らなかった恋はどこへいくのか(ハチクロのやつ)、という問いに近いようで遠いんだろう。
愛も憎しみも恋も(自分の中にはあると思うけど、そう呼ばれているものが)理解できないから分からないかもしれない。

偉業を成し遂げた後からっぽになった人と、改心した殺戮者。
2016/08/31



total : 108168