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いますごいつらいから
ひねりのなさがすきなうた
http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=k-110126-314
雨の日とかそういう感じ
CDでしか聞けない曲気に入りがち
2015/06/17



シンプルな好意を安定してたゆたわせ続ける、呼吸やなんかのように。体温に近い。
欲しいものを身近な人や友人や好きな人からもらおうとするのをやめたい。それをもともと持っている人から貰うんでいいと思う。
がっかりするべきではない。
期待しないというわけじゃない。
あふれ出るものを分けて貰うのだ、それが需要と供給。
恋人になるのなら、違うけれど(だって甘えないのはルール違反だ)、ひたすらに、好きにならせてと乞うのは。
見当違いだ。
ないものとしてただ愛を配る。普遍的な愛をただ置いておく。
忘れるに近いけれど、諦めていない、持っていかないだけです。
もう、持って歩かないだけです、はじめからそうすることがきっと正しくすらあったのだと思います。
ぬくもりをただ愛します、とても淡白に。

ただあなたの役に立てたら嬉しいと思う、ふっと身体を軽くできるような、二本の足でからだごとを支えられるだけの、癒しではなく、力を得る手助けができる人間になりたい。触ってくれた時には、おかえしをしたい。触ってくれることで、やっと私も(大義名分を得て)触ることができる。
2015/06/12


 
あっなんか反省したな〜

結局大事なのは伝える能力じゃなくて伝え方なんだよネ・・・
あ、エゴの話だよ。
もっともらしい説明とかじゃなくて
自分という体を持て余すのが人間ってもんかな、声に出せる言葉は限られてる。声に出された言葉で自分を作らなかった人たちは苦しいだろうな。喋り方っていうのも乗馬みたいなもんでコントロールに斑があるんだろう、暴れ馬とか。

結局自分が馬鹿だって言う事にたいして奮い立っている部分がある以上は、馬鹿にすることも馬鹿にされることも危険なんだよな。いつも怯む。相手か自分が正しいということには価値がないからね、正しいという視点を排するところからコミュニケーションは始まると思ってるから、正しいことで勝負する人を怪訝に扱ってしまう。そうする上等さっていうのも理解できるけどね。

あとやっぱり決め付けがあるんだよな、それでも良いよっていうポーズのつもりが押しつけがましい言い聞かせになってるんだよな、これは結局自分の首を絞めるだけだからもっと細かく空気を読まないといけない。

あとでもとにかく自分のコンディションってことだよね、自分が自分でいられない時に頑張って話しても泥塗りこんでるだけって感じがな〜、つまりそれってはじめっから間違ってるってことだよ。正しい必要はないんだけど、間違えるのはまたまた別なんだね。

私は可能性を提示するだけで、成果を出せない奴が嫌いで、自分がそれなんじゃないといつも思っている。


プルさんとロマンさんといろいろ話して、じゃあ同人誌で(会おう)って言外に結論が出せることに対するものすごい楽しいがあったんですっていうのが、下の記事のハイライトかなあ。共感しあうとか理解しあうとかもっと楽しく遊ぶとかじゃなくて、一番大事なことは同人誌読めばわかっカラ!!みたいな何より力強い肯定がそこにはあるなあって思ったんだよなあ。まあプルさんにしてみたらあれかなあ、今そんなことを新鮮に喜ぶのかっていうハナシかもしれないけれども。(戦歴が違うからね)(ま、趣味合うからいっか)
2015/06/09


普通のことを言う
ふっ普通にさみしい〜〜〜〜〜!!!!
また週末プルさんちお邪魔してたんですけど、帰りながらずっと日記打ってて(、でもまだ途中)、その時は軽快な気持ちで、帰ってきてんふ〜って思いながらパソコンして。
逆にtwitterとか誰も更新してないしゃメ日記とか見たことによってどっと不愉快でさみしい気持ちになってしまった。誰がなにってことじゃないんだけど、twitterというツールが孤独増幅装置すぎるんだなあ。
信頼する友人二人とずっと一緒にいて居心地が良かったから、ずぞぞぞっともやもやが集まってきたなあ。
2015/06/08


ぐずぐすした時分
ぐずぐすした時分
萌えなかったって話をしたいんだけど、本当に私が私の好みに合わないから萌えないだけで、クオリティが低いとか解釈が腑に落ちないとかじゃないし、萌えないっていう事実だけだから、否定ではなくて、萌えないだけで…ハア
私が萌えるものに共通する呼び方が存在しないから、特に主張もできないし、出来たとして、良いものだとも思わない。

はあ兄弟萌えるなあ。ばっかり。普通の兄弟が最高だよ…。
2015/06/03


 
定期的にここに書いてることは全然、足りてないし、私の頭も足りてないということにショックを受けて消したいって思うけど消さない
2015/06/02


アウトプットできない以外はまとも
アウトプットできない以外はまとも
向上心、とは。

自分が分かることだけ喋ろうとする奴は馬鹿だ。

まず、変われないというのは大前提だ。私達は、やり方を代えられるだけ。嫌なことを好きになったり、他人から受け入れられることが怖くなくなることを目指すのはロマンティックすぎる。

分かんない、評価されてほしい。外に出さなきゃ評価されることはない。悲しい。

でも、好きだよ。

生活、それで充分と十分分かる。

落ち着いている、判断も可能。相手を観察もできる。伝わらないと自覚もしている。でも分かり合えると確信している、伝わりさえすれば。そうなれば、忍耐になる。穏やかに、自分が出来る表現を続ける。体感時間は人それぞれ。悲しい。

相手が変わるのを待つって、あんまりだよ。耐えるとかって、あなたがしていることにあなたがつけた名前じゃないですか。
相手が考えていることを予測して、自分が考えていることを察して貰って、答えあわせはいつするのか不安になる。
褒められたいなら忍耐以外で考えられませんか?

否定は置いて、それからを考えなくては。話すとして、話し方。出来ないことは苦痛だ、なま暖かい靄の中でゆっくりでいいからまっすぐ進んでみようと優しく問われても、どんなに大丈夫と言われても、道が見えていないことを許してくれるだろうとは思えない。あなたには澄んで見えている道なのだ。とにかく進んでみるしかない、苦悩に満ちた考えているふりを続けてみる。いつかをただ引き延ばす。ぽつりぽつり感情を言葉にする、言葉には意味があるので簡単に文章になった。しかし文章と文章を接ぎ木する文章が存在しない。
感情を言葉に当てはめて、どの一文も本当のことを話している、感情は屈託がなく跳び跳ねて行ったり来たり何人も何人もそこら中で叫び回っていて、フォーカスすればその誰も主役になる。自分でも本当の主役の分からないまま、選ばなくては感情は感情のまま消えていくだけで、大小、強弱、明暗、ヒエラルキー、コントラストしなければ、とても原始的じゃ、ありませんか。悲しい。
話せないもんは話せない。空しい。
話した事を受け取って貰えたら十分、ではどうやってそれを確認したらいい?話して貰う以外で、表現されなかった、内省であれば行動に繋がるかしら?変わる、というのはほとんど稀です。変われたつもりで意識の変化を楽しむアトラクション、新鮮な暇潰し。それは他人としてはまったく享受します。
欲しがってばかりいると、つまずく。ただただ残念ながら評価に価しないんだろうと語散る。


伝えることを諦めたというより、伝えてもよいと思って貰えない、私が思うほどには!それを諦めたんだと思う。漫画なら、好きなものも嫌いなものも描かなければならないので、愛しても貰えるかもしれないから。そうして愛してきたから。


自覚が無いことを馬鹿と呼んでいます。思っていません。そうは思わない、でもやっぱり馬鹿だよ。
2015/06/02


趣味がいいとか
悪趣味ってハナシ。

善いものを良いっていうことに憧れて?いるのかな、憧れっていうか、やっぱり善いことを良いって思う、いや、善いことは良いとされてほしいって思う。善いことが愉快だし気持ちいいって思う。
でもそれを私の趣味嗜好主義志向として表明明言すること、おぞ気がするし、口の中から捩じり出そうとすると、吐き気がする。とても不愉快だし気持ち悪い。
どうしても私はそれを好きという心地にならない。
それを続けてほしいこと、褒めてちぎりたいこと、あなたを肯定したいこと、そう心底思う。これは素晴らしいものだから評価されてほしい。そう願うことしかできない。私はそれをやれない、その価値を分かっていることにはあんまり意味がない。
それと同じで私の話は気持ちよさをわざと避けているようなもんに聞こえるんじゃないかって想像する。
でもそんなのは、みんな同じだからなあ。

この話と繋がってて繋がってないんだけど、いい奴しか出てこない物語にハマれないみたい。
で、みんな普通に善良であることを求めてるしそれが普通なんだなってことを思い知る。
2015/06/02


ちゃうねん
腐女子のCAWAIIがニガテなんだァ…

変わった変わってないのはなし、いいと思うものは変わってるなって思うけど、苦手なものはあんまり変わらないなあ。そういうものだよねえ、私は苦手なものがいっぱい有って、それに関心があったから筋を通せるんだろうなあって思う。いいは、よりいいに上書きされるってとこが恨みがましい。
2015/06/01


じゃあせめて喜んでよ
やりたくないことをやってないからだな。
やりたいわけじゃない、やらないことがいやなだけ。

多分私がゴミ拾いのボランティアをしていたら、煙草を手に持った瞬間、歩きながら飲んでいる缶コーヒー、手に握られた包み紙、そういうものを無視して生きていけるだろうか。
私がいくらゴミを拾っても、変わらずに捨て続けるそれらを見て、ゴミを拾うことをやめることが出来なくなる。悲観なんてしない。
空しさは重なっていくのに、世界はうつくしく変わったりはせず成果は継続している自分という誇りだけ、一度でもそれを馬鹿みたいだと思えば、自分の中にいっぱいにため込んだほころびを見つけてしまう。
良いことをしているが、自慢するようなことではない、褒められなければ続けられないものではない、私を褒めてほしいのではない、あなたにも闘ってほしい。欲張ってごめんね。
2015/06/01



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