私がセックスがどうとか殊更いうのは私にとって邪魔なものだったからで、好きじゃないものをみんなが好きだと私はその対象について探りたくなる癖があるんだろうと思います。それで好きになることはあんまりないけど、自分なりの落とし所はある。いやセックスはジャンルだから好きなセックスは見つけられた。嫌だと思ったセックスはやっぱり嫌なままですああでもセックスというか人間観かもな、耐性はついたけど。
だから結局好きです、大好きです。
セックスに本気じゃないのが嫌だし、過剰にデフォルメしたセックスも苦手で。(シリアスのついでのセックス/テンプレ萌え萌え系セックス)
そう考えると、プルさんとセックスに対する価値観も割と話してると近いのって凄いよなあ(顔と身体が良質な相性の良い良いセックスが好き)、話が合うから逆に他の人と合わなくてびっくりするようになってしまった。育った環境も境遇も読んできた漫画や雑誌も全然違うのに、その中で選択してきたであろうものが一致するのか、それはなんだろうどこからくるの。
あっでも嗜好の結論としては真逆なんですけど、同じものの明るい側面を暗く愛するプルさんと、暗い側面を明るく愛するわたし。優先順位が似てるんだよなあ。
プルさんは普通にセックスが好きだっていう話で、好きなものの好きな形が明確なプルさんと、苦手なものの好きな形を明確にしたわたしとかあっと思って、ここも逆だなとさっき思ったのでした。感覚をどう呼ぶのか、私達が嫌いと呼ぶ感覚って一致するのか。
いやでもセックスありきだから話が合う部分も大きいのでセックスの話が合うのも当然か?どこが基準かしら?
あとナマモノ(現実)寄りの腐女子だっていうのも、漫画が一番好きだっていうのも。プルさんはデフォルメが好きだし私は厚塗りが好きだし、プルさんは解釈を完全に二次元化(というか線化)する魅力なんだよ〜、私はいかに三次元を抽出するかに魅力を感じるから、側が違う感じ…?それは目指すものが違ってるところがありがたいんですよ、なんせ。同じ組み合わせに対する他人の萌えがたり聞きたいでしょ?みたいな…伝わる…?
私は裏側があるのが好きで、プルさんは裏側ごと描くのが好きって思う。騙し絵みたいなものよ。裏側があるというのは見えないからですから、どう裏側を見ていたいかが違うのかなあ?
改めて、嫌いなものにどうも固執するなあ。どうしてか、いやむしろどうして嫌いなのかに必要な情報がね、あるんだよな?
どうしてしんのすけが嫌いだったのか、シャーロックホームズ、杉下右京、嫌いかあ、あと山Pと成宮も嫌いだったなあ。今は全員嫌いじゃないです。成宮はむしろ好き。ああ堺雅人も嫌いだったな、後者の三人は単純にわたしにとって好みじゃないのにどうして売れてるんだろうっていう、まあ他人の価値観に対する苛立ちだなあ。あと多分悔しいんだろうな自分がそれを理解できないのが。いつだって皆と同じに憧れている。特に昔はそれが強かったと思う。いまもう嫌いな人っていないな、まあ〜強いて言えば今は大倉が嫌い。村上くんは別に嫌いじゃない。あとただよしんごは私けっこう好きかもなあって思う。メンタルヒナ倉かなあ〜すばひなもある。これってなに萌えだろ、うーんイメージ的に相性良いっていうかリアルな感じ…。男の子…。普通の、普通に…当たり前に好きみたいな。普通…。
大倉担当の人に大倉くんの良さお聞きしたいなあ、いや私もライブの時は大倉くんが好き。人間性が、好きじゃない〜。でも可愛い時は可愛いサイコオって思うし大倉くんの弱さが私は好きで萌えるから、え〜好きと言えるのか?好きじゃないなあ嫌いだー、だから聞きたいの一般論じゃなくて個人の意見を〜。
あと私は正義を振りかざさないヒーローが大嫌いだから、最初の人達が嫌いだったのかなとも思う。タッちゃんも好きじゃないし、ルパンも好きじゃないし、まあこの二人は感じないだけなので嫌いではなかった。私はやはりなあ、悪人か正義の味方が好きなんだよなあ、あと普通の男の子。
あ〜でもわたしタッちゃんのことは好みのはずだけどなあ割に(おどけるイケメンが好き)、多分描かれ方かな、いいものみたいに描かれてるから、そんな良いもんじゃないと思うのかも。あと本人がストイックなとこが嫌いだな、優しいからストイックな人って嫌いなんだな。そのなかにちゃんと人間としての弱さも描かれてるからタッちゃんは魅力的なんだと思いますがね、優しいんだか意気地無しなんだかみたいな〜!あと顔…顔だな…これ…完全に顔…。
おどけるイケメンが好きってのは、正統派になれるのにそれをどっかで台無しにしてしまうような性質を本人が持っているのが良い、出来れば考えづくに望んで行って欲しくない。諦めや自己犠牲を含まないで欲しい。我慢が上手な人、我慢が上手な人を好きな人に痛みを感じる。何かのついでじゃない我慢が我慢ならないのだ。





