「白滝公園の紅葉」
今年の冬期講習は3日間「三島商工会議所」で実施した。隣の市立図書館が年末年始の休館なので、その空き地に駐車させてもらって裏側から教室に向かった。「白滝公園」の中を流れる「御殿川」のせせらぎに来るとカモが三羽遊んでいた。池のモミジがいまでも散らずに、朝日の逆光で見ると真っ赤に燃え上がるようだ。私は市街地の中のオアシスのようなこの公園がとても気に入っている。
この清らかな水は近くの「菰池公園」で湧いていて、市内を南に流れて「三島プラザホテル」の脇を通り、梅名のあたりで「大場川」と合流して「狩野川」にそそぐらしい。4階の教室の大きな窓からは箱根連山と伊豆の山々が北から南までずっと見渡せて素晴らしい展望だ。冬期講習の時は早朝なのでいつも夜の教室では気付かない風景に驚かされるよ。冬でも明るい日差しがあって三島は暖かい・・・。
3年生のTUさんは前回、「上智大」の英文「哺乳動物の進化」を読んでほぼ内容が理解できていた。今日は間近に迫った「センター試験」の模擬問題を少しやってみた。「わかっていたのに、」というケアレスミスが散見されて実に惜しい。よく見直ししましょう。センターはそういう自分との戦いでもあるね。今日は「動名詞」の整序と作文をやった。「彼がどうなるか誰にもわからない」は、There is no telling what will become of him.
ARさんは前回、「仮定法」の整序と作文をやった。「でなかったら、喜んで今夜コンサートにご一緒するんですけど。」Otherwise, I would be pleased to join you at the concert. 今日も「TOEIC」の読解問題を一部やってみた。内定が決まった大学では入学早々にTOEICの試験があって、成績順に英語のクラスが分けられるそうだ。今日は「比較」の整序と作文をやった。
受験生のINさんも「冬期講習」に続いて、まず「センター試験」の第1問と第2問をやってみた。「アクセント」では、adequateとanticipateは「-ateの前の前」だったね。quantityとartificialは「-ic、-ical、-ityの前」を覚えていれば正解が出せたね。今日は語彙増強の対策のために「接頭辞・接尾辞」の一覧表、4ページ分をプレゼントした。プリントでは「比較」をやって苦労していた。「赤ん坊は夕食を食べるとすぐに椅子に座ったまま眠ってしまった」は、As soon as ・・でも書けるけど、「thanを使え」だからno sooner・・thanに気付く。The baby had no sooner eaten his supper than he fell asleep in the chair.が正解。ただし「否定語」のNo soonerを文頭に出して強調するならば、No sooner had the baby eaten〜のようにSVが「倒置文」でないといけない。
1年生のTU君は前回「仮定法」の整序と作文をやった。「もう少し辛抱強ければ・・」はwith a little more patience, 比較級の前にその程度a littleを書く。今日は自作の英文エッセイを添削希望したので少しアドバイスした。プリントは先週に続き「仮定法」の(2)で、「昔」の事実についての「仮定表現」の仕方と、「未来」の事実に対しても「仮定法」で表現できることを学んだ。「もし万一〜〜であるとしたら」とか「ありえないけど、仮に〜〜だとしたら」というような場合に使う。
大学生のYAさんも参加して「TOEIC」のリーディングとリスニングを過去問でいくつかやってみた。stockは「ストック」(在庫)だけでなくビジネスでは「株式」の意味にもなる。語彙力を増やすことが重要だね。 尾上
(追記)御殿場市立図書館は正月明けの4日から開館したので、年末に借りていた図書を返しに行った。新たに「米原万里」のエッセイを2冊借りた。「他諺の空似」(ことわざ人類学)と「ヒトのオスは飼わないの」。著者は「外語大ロシア語科」の私の7年後輩でウイットに富んでとても楽しいエッセイストで、かつては内外の要人に期待される日本でトップの通訳者だったけれど、惜しくも56歳の時ガンで亡くなってしまった。男よりも男っぽくて、すでに「ガセネッタ&シモネッタ」など3冊読んでいるけど、タイトル見ただけでも面白そうでしょ。
米原は小学校のころ両親に連れられてチェコのプラハに移住し、5年間「ソビエト学校」でロシア式教育を受けた女性だ。現地で一緒に学んだヨーロッパ各国の少女たちとの交流を描いた「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」も実に面白かった。「NHKテレビ」の企画で、30年後に彼女がふたたびプラハを訪れて昔の幼ななじみたちに再会するというドキュメンタリーは実に興味深かった。ソビエトが崩壊しチェコなど東欧の諸国がどのように国力を回復したかを垣間見ることができた。(つづく)









