1分メモ


不良少年
「仁王くん、仁王くん」
「うん?」

「昨日、僕、いい経験をしました」
「どうしたん?」

「学校の帰り、買い物を頼まれていたのでスーパーに寄ったんです。お店に入るとき、後ろから来た男の人が僕の持っていたカゴにぶつかって、でも、追い抜いていくときに『すみません』って、ちゃんとあやまってくれたんですよ。後ろ姿しか見えなかったんですけど、実は、そのひと、どこから見ても不良少年のいでたちで…髪もすごい色に染めていて、ズボンなんかこーんなに下げてはいてるんですよ、でも、すごく自然にあやまってくれて、僕も『すみません』ってすぐ言えて、なんだかとても気持ちが良かったんです」
「…そっか」

「人を見かけで判断してはいけないって言いますけど、ほんとうですねえ。…ねえ、仁王くん? あの、なにしてるんですか?」

俺はズボンのポケットに手を突っ込んで、背中を丸め、上目遣いでななめに柳生を、目を細めてにらみつけていた。

「…どこから見ても不良、やっとるんじゃ。悪そうじゃろ。柳生みたいないい子がこんなのとつるんでたらいかん。…ほんとはお前もそう思っとるんじゃなか?」

柳生はそれを聞いて、ぷっ、と吹き出し、ほんとうにおかしそうに、くっくっと腹を抱えて笑い出した。

「に…仁王くん、だめですよそんなことしても」
「なにが」

「仁王くん、悪ぶって見せてもほんとうはすごく優しいじゃないですか。今さら不良ぶってもちっともこわくありません」
「え」

「さ、帰りましょう? 不良少年さん」

柳生が終始くすくすと笑っているので、つられて俺も半笑いになった。俺ってもしかして柳生の前ですごくカッコ悪いのかもしれない。がっくりだ。
2006/10/21 (Sat) 23:16


仁王くん
「今年の甲子園、すごかったですね」
「ああ、いろいろすごかったのう」

「特にあの、決勝の2校のピッチャー、いまだに報道陣が追っかけていますよ」
「アメリカまで追っかけてこられて、大変じゃのう」

「佑ちゃんと、まーくん」
「え」

「ピッチャーの名前ですよ。みんなそう呼んでるでしょう?」
「や、柳生、たのむ、もう1回言うて」

「はあ? だから、佑ちゃんと、まーくん」
「うわあ、もう1回」

「佑ちゃんと…」
「ああっ、そこ、ゆっくり言うて」

「まーくん?」
「そっ、そこもう1回」

「…まーくん。…あ」
「ええわ…それすごくええわ…!」

それからしばらく僕は、体をよじって「もっと、もっと」とせがむ仁王くんを、繰り返し繰り返し、「まーくん」と呼ばされるはめになった。恥ずかしかった。
2006/09/06 (Wed) 19:52


仁王くん
「あー、柳生、俺、やばいわ」
「え」

「悪い、ちょっと、離れて。あっちむいて」
「はあ」

rrrrrrr。
rrrrrrr。

「もしもし?」
「俺」

「わかってます。あの、何してるんですか、すぐそばにいるのに」
「電話のな、ふたりっきりの感じがいいんじゃ」

「よくわかりませんけど、電話が好きなんですか」
「いま柳生とつながってるの、世界中で俺だけじゃろ」

「ええ、まあ」
「その感じ、いますごく欲しくなったんじゃ」

くすっ。

「変わったひとですね。じゃあ、このまま帰りましょうか」
「うん」

振り返って彼を見たら、いつになくはにかんだ顔で僕を見上げてくるので、僕はその頭を軽く撫でた。
彼は仔猫みたいにふんにゃりと笑った。

それから僕らは、電話で話しながら連れだって、帰り道を歩いた。
2006/08/10 (Thu) 21:55


仁王くん
「なに見てるんですか?」
「ん? ああ、お笑い芸人の歌合戦じゃて。なかなか面白かよ。ひろしもこっち来て一緒に見よ」

「はい」ちょこん。

「仁王くん、この人、ほんとにお笑い芸人さんですか?」
「うん、そうじゃよ」

「それにしては、上手です」
「ああ、上手いのう。ふだんネタやっとるときにはこんな才能、わからんもんね」

「天は二物を与えずって、嘘ですね。ずるいです」
「それならひろしもずるかとよ」

「なんでですか。僕はテニスのほかに何にもできません。二物なんて持ってないです」
「持っとるよ」

「持ってません」
「テニスと、俺」

「………?」
2006/07/25 (Tue) 21:52


仁王くん
「はい、もしもし」
「…」

「どうしたんですか、こんな夜中に」
「うん…」

「なにかありました?」
「柳生がな、」

「はい?」
「柳生が、…眠れないんじゃないかと思うて」

「…」
「俺の声、聞きたくなってるんじゃないかと思うて」


仁王くんがあんまりかわいいことを言うので僕は困ってしまった。
2006/07/18 (Tue) 19:54