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兎の放蕩物語


お世話になった宇和島を…

お世話になった宇和島を…
1月18日から今日2月29日まで滞在した四国の終着駅「宇和島」

この地で体験移住という名目で厳しい富士山麓の寒さから逃れ43日間も宇和島市に疎開してお世話になりました。
この地に住まい、多くの地元の方たちと交流し、市民講座でパソコンを教え、近い将来四国に住むことを夢見て様々な不動産物件も見に行き、愛媛新聞の取材を2日間に渡って受け地元の新聞にウサギの写真や記事が2面に掲載され、あっという間に宇和島での生活が終わろうとしています。

ミカンの時期が終わり続いて色々な種類のかんきつ類がミカン畑に実を付けご近所の方々から餞別にたくさんのみかん(デコポン・はれひめ・マドンナ等)も頂き、明日の朝、宇和島を後にします。

今年は全国的に寒波が何度も来て本来もっと暖かいお土地が残念ながらすっきりしない日々が続きましたが、東京に積雪があった今日はウサギを送り出す時に今までの寒さを挽回するような温暖な17℃の気温と快晴の天気をもたらしてくれました。

宇和島のみなさん本当にありがとう!
こちらでの御恩はずっと忘れません。近いうちにまた訪れます。
12/02/29 (Wed)


大分〜長崎 2時間半

<e125e>大分〜長崎 2時間半
長崎の平和記念像が、そしてクリスチャンのウサギは大浦天主堂が見たくて大分から西に高速道路を走り長崎に向かいました。

九州横断は思ったより近く250km。
ちょうど宇和島〜高松間の時間と距離感覚であっという間にジャガーは長崎に到着です。

函館・神戸・そして長崎の夜景は想像以上に美しく異国情緒に満ち溢れ、それまで慣れ親しんだ四国という土地がなぜか小さく田舎に見えた夜でした。

写真中央後方は「女神橋」母の姿を偲びました。
12/02/28 (Tue)


九州は近い

九州は近い
東京にいるときは九州というと外国の様に遠い存在でしたが、四国佐田岬からわずか70分であの関サバで有名な大分佐賀関に渡れる事がわかると九州が近く感じられるようになりました。

母のルーツを訪ねて国東半島の親戚を訪ねました。
86歳になる母の消息を知っていた最後の人と面会で来て、母がどのような女性だったかを少しだけ垣間見る事が出来ました。

少し吹っ切れたウサギのホテルの庭でのショットです。
12/02/28 (Tue)


別府湾を見下ろす母の墓

別府湾を見下ろす母の墓
母が亡くなったのは東京で下宿生活をしていた19歳の時。
15歳から兄弟2人だけで暮らしていたので母のことは記憶の断片をつないで行っても、よく覚えていない。

でも男子たるウサギはきっと母のDNAの多くをを引き継いでいるはず。
15年振りに母の墓参をすることは還暦になって人生の振り返りをしている自分がまず最初にしなければならない事でした。

母の実家のある別府市浜脇2丁目。
実家の家族のお墓を長年見舞ってくれた地元のお寺の住職夫人は何十年も前のことまでよく記憶していてくれてウサギが幼少時代に日豊本線の汽車を見せてもらいながらおじいちゃんに可愛がってもらった光景を語ってくれました。

母のお墓からは眼下に別府湾が見えます。
遠く離れた息子や娘にさぞ会いたかったのだと思います。
きっと今でも遠くから誰かの身体に魂が入ってウサギを傍で支えてくれているものと確信してお寺の駐車場に戻りました。
12/02/28 (Tue)


四国と母の墓参り

四国と母の墓参り
19歳の時に死別した私の生みの母は僅か48歳で他界してしまった。

四国に来ると九州別府の母の墓参りに縁があり、かなりご無沙汰してしまったがまた15年振りにその機会がやって来た。私も60歳、母が生きていれば89歳で色々な人生の分かれ道で相談も出来たはずですが、あいにくずっと一人で色々なことを決めてきた。

愛媛県佐田岬の三崎港から大分県の佐賀関港にはフェリーで1時間。
ここ宇和島から別府まで3時間もあればついてしまう距離で、今回の短期移住の締めくくりに母に挨拶をして母が晩年亡くなる前にお世話になった私の叔父に会って私自身のルーツも探してくる予定です。
12/02/22 (Wed)


クラウンを借りて…今治城へ

クラウンを借りて…今治城へ
先ほどの続きです。

宇和島に来て、1か月も経つともう現地に暮らしている感覚になり、今回危惧された「都会恋しい現象病」になることがあります。

ジャガー愛媛に行く用があると松山で買い物をし、道後温泉の足湯に浸かり、四国一の都会の喧騒間に肌を触れさせ、またまだ見足りない観光スポットや風景を見たくなります。

今回は足を延ばして、もうしまなみ海道来島海峡に近い今治の街でお気に入りのタオル美術館や通り過ぎていた今治城をじっくり鑑賞してきました。

足はご近所にお借りしたクラウンマジェスタ。ジャガーSタイプと同じ3リッターの国産車ですが「いつかはクラウン」のキャッチフレーズ通り快適で静かなトヨタの高級車です。

燃費も松山道を使うと10km/l近く走る良好な数値で300kmの日帰りドライブをこなしました。
日本車はあくまで控えめ、おとなしい走行感覚で高速でも飛ばす気にはなれませんがアメリカ車的なフル装備と豪華な内装で快適でゆったりした道中でした。

久々の好天にも恵まれ、青い空と白いクラウンと廃藩置県の際に珍しいケースですが地元の4神社を城内に同居させた白い「今治城」が見事に映えました。
12/02/21 (Tue)


親切な対応のジャガー愛媛

<e125e>親切な対応のジャガー愛媛
輸入車自動車ディーラーの対応は顧客によってあるいは車の新しい古いによって差が出るものです。

上客か一見さんかどうか?また、大きな売り上げに結び付くかそうでないか、ましてや車の整備を受ける場合に顧客が現場のメカさんに整備項目を直接確認できるか等で顧客側に立った場合には私たちは敏感に感じるものです。

遠く山梨から乗ってきたジャガーをとても丁寧で正確に対応してくれたジャガー愛媛の担当者Oさんが気に入って、先日のXJに続いてSタイプも続けてお世話になることになりました。

メインはリコールの案内状が来ていて東京では混雑しているのとすぐにやってもらえないことがあるので今回その場でやっていただいたついでに気になっていた微量の冷却水の漏れも安価に修理してもらえることになり安心して朝、ご近所にクラウンを借りて2台で預に行ってその日のうちに修理が完成して受け取る事が出来ました。

利益度外視で良心的に対応していただける訳は国産の日産ディーラーと併せて経営されているからだろうか?ジャガーという上品で希少な車に対する特別な愛情と顧客の喜びを大切にする姿勢かよくよく考えさせられました。

写真は遠くの地で完璧なメンテで安心しているクリスティーヌ。
サイズを小さくして持って行ったSタイプ、やはり車庫入れでも宇和島の図書館のタイトな駐車場でも何とか使いやすくなりました。でも「松山三越」の駐車場にはやはり入らないサイズでした。

12/02/21 (Tue)


スピーチコンテスト

スピーチコンテスト
愛媛短期大学の留学生による日本語スピーチコンテストに招待を受けて行ってきました。

主に中国・台湾・タイから勉強に来ている12名の学生がわずか1年しかない留学期間に一生懸命に日本語を勉強して、地元でアルバイトをしながら日本文化を学び日本人を知ろうと努力している姿が全員のスピーチから感じる事が出来て涙が出そうになりました。

機会があればウサギも今度、山梨でホストファミリーでもいいのでこれらの若人を受け入れてあげたいと強く感じながら会場を後にしました。
12/02/19 (Sun)


心の落ち着きが欲しい

心の落ち着きが欲しい
と、考えていたら偶然、不思議な縁で一緒に仕事をしているS先生が裏千家のお茶の免状を持っていて、授業が終わった日にお茶を点ててくださった。

ウサギはワイン教室をしていて、茶道とワインをうまくコーディネートできれば今までの授業形態も変えられるのではとふと思う。

亭主がワインに詳しい知人を正客として迎え生徒さんは次客・連客として参加してもらい、自分が何年もかかって世界から集めてきたワイングラスやカラフェ・テーブルウエア・そしてテーマに取り上げるこだわりのワインを亭主と正客が掛け軸や茶の道具の拝見よろしく本物を見る目で会話をし生徒さんのレベルを本物に近づけていく茶会の様なワイン会を企画できるのではと…。

写真は宇和島の市内にある「天赦園」の中にある茶室です。
12/02/17 (Fri)


宇和島滞在1か月

宇和島滞在1か月
近い将来、ウサギの晩年からの人生を変えた心のふるさと四国に住まうという目標をもってやって来た未知の土地「宇和島」

その宇和島での短期移住体験も今日で1か月が過ぎてしまった。
教員住宅を借りて写真のパソコン講座の臨時講師を務めボランティアで市に恩返しをしながら地元の農家の方と親しく交流させていただき宇和島の地理や文化を実際に図書館に行って調べたり、市役所の担当の方に海の傍の一軒家やおすすめの住宅を案内してもらったり、イベントに積極的に参加したり、宇和島市の名所旧跡も一通り自分の足で見て回り、不本意ながら移住希望という形での愛媛新聞の取材を受けたり、あっという間の一か月でした。

残すところ、あと二週間。
残してきた仕事も少しずつ気になり始め、当地の気候にも温暖な気候を期待して、避寒に来ているはずが今年は悪天候の日が続き、雪模様の日々にため息をつきながらこの一か月を振り返っています。

皇居に住まう皇室の方の様に普段は都の気候に恵まれた堀の中の一等地にいて、夏のモンスーンの東京からは軽井沢に避暑に、冬の寒さから避寒に葉山の御用邸にという訳には行きませんが、ウサギも晩年はこれまでの苦労を思うと気ままに暮らして心身の疲れを癒したいというのが今回の西国行の本当の理由ですが、なかなか思うようには進んでいない気もします。
12/02/17 (Fri)


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