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兎の放蕩物語


そして不思議な縁で‥

<e475e>そして不思議な縁で‥
地元の鉄道で仕事をすることになりました。

110年の歴史を持つ富士急行の小さな駅での仕事です。
富士急行は河口湖から大月までの26kmの区間に18もの駅がありますが、無人駅も幾つかあります。

昼間は自分のヤナセと東京海上の仕事をさせてもらって朝晩にウサギ一人で富士急の小さな駅の管理運営をすることになりました。

駅長兼、改札係兼、地元富士山の玄関口である駅の観光ガイドのようなものですが自分の好きな仕事のひとつです。
朝から晩まで、東京にも出かけながらこんな忙しい生活が続くかなと思って1ヶ月様子を見ました。

でも仕事にも慣れ、子供の心の様に電車を眺めて旧式の切符切りで乗車券に鋏を入れ、毎日訪れる外国人観光客ともネイティブな英会話も出来るので気に入っています。

まだ駅の名前は伏せておこうと思いますがもう少しこの興味ある仕事を続ける事が確信もてたら、いずれお知らせしようと思います。
近隣は映画の撮影にも選ばれた昭和の面影を残す落ち着いたレトロな街で、時間のあるときにはこの街をウサギは静かに散策します。

「老人と海」のように年老いたウサギは先月まで漁師でしたが漁の回数を減らし、体力を消耗させずに晩年に移り住んだ富士山麓で波乱万丈な第3の人生をスタートさせました。

ワイン教室も地元のカフェにチラシを置かせてもらって東京ではなくワインの産地山梨の生徒さんも募集中です。

人は本当に人生がどうなるか分からないものです。
10/10/10 (Sun)


Wワークを認めてもらい‥

Wワークを認めてもらい‥
何とか東京まで漁(出稼ぎ)に行く回数を減らして自分の生活を確保できないか‥。

東京での漁獲高から漁船の運行経費(燃料代・高速道路代)を差し引いた糧を身近なところで体力を消耗しないで確保できないかと、夏の間に東京往復をしながら同時に地元での仕事を探しました。一応小さな会社の社長の私が人に使ってもらうかたちになるのでWワークを認めてもらうことが大切です。

来年60歳になるひとりの人間をそんなにこちらの都合よく採用してもらえるところなどなかなか出てきません。色々な人に会い、色々な会社を訪ねました。
10/10/10 (Sun)


体力の衰えを感じて‥

その漁師が
毎日、河口湖から中央道や甲州街道を走って東京のお客様に車を売りに行ったり車検や修理のアフターサービス・損保のセールス、パソコンの家庭教師やワイン教室の開催で日々多忙に動き回る生活を温度差の少ない秋・冬の時期は当たり前にこなしていたのですが‥。
今年の夏の異常なまでの暑さ(猛暑)と東京と河口湖の温度差(10℃以上)に体調がついて行けず、体力の無さと老いを実感した数ヶ月でした。

9月9日から約一ヶ月間、日記を書いていなかったのも、その疲れと今後の自分の人生の舵取りの模索の為の日々だったのです。
10/10/10 (Sun)


ウサギは漁師

ウサギは漁師
30年近く勤務したヤナセを辞めた時に発想の転換を計ってヤナセの代理店の仕事ではなく他の仕事をしていれば自分の人生にとって違う道の選択もあったかも知れないウサギの晩年。

昨年辺りから同期入社した仲間も定年退職の時期になり、人それぞれ違う家庭環境であるとは思いますが仕事を離れてあくせくせずにゆっくりと悠々自適な日々をが待っている事と思います。

自分は北海道での三重苦から逃れて我慢の人生を選ばないで脱出してきた逃亡者ゆえに精神面での不健全な病いだけは避けられたものの、日々の生活の糧を得るための毎日は、海が少し荒れていて天候が悪くても魚を捕りに港から漁に出る漁師のようなものだとつくづく感じます。

でも過去の50年近い人生からは得られなかった事。
人間(男と女)はともに平等であって、どちらか一方がどちらかに依存・従属せずに互いを尊敬しあい、かつ感謝の気持ちや愛を実感して互いに助け合って暮らしていくという●生きて行く為の人の優しさや自然の思・教訓●を還暦間近になった最近の10年でやっと得ることが出来たのでその面ではとても幸せな晩年の日々でもあると思うのです。

同じ漁師なら暗い日本海や北の海の漁師ではなく写真の地中海で暮らすマルタの人たちの様に青い空の下で独特の魔よけの印を目のように描き、明るいカラーの舟に乗れるようなラテンの心を持った漁師になろうと思っています。
10/10/10 (Sun)


浮遊感覚

浮遊感覚
ウサギは「過去生」ということを良く信じていて今、日本人として生まれる前は狩猟民族でユーラシア大陸の遊牧民だったのでは‥とか、ローマやフィレンツェ、或いはプロヴァンスにいるときは周りの風景を良く覚えていて、自分でびっくりすることもあります。

クリスチャンになったのも晩年でしたが、毎日曜日に教会に通う生活も過去に記憶があったのです。遠藤周作のもう40年以上も前の小説で「沈黙」という本があって何回か読んでいますが、キリシタン禁制時代にポルトガルの宣教師がポルトガルから南アフリカの喜望峰を回り、インド経由で1年半も掛けて手漕ぎの帆船でたどり着いた長崎で迫害に合って転ぶ(棄教する)。死んだ武士の日本名をつけられ日本人の未亡人の奥さんをあてがわれて、医学書や天文学を日本語に翻訳する仕事に就かされるストーリーが就寝後に夢の中に現れて、踏み絵を踏まされる場面で、「あっ」と大声を出したりする日が続きました。

まさに現代に生きていて、浮遊している感覚の日をここ数日で体験した訳ですが、精神は正常で医者に掛かるほどでもなく毎日淡々と仕事をこなして生きているのですが‥。
10/09/09 (Thu)


トンカツに挑戦!

トンカツに挑戦!
揚げ物や天麩羅は外で食べる方が多いかも知れませんが、自宅で丁寧に仕込んで作っても美味しくいただけます。

最近は気温が高いのでサンルームでの食事は朝だけにして、夕食は2階の杜に向けたバルコニーに丸テーブルを出して蝋燭と星の光の下で夕涼みをしながら食事を取ることが多くなりました。

写真は初挑戦のトンカツです。付け合せのキャベツや野菜と一緒に二度揚げした豚肉に辛子をつけて食します。
オードブルも一緒にテーブルに並べました。サーモンのマリネと蛸の刺身です。
ここのところは気温は20℃前後。とても快適にワインも進みます。

ダイニングのテーブルクロスはアルルで購入した蝉の鮮やかな黄色とフレンチブルーですが、バルコニーは蝋燭の下なのでマキシム・ド・パリ風に赤で鮮やかにコーディネートしてみました。
10/09/07 (Tue)


南都留ジラゴンノの木陰から

南都留ジラゴンノの木陰から
先日の日記でもう1年になると記しましたが、昨年の8月27日に車で道志みちを走っていて、ふと田舎に住みたいと思い地元の不動産屋を訪ねたら案内してくれたのが今の富士山麓・鳴沢村の住まいです。

冬を越せるかな?と海外旅行も自粛して、標高1000m・氷点下15度にも下がる気候の下、水道凍結から家を守ったこの冬も長かったのですが、東京が記録的な暑さを記録した今年2010年はここは別世界のように快適です。

家には階下のサンルームしかエアコンは装備されていませんが、この時期で約20度前後の室内温度で睡眠が出来る環境はありがたいの一言に尽きます。窓を閉めないと冷気で風邪を引いてしまうくらい涼しいです。

プロヴァンスの12ヶ月(1989年)という本を読んだのは、もう20年くらい前になります。
♪♪オリーヴが繁り、ラヴェンダーが薫る豊かな自然。多彩な料理とワインに恵まれた食文化。素朴で個性的な人々との交流。本当の生活、生きる歓びを求めてロンドンを引き払い、プロヴァンスに移り住んだ元広告マンが綴る珠玉のエッセイ。♪♪

ピーター・メールがプロヴァンスの一軒家を借りて孤軍奮闘する様子は場所こそ違え、今のウサギの生活に似たところがあって感慨深い体験です。1939年生まれの彼も私より一回り上のウサギ年なのも偶然に合っています。

ジラゴンノという地名も怪獣か外国の地名のように響きますが、少しずつまたこちらでのスローライフを書き続けていこうと思います。

この8月は白いユリの花が庭に咲いてびっくりしましたが、同時に周りの木々は松ぼっくりが落ちてきたり、栗の実が膨らんできたり秋の気配を運んできています。
10/09/02 (Thu)


秋祭り(吉田の火祭り)

秋祭り(吉田の火祭り)
旧盆が終って夏が終わりに近づく頃、富士山麓の富士吉田で行われる日本三奇祭のひとつ「吉田の火祭り」がきょう、明日と行われる。

吉田の街全体が松明の炎に包まれたように多くの大型松明に次々に火が灯され夜遅くまでにぎわうとの事。

大松明(結松明)は高さ3メートル程度、マツ・カラマツなどの薪を笹板で囲み荒縄で締めて筒状にしたもので、盆の終わり頃から松明の奉納者を募集して寄付金を集め職人に依頼して製作する。大松明が上吉田の本町通りに50本程度が掲げられ、沿道の家々でも門前に松明を立てる。御師家では屋敷地や白蛇が下る川沿いの草刈りなど清掃作業を行い、その年に不幸のあった家は不浄であるとされ祭りには参加せず(ブクがかかる)、小麦粉や蕎麦粉などの贈答物(「手間粉」と呼ばれる)を贈る「手間見舞い」が行われ、火祭りの際には親戚宅などへ宿泊するか(手間に出る)、または手間着を着て自宅での謹慎を行う。以上資料より‥。

ここ富士山麓に家を見に来たのが昨年の27日。
もう一年が経過しようとしています。
10/08/26 (Thu)


向日葵

向日葵
河口湖から甲府盆地に降りると東京と同じ様に真夏日は35℃にもなり7〜8℃位の温度差が生じます。暑いです。

毎週日曜日の礼拝は甲府の西隣にある竜王町(現在は甲斐市)のエシコル教会という場所に通っています。ここのところご無沙汰だったので2週連続出席できるように時間を作りました。

賛美歌を歌い、牧師先生の話を聴く時間は神聖で癒されるひとときです。

帰路、少し寄り道をして明野町の向日葵畑によって雄大な山間部の向日葵やコスモスを見てきました。青い空と背の高い向日葵が風に揺れて大自然を感じています。年を重ねると自然の中で自分らしく生きることの大切さを噛み締めてしまいます。色々な問題を背負っていますが、ウサギは幸せな晩年かもしれません。
10/08/23 (Mon)


○年振りの人間ドッグと

○年振りの人間ドッグと
ヤナセ札幌時代を最後に、東京でも2005年のMRI検査から人間ドッグとは遠ざかっていました。

今まで年に一度の市町村のメタボ検診を兼ねた簡単な健康診断しか受けていなかった零細企業の経営者は、いつ病気になってもおかしくない健康管理しか出来ずにいて、日々の仕事に追われて自分の身体のことは後回しになりがちでした。

昨年から富士山麓の住民になって小さな村の村民になると良いこともあって村は住民の福祉にはとても手厚く親切なところです。

4万円近く掛かる人間ドッグを村と健保の援助で1万円で受けさせてもらえることになった。

今朝は朝早く6時半に家を出て甲府の「健康連健康管理センター」で受診してきました。

結果はタバコも吸わない・お酒も控えめの最近は完全にメタボのお咎めから外れ体重も60kg代、体脂肪率も標準値の真ん中と改善された。目も耳も肺も心臓も腎臓もすこぶる健康体。

でも不思議なことに普通は胸(心)で受け止めるストレスや悩み事をウサギは身体の中の一点で受け止めているらしく肝機能の極端な低下だけが問題となってしまって困惑しています。辛いこと悩むこと全て小さく静かな臓器「肝臓」が受け止めてしまっているようで困ったものです。

心臓や生殖器で肩代わりできればいいのに‥(?)。
苦労が多いから‥(涙)

夕方からまた車の仕事でそのまま甲府から東京に飛び、今日は初めて三鷹から中央線と富士急で河口湖に夜遅く帰宅しました。

★富士急もヤナセと同じ100年企業★
110年(富士馬車鉄道:1900年)
95年(梁瀬商会:1915年)
長い歴史の中で共通する部分も多いような気がする。
10/08/19 (Thu)


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