もう11年にもなるのですが、ヤナセ大阪支店から独立してヤナセ四国が立ち上げられるときに東京から赴任して1977年1月1日付で僕は初めて四国の地に渡りました。
責任のある仕事をして日々仕事の充足感を味わいながら、オフではきちんとプライベートな時間も確保できて、英会話や朗読・文章教室・ワイン教室と自分の好きな勉強も出来て人生の中で絶頂期の自分が高松にいました。
そこで平家物語や万葉集の歴史にちなんだ土地を訪ね、写真の瀬戸内海の穏やかで優しくくっきり碧い海が日本の地中海だと想いを寄せ、3年にも満たない四国での自分の生活が自分の短い人生の中でこれほど大切な生きる喜びを与えてくれたのかと札幌に行っても、東京で生活していてもいつも望郷の念が頭を駆け巡るのでした。
今回の高松訪問の目的は幾つかありますが重複している部分もあって、ワイン好きの友人の新しく出来たJR栗林駅前の高層マンションに招待されたことと、高松のヤナセ時代の友人に託した愛車77年式VWビートル・カブリオレとの再会です。
そして徳島のうなぎの櫃まぶしが食べたいこと。
好転に恵まれて、久し振りに登った高松サンポートのシンボルタワー(151m)からの紺碧の瀬戸内海の眺めはただ、望郷と自責の念と身体に染み入る暑い血のとため息の瞬間でした。
僕は高松がそして多くの巡り合った高松に纏わる全ての人たちを愛しています。








