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兎の放蕩物語


少しゆっくりしたかった🐇でしたが…!

少しゆっくりしたかった🐇でしたが…!
実は次の「airbnb」の予約が6月5日のカナダからの4名のゲストだったので、東京から戻って高松の転入届を提出したら 少しぼお〜っとして ゆっくり過ごすつもりでいたのですが すぐに5月30日の宿泊予約が入り、当日慌ただしく高知のカルスト山麓の山荘に移動することになった🐇。

東京から高知に持って行く小物や椅子・テーブルも貨物車「銀次郎」に積んだままだったので二泊だけ高松ですごしただけですぐに高知に向かうことになりました。
疲れているの🐇だけではなく自動車の銀次郎も同じでしたが二人とも元気に移動してカルスト山麓に向かいました。

25/06/01 (Sun)


東京都民から香川県民へ

東京都民から香川県民へ
オーシャン東九フェリーで東京有明埠頭を26日の夜出港した🐇は翌27日夕方に塩江温泉郷の自宅に帰宅した翌28日 東京狛江市の転出証明を携えて🐇は高松市役所に行って来ました。

高松市に住民登録と印鑑登録を済ませ 同時に高松市の健康保険証を新たに取得して介護保険証の変更手続きを終え、久々に讃岐うどんを食して自宅に戻りほっと胸を撫で下ろしました。

思えば初めて高松に来たのは1997年の1月1日の社内異動でヤナセの芝浦本社から新しく関係会社として大阪支店から分離独立して法人化される「ヤナセ四国」発足時に転勤命令が下りて当時の愛車77年式VWビートルのカブリオレで東京から800kmの距離を瀬戸大橋を渡って高松入りした日から数えると28年後になるので 改めて新鮮で感慨深い出来事になった訳です。

もちろん住民登録はしていませんが高松での生活は長く 2012年からワンルームマンションを借りて四国でのセカンドハウスとして将来に備えて色々と部屋を移り住みながら少しずつ拠点を拡大充実させてきた訳で 一時は西伊豆と高松と東京の3拠点を移動する遊牧民的な生活を続けてきた🐇でした。

人生も晩年の時期になり首都圏を完全に脱出してこれからは四国アイランドの中で高知の民泊と高松の自宅を往復しながら老後の静かな生活をしていきます。
25/06/01 (Sun)


長い戦いが終わって海の上でゆっくり眠って高松に帰る🐇

長い戦いが終わって海の上でゆっくり眠って高松に帰る🐇
東京の自宅を大手の不動産会社三井不動産に専任売却契約を結んで2年半。まったく動きがなく 売れる気配もないので友人の紹介で東京の不動産会社の役員に改めて売却を頼んでから1年半が経過し 足掛け4年。
このほど漸く建売住宅会社と売却契約が完全に成立しその間色々と困難な課題に取り組みながら地道にコツコツと問題案件を解決しここまで来られたことに本当に多くの方に感謝をしながら大きな課題を誠実に実行して着地できたことに心身ともにほっとしている🐰は今、徳島行の大型フェリーの中でこの日記をしみじみと書いています。
「ようやくここまで…やっと終わった…」という実感です。

同時に進行していた東京海上日動の代理店契約の解消も間もなく完全に着地できる予定で74歳になる年に現役で首都圏でお世話になった多くのお客様にも感謝しながら これからは第3の地方での仙人暮らしが静かに実現できることを確信して一市井の民間老人として老後を暮らしていきます。


昨夜はこのフェリーの客室(個室)で死んだように眠ってしまった🐇ですが元気に目覚めまもなく午後 徳島港に無事に着くのを祈っています。
25/05/27 (Tue)


松経由で今月二回目の東京出張へ出かける🐇

松経由で今月二回目の東京出張へ出かける🐇
5月後半の二組のゲスト対応を終えた🐇。
高知に豪雨警報が出ていたので雨の少ない高松にいったん戻り一泊して次の朝、再び🐇の信頼している銀次郎を伴い塩江温泉郷から早朝東京に向けて出発。その日の早めの夕方にはもう家電も家具もない一組の寝具とテーブルだけしかない東京の自宅に帰還しました。

冷蔵庫がないと食料も買ってくるわけにはいかず二日間は朝晩近くのファミレスでモーニングやディナーを食べに出かける生活も味気ないものですが26日には建売住宅の会社に引き渡すことになっているので在後の残置物を持ち帰らなければならず再び軽貨物の銀次郎を指名した訳なのです。
かれはロバの様に2月から5月まで東京から色々な荷物を運ぶ大切な役割を立派に果たしてくれました。家族同様に愛しく頼りにした🐇でした。
25/05/27 (Tue)


5月後半は国内から男性の一人旅A

5月後半は国内から男性の一人旅A
神戸からオープンカーに乗って来られた一人旅のNさん。

自動車愛好家の方が宿に来てくださると🐇はうれしくてより会話が弾み楽しい時間をゲストと共有することができます。

5月最終のお客様は日本の民泊サイト「Stay Japan」の紹介で伊丹空港の近くにお住いのNさんが愛車コペンをオープンにされて宿に来てくださいました。

🐇もイギリスのスポーツカーを所有しているので用意した夕食を一緒にワインを飲んでお話ししていると話は尽きず3時間も自動車談義をしてしまいました。
Nさんは普段はレクサスの2ドアクーペを使っていますが四国の旅はUFOラインや剣山・愛媛の石鎚山などを巡る旅なのでサイズの小さいもう一台の愛車ダイハツ・コペンの初代のスポーツカーで颯爽と来客駐車場に来てくださり自慢の愛車を丁寧に説明してくれました。

こんな自動車愛好家同志の出会いもある民泊の仕事はとても楽しいものです。
25/05/24 (Sat)


5月後半は国内から男性の一人旅@

5月後半は国内から男性の一人旅@
北海道オホーツクの町「網走」から来られたケーキ屋さん…!

お話を伺うと この道30年のケーキ職人さんだという 同じ1950年代生まれのゲストさんは時々海釣りが好きで北海道から伊豆半島や島原に出かけられ 今回は土佐の「浦ノ内湾」で★釣り筏★に乗って半日過ごされるとのこと。四国ではここと鳴門の内海に同じように筏を浮かべているところがあるが、このような目的で来ていただいてもカルスト山麓の🐇の宿に泊まりに来られたので天狗高原に行かれるようお勧めし、早朝出発前に雲海を見に行っていただいた。

もう長く色々な人生を生きて来られた方は人に言えない悩みや疲れを旅行に行くことで日頃の仕事のストレスを発散して自然の中でゆっくり過ごしたり、ぼおっとして海の上で爽やかな風を浴びながら何も考えずに自分に癒しの時間を与えて充電してまた日常に戻って行かれることは大切なことだと思います。

そのお手伝いをさせていただくことも🐇の晩年のささやかな人助けにつながると思う🐇です。
翌日釣りの成果「小サバ数匹と 1匹ですがまあまあ大きな魚を釣る事が出来ました」とお知らせていただき宿のレビューも高評価をいただきました。感謝です!
25/05/22 (Thu)


5月あと二組のゲストを迎える為高知へ移動

5月あと二組のゲストを迎える為高知へ移動
移動民族の🐇
連休対応後から暫く振りの5月の宿泊予約に備えてカルスト山荘に向かいました。

菖蒲の花が毎年この時期に咲いてくれるのも楽しみで到着すると玄関前に写真の様に紫色に開花して迎えてくれました。

その他敷地内の梅の木には実が成っていて、蕗もまだ数回は料理に使えそうで
新しく天婦羅材料になるヨモギも蕗の横に見つけて田舎の自然の良さを感じた🐇

再度 東京に行く前に今回は一人旅の日本人の男性二組を順番にお迎えする予定。
25/05/21 (Wed)


次の予約に合わせて高松に帰る!

次の予約に合わせて高松に帰る!
今年ほど毎月東京に行き来する年はないでしょう!
なぜならばあと1回上京して空にした東京の家を契約書通り今月末に引き渡しが完了すれば、もう本当に泊るところ(家)がなくなるのでこの5月の二回にわたる上京が最後の東京での滞在になるからです。

軌道に乗っている高知の民泊事業を何度もカレンダーを閉じて営業日を制限してでも東京に行かなければならないか?
最後の引き渡しの段取りと計画が いかに大変な出来事かを思い知る日々を送る2025年の上半期なんです。

2年前の西伊豆の撤退も本当に大変でしたがでも自分のペースで計画通り出来ました。でもいざ家を売るとなると色々な案件が存在しひとつひとつ片付けながら慎重に交渉し買い取り先の新しく建築する建売住宅の東京都の建築許可が漸く下りて、近隣住民への私道提供によるセットバックの了承を得て境界線の再画定を確認し夫々の近隣の印鑑証明を取っていただいたり測量会社との経過確認など全てが何とか終了し最後の最後の工程がこの五月で完遂するので🐇のすべての計画がそれに沿ったスケジュールで運ばないといけない優先順位だったためのストレスは本当に大きく我慢の連続でした。
あと数日でそれが無事終われば、東京都民から香川県民に住所地を変更し来年以降のライフスタイルを再度構築すべくまた新たな希望のある人生が待っているので慎重にならざるを得ません。

普段はメルセデスで往復する東京〜四国を今月は2度軽貨物の「銀次郎」に託し信頼し最後の残置物や撤去物をひとつ残らず売却する家から撤去して空にして引き渡しをするための最終章にいるがんじがらめの鎖につながれた🐇なんです。

大変すぎて身体が悲鳴を上げています。
25/05/18 (Sun)


最後の任務に使う軽貨物を整備に出して…

最後の任務に使う軽貨物を整備に出して…
高松から東京まで約700kmを走行してきた日産クリッパーは帰路は350kgの最大積載量をフルに使った段ボール箱や衣装をまた高松まで運ばなければなりません。

高速道路を何時間も走って帰るのでオイル交換と点検に提携先の整備工場に到着した翌日に入庫して同じ色の違うメーカーのダイハツ・ハイゼットカーゴを代車に借りています。日本中で仕事車として活躍する軽貨物のジャンルはメーカーこそ違え基本の荷室の設計や寸法は各社横並びで軽自動車の規格いっぱいにカーゴルームが設計されて甲乙の差がなかなか感じられませんが、年式や走行キロ、整備状況や手入れの仕方で差が出ている様子が乗ってみて分かります。

🐇は車を大切に使うので室内は商用といえども綺麗に清掃して清潔感が漂うクリッパーですが、代車で借りたハイゼットは年式が新しく走行キロも少ないのに車体のガタピシ感は強く荷室も酷使された跡が肌で感じられる個体でした。

間もなく戻るクリッパー「銀次郎」の帰りが楽しみでその車に荷物を満載して明日には高松に戻れる予定です。

写真は東京の自宅の車庫に納まる同じ色のハイゼットの代車です。
25/05/14 (Wed)


東京都民から地方へ転出することに…

東京都民から地方へ転出することに…
東京という町には小さい頃から縁があり府中の第6小学校から第5中学校へ進み高校は浜松で卒業したものの大学で国分寺の東経大に戻り港区のヤナセに就職後四国へ転勤になるまで埼玉・千葉と首都圏で過ごし会社を成城学園で設立し三鷹の駅前で教室を開き人生の大半を東京や首都圏で過ごしてきた🐇はタクシーの運転手の様に都内の地理に精通していて23区の郵便番号も頭に入っている人間でした。
四国にセカンドハウスを持ちながら直近までは東京狛江市の住民で選挙も東京でしていました。

このほど住まいにしていた狛江市の身内のお世話になった住宅を売却していよいよ晩年は四国中心の生活に切り替え高松を自宅に高知の山荘を民泊住宅と併設して高松・高知の二拠点生活に正式に月末からスタートすることになり市役所で転出証明を取得、来月からは高松市に住民票を移すことになりました。

東京海上の代理店も廃業契約に署名して2003年会社設立時から22年の実績に同時に終止符を打っことになり仙人ではないですが山に籠り第三の最終章にシフトした訳です。
感傷的になりがちですがこれも時の流れ自分の運命の一コマとしてpositiveに捉え自分らしく生きていきます。
25/05/14 (Wed)


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