5か月ぶり、今年4回目の帰省。
母が施設に入所した事で、帰省しても身を寄せる場所が無いという心細さを抱えての帰省。
7日の午後の便で日暮れ後に福岡到着。新幹線で小倉に移動して宿へ。
翌日は朝から母が40数年暮らし、自分にも故郷としての馴染み深い地域に足が向いてしまう。 母が暮らしていたボロアパートは来月から取り壊しが始まる予定。そんなアパートの最期の姿を見たいというのも今回の帰省理由だった。
戸畑から渡し船で若松に渡り、若松から列車で直方、電車を乗換て母の居る施設へ向かう。晴天で11月とは思えない暑さ。
5類になったはずの567だが、施設では2類のような扱いで面会はマスク着用し距離を置き20分程度。思う所は山ほどあるが、まぁ面会できるだけマシとしよう。 面会後は母の居住部屋に行き9月半ばから途絶えていたWi-Fiをルーターを取り換える事で解消させ諸々の端末の再設定して引き上げた。 帰りにもまた帰る場所の無い元母の居住地に立ち寄る。
翌日は母の姉の娘姉妹と50数年ぶりに会い、弟とも合流して皆で母と面会を果たす。 母の姉は今年6月に亡くなった。 母が施設に入所する前日だったようだ。その事を母に伝えたが、その場では寂しそうな表情をして無念な言葉を口にしたが、記憶には残るかどうかは分からない。
従妹の姉さんの車で飯塚に連れて行ってもらい、叔母さんの仏前にて挨拶し、弟と一緒にまたまた母の元居住地域に立ち寄り宿へ戻った。
その翌日は朝から雨で宗像大社と鎮国寺と摩利支神社を参拝して福岡から札幌に戻った。
次の帰省はいつになるかわからないが、その頃にはあのボロアパートの姿は確実になくなっているだろう。