三日ぶりに自宅マンションで迎えた朝。
顔が火照り、シーシーと耳鳴りがして、口の中が常時甘ったるく、少しましになりかけたと思った指の痺れはひどくなり、声はまたまた思うように出なくなり、身体はだるいのに眠れぬままに迎えた朝。
ほんの三日前までは心身ともにあんなに元気だったのに、二泊三日の入院治療を終えると、またまたこんな感じに!!
病院では「どうですか?」っていくら訊いてもらっても、それぞれの症状を抑える効果的な方法が無く、ただ耐えるしかないことが解ってるから、もう一々訴える気にもならない。
ウエイトトレーニングなんかだと、毛細血管がピチピチいうくらいの痛みが気持ちよく感じるような自虐性ともいえる部分を持ち合わせた僕も、さすがにこの繰り返しは苦痛以外の何者でもない。
しかも一応東洋医学の隅をかじってる身としては、この時点で化学療法を止めて、徹底的に体質改善に取り組めば、もう決して再発なんてしないんじゃないかという思いが根本に有るから、薬の副作用だけに苦しむ今の状況が、精神的にもなかなか素直に受け入れにくいんだろう。
だけど、今お世話になってる医療スタッフを信じ任せると決めた以上、そしてここまでがんばってきた以上、もう後へは引けない。
僕自信のせいで苦しい思いをさせて申し訳無いけど、身体にも心にも、後一頑張りしてもらうしかない。
頑張れ身体、くじけるな心。
ところで、前回の日記「思い上がりと思いやり」の内容が分かりにくいという反応を何人かの方からいただいたので、少し補足をしておこう。
日記にも書いたように体力の限界で少し端折ってしまったけど、実は処置中僕は他にも、「あっ…キシロカインが少し深めに入ったね、左の座骨結節辺りに軽く響くから肛門辺りまで痺れるかもしれんね!」とか「あっ…スムーズに入ったね…後は深さですね」等々、知り得る知識をひけらかすかのようにゴチャゴチャとしゃべった。
そして処置が終わって「さすが…やるじゃないですか先生」と茶化し半分で言った僕に「お陰様です…ありがとうございました」と言われた若いM先生の誠実な言葉を聞いたとき、親父の怒鳴り声が聞こえたような気がした。
あれは確か小学校高学年か中学生の頃、素人が出演する歌番組を家族で観ていたとき、「あっ…音程がずれた」「あんなわざとらしいビブラートをかけて!」「選曲を間違えたね」などと一々批評をする僕に、親父が思いっきりこたつを蹴って「やかましい…しばくぞこら〜」と大声で怒鳴ったことがある。
さすがに怯えて何も言えない僕に「おまえはこの人らあがそれぞれどれだけの努力をして出てきたか知っちょうがか?」と強い口調で言った。
更に高校生の頃、テレビから聞こえた甲高くたどたどしい口調で話す男性の声に「僕こんな声大嫌い…なんでこんな変なしゃべり方をするんやろうね」と言ったとたん、親父が僕の方を振り向いて激しく舌打ちをした。
すかさず母が「手話をしようけん耳が不自由な人ながやろうね」と言いながら親父を制するのを感じて背筋を冷や汗が流れた。
その後も親父は、僕が相手や周囲の状況を理解もできないままに、自分の思いや考えを主張することを極端に嫌った。
どうやら僕は、髄注という処置にともなう恐怖心や緊張感から少しでも自分を解放するために、m先生の気持ちも考えずに、余計なことをくっちゃべっていたように思う。
だからまだまだ修行が足りないし、親父が聞いてたら「何様やと思うちょるがぞ」と怒鳴りつけられていたと思う。
いや、もう一度だけでも叱られたかった。
頑張れ身体、くじけるな心。
皆さん、またまたこんな日記でごめんなさい。
でも決して後戻りしてるってわけじゃなくて、確実に良い方向に進んでるので、どうかもう少し気長に見守ってやってくださいませ(あまえるな~~)(´ヘ`;)