医療現場の端の端に身を置かなくなって10年。
恥ずかしながら、今頃になって、学生時代の恩師や臨床現場の先輩方の教えの意味を改めて悟り後悔することが少なくない。
中でも、医療行為を施す側と受ける側の思いの違い!!
現場に居た頃は、そんなことにはほとんど心を配らなかったような気がする。
たとえば、あらゆる検査結果や、最先端機器が表示する数値を見れば、或程度の医療知識を持つ人なら「救命困難」と明らかに判断できる症例(例えば臨床的脳死状態等)であっても、血圧の僅かな上昇や尿量の僅かな増加などに微かな期待を膨らませる家族に対し、
長時間暇無く働くDr.や、二十代後半と思われる男性看護師達が、個々の患者や家族に対して極めて柔らかく優しい所作と笑顔で丁寧に接する姿見るに付け、
高度な医療を迅速に提供し続けなければいけない緊迫した現場でも、計り知れないストレスと疲労の中で、常に相手の気持ちや距離感を冷静に判断し行動できる意識の高さに心から敬服する。
もしも昔の自分なら、「お気持ちは解るんですけど、これくらいの変化は終末期の患者さんにはよく見られるものなんですよ」などと、自分が持ってる知識の範囲で淡々と説明して、いい加減消沈している家族の更なる落胆を誘っていたかもしれない。
そしてこれは、人間性に由来する部分も多いから、昔の自分の未熟さを一々思い知らされて恥ずかしく辛くなると同時に、当時関わらせてもらった患者さんはもちろん、プライベートで側に居てくれた人達にも申し訳無い気持ちが込み上げてきて、なんとなく地団駄を踏みたいような感覚になる。
とにかく、今更ながら経験させてもらっている大切な学びを、先々の人生に必ず生かしていかないと罰が当たる。
心身共に超ハードなはずのに、何となく夢の中のことのようにボーッと過ぎていく毎日の中で、「けい、全ては勉強やけんね!」っていうお袋の厳しくも優しい声が微かに聞こえたような気がする。