相変わらず雨の降らない梅雨前半。
雨雲に遮られることのない6月の日差しは強く、梅雨を飛び越えて一気に夏本番を迎えたような暑さの毎日!!
もうそろそろ草花にも家族にもそして僕の心にも、静かで優しい癒しの雨が降ってくれないかな(・-・)
今週も火曜日の生放送を終えてから親父が入院してる故郷に帰り、病院で親父の不安定な呼吸に耳を澄ませながら眠れない一夜を過ごした。
読んでくださってる方に余計な心配を掛けるということもあり、本来こんな場に家族の病状など書くのは本意ではないけど、今の生活の中で、心のほとんどの部分を占めてる思いをわざわざ避けて、上辺だけの文章を書くほどの余裕は今の僕には無いので、あえて今日は親父の病状を少し詳細に書かせてもらうことにする。
当然のことながら、読みたくないと思われる方は、ここでこの日記を閉じていただいてかまいません。
親父は昭和6年(1931年)生まれ。
消防署のレスキュー隊長を務めるなど体力には絶対の自信を持っていた人だったけど、半世紀以上の長きにわたりヘビースモーカーだったこともあり、晩年になるにつれ呼吸器系が弱くなり、60歳を過ぎた頃には「間質性肺炎」という宣告を受けるに至った。
そのせいもあってか、その頃から極端に運動量も減り、糖尿病や心疾患など、いわゆる生活習慣病と言われる病状を呈するようになり、ここ数年の間に心筋梗塞の発作や胃ガンの手術等で数度の入院をしたけど、精神レベルは全く衰えず、有り難いことに僕にとっては、相変わらず怖い親父でいてくれた。
ところが、今から1ヶ月ほど前くらいから急激に意識レベルが低下し、1人で歩くことはおろか、排泄も思うに任せなくなった。
急いで受診し各種検査を受けてみると、腎機能の著しい低下と心肥大がみられるという。
ただ脳は全体に多少萎縮しているものの、脳血管系に大きな器質的病変は認められなかったらしい。
特に腎不全は相当ひどく、担当医から血中クレアチニン濃度が約16mg/DL、尿素窒素に至っては約160mg/dlなどというほんとにとんでもない数値を告げられ、僕はすぐには信じられない思いだった。
しかし普通そこまでの値になると、尿毒症に伴う食欲低下や精神症状が強く表れそうなものなのに、親父の場合は介助者が食事を口に運びさえすれば、出されたものは全て食べるし、不思議なことに誤嚥も全く無い。
ともあれ数値が数値なので、即日大腿静脈にカテーテルを入れ、緊急処置としての人工透析を開始。
シャントを作って正式に透析を始めるべきか、1週間ほど様子を見ることになった。
しかしその後も多少の波は有るものの、30秒くらいの周期でチェーンストークス呼吸を繰り返すので、長い無呼吸と、復帰してからの努力呼吸に伴う「ほ〜…ほ〜…」という苦しそうな震えながらのうなり声と、必死にベッドの柵を掴んで押したり引いたりする親父の様子は、お袋を始め、付きそう家族にとっては本当にいたたまれなくて、とてもじゃないけど仮眠を取れるなんていう状況ではない!!
ただクレアチニンや尿素窒素の値は多少改善されてるらしく、ついに昨日シャントを作るオペを行い無事成功した。
しかし「全く暴れることもなくおとなしくしてくれてたので局所麻酔で出来ましたよ!」という看護師の軽い笑い声も、その後局麻が切れても全く痛がらない親父を見てると、胸をえぐられるくらい冷徹な言葉に思えた。
つまりは、時に粗暴とも思える言葉遣いに反して臆病で痛みに弱い親父が、もう痛みさえ感じてないのか!!
っていうか、救急患者を搬送した病院の医師と激論を交わすほど医学に精通していた親父が有無も言わさずストレッチャーで運ばれ、何が何だか解らないままに体に大きな針を刺されたりメスで切り裂かれたりしてるなんて……!!
親父の病状の進行を抑えるために病院のスタッフが誠心誠意努力してくれての処置だと頭では理解していても、どうしてもそんな思考の流れを止めることができず、涙が次から次へとあふれてくる。
さて、親父の現在の意識レベルの説明は難しいので、具体的な会話の例を幾つか書いてみる(会話といっても呼気と共にやっと発音する程度なので聞き取るのが難しいけど)。
まず、親父の認知度や要求を知るべく質問をする。
Kei 「お父ちゃん」
父 「おい」
Kei 「僕が誰か解る?」
父 「おー」
Kei 「誰??」
父 「うん」
Kei 「僕は誰??」
父 「周作(孫の名前)」
Kei 「周作じゃないよ、佳だよ佳」
父 「知らんもん」
Kei 「・・・・・」
姉 「お父ちゃん」
父 「おー」
姉 「お茶飲む?」
父 「今はいらん」
母 「あんた佳が泊まってくれてよかったね」
父 「ほんまによかった」
父(僕の顔を暫く見た後母に向かって 「誰やった?」
母 「佳やんか!!」
父 「わからん」
かと思えば夜中にベッドの柵をタッピングしながら「お〜い… けい〜! 佳よ〜!!」
Kei 「どうしたお父ちゃん… 佳はちゃんとここにおるよ!!」
父 「なし(どうして)おるがぞ(いるんだ)??」
母 「佳はあんたの側におってくれようがよ(いてくれてるんだよ)」
父 「そうか」
Kei 「お父ちゃん、目が見えん息子が生まれて辛かったり口惜しかったりしたことも有ったと思うけど、僕はお父ちゃんとお母ちゃんの息子として生まれて来れてほんまに良かったと思うちゅうで(思ってるよ)。
お父ちゃんがどんな状態になっても、僕はお父ちゃんを誇りに思うちゅう。
ずっとずっと大事にするきね(するからね)」
母 「よかったね!」
父 「よかった」
……もう涙でこれ以上書けなくなってきた。
とにかく状況が許す限り、できるだけ親父の側に居よう。
そして親父が教えてくれた通り、仕事には完璧に気持ちを切り替えて臨もう。
ここまで読んでくださった皆さん、そういう人がいてくれると思うだけで、それだけで少し救われる気がします。
本当にありがとうございました。
明日は優しい雨になるといいな♪