めったに更新しない日記だけど、書くとやたら長文で、みんなから顰蹙を買ってしまう今日この頃(苦笑)
実は前回の日記も、半角5,000文字というレンタル日記システムの字数制限のため、あそこで止めざるを得なかったけど、あの日のこと、やっさんのことだったら、書きたいことはまだまだ沢山有る。
そこで掟(おきて)破りだけど(笑)、続編ということで、もう一日書かせてもらうことにした。
さて前回の日記は、「あの日昼間っから飲んだ酒が未だに残って涙を誘うよ(/_;)」っていう文で終わったけど、「昼間っから飲んだ」というのは、音楽葬の後、極身内だけで行われた、いわゆる「精進落とし」のこと。
そういえば「極身内」って書いたけど、考えてみるとレコーとはもう20年近くも仕事上の接点は無いのに、音楽葬の時、親族の皆さんと並んで席を構えてくださってたし、その精進落としにも招待していただいて、今更ながら恐縮してしまう。
奥さんやお嬢さんと故人の思い出を語るうちに、やっさんが僕のことを、いろいろ嬉しそうに家族に話していたことを知り、改めて胸が熱くなった。
レコーのオフィスとスタジオは、古いビルの4階にあり、エレベーターが無いので、コンクリートの階段を上り下りしないといけなかった。
しかも1階から2階への部分は屋外で、更に恐ろしいことに途中で直角に曲がってるため、雨の日などは足を滑らせる危険を感じながらの道程だったけど、若い頃の僕は、その階段を2段飛ばしに駆け上がったりしていた。
ビルの隣には焼き肉屋が在り、用が終わると、やっさんはよくそこに連れて行ってくれて、二人で生ビールをしこたま飲んだ。
そしてそんな時は、やっさんの知り合いに紹介されることも茶飯事だった。
ある日、いつものようにスタジオから出てみると、事務所に男性のお客さんが来ていて、今から一緒に焼き肉を食べに行こうと言われた。
そしてやっさんが「すぐに行くき先に下まで降りちょって!」というので、いつものようにドアを開けて階段を駆け下りていった。
幸か不幸か僕は耳は良い方で、階段を駆け下りながらも、上から聞こえてくるやっさんの声を聞き逃さなかった。
「ほらね… 言うたとおりやろう!! まぁ見よってみぃ… あのままのスピードで下の階段も走り下りるき!!」( ・o・)
僕は苦笑いをした後で、かなり困った!!
その日は雨が降っていた!!
このスピードのままで、あの濡れた階段を曲がって下りるって〜……(*_*)
けどやっさんの期待を裏切るわけにもいかず(笑)、決死の覚悟で一気に下まで駆け下りた( ・o・)
その夜の焼き肉屋でも、延々と自慢げに僕の事を友達に話してくれるやっさんだった。
精進落としの席で、奥さんやお嬢さんが話してくれるそんな懐かしい話が、杯を重ねるほどに胸に染みて、やっさんの遺影と遺骨に手を合わせながら、また涙があふれてきた。
そして奥さんは、数年前ハワイの土産に、やっさんに買ってきたというダンヒルの財布を、僕に触らせて言った。
「この財布はね、主人が病院で最期まで持っていたもので、中にはタバコを買うための小銭が少々入っています。
ほんとに失礼なことだということは重々承知の上なんですけど、もしもかまわなければ、この財布を貰ってやってくれませんか??」
失礼どころか、そんな、やっさんにとっても奥さんにとっても大切な物を貰えないと思った。
しかし「主人を忘れないでいてほしい」という奥さんの言葉に打たれて、謹んで使わせていただくことにした。
帰宅してみると、財布の中には2494円入っていた。
その額を、そっくりそのまま残して財布を渡してくださった奥さんは、きっとやっさんをできるだけ身近に感じてほしいという思いだったに違いない。
そのお金を、奥さんの思いと一緒に、今まで使っていた財布に移して棚の奥にそっと仕舞い、いただいた財布を常用しているバッグに入れた。
さて、この日印象に残ったことの1つが、テレビ高知の人気歌謡選手権番組をやっさんと一緒に作ってきた元プロデューサーのN氏の言葉だった。
「堀内さん…… やっさんってね、みんな自分が一番親しいって思わせるやろう!! 僕も完璧にそう思ってたけど、みんなにそう思わせるくらい、やっさんは周りの人1人1人を大切にしてたんだね!!」
ほんとにその通りだと思った。
享年59歳という若さで旅立ったやっさん。
やっさんが大好きだった音楽を、僕はこれからもずっと続けていきます。
どうか安らかにお休みください。