いよいよ「RKCラジオ開局50周年記念 50時間ラジオマラソン」が始まった。
スタジオからの放送と共に、「土佐の道五十三次3日旅」と称して、
県内3ヶ所(足摺・室戸・四万十川)から3組の自転車隊がスタートし、
3日間かけて県下53市町村全てを制覇しようという元気な企画も無事進行中。
熱い中、体調には十分注意して完走してほしい。
一方スタジオでは、この50年間に放送された懐かしい番組や、活躍されたパーソナリティーの皆さんが次々と登場し、
僕達現役パーソナリティーにとって、大変示唆に富んだお話しを聞かせてくださっている。
5歳から寮生活だった僕にとって、談話室に1台だけで、しかも時間制限のあったテレビより、ずっと身近に在ったラジオ♪
次々に出てくる懐かしい番組のテーマ曲や、大先輩パーソナリティーの名調子は、
8畳に5人が布団を重ねるようにして寝てた風景と共に、あの頃のままの輝きでよみがえってくる☆
全国の皆さんには、日テレ系列の「ズームイン!朝!!」でおなじみだった浜田容助(はまだ ようすけ)さん♪
「にっぽんの高知からでした〜」という元気な声を覚えている人も少なくないだろう。
高知ではずいぶん長くラジオパーソナリティーとして活躍され、歯に衣着せぬ語りで一世を風靡した。
その間、車椅子で乗車できるバスを購入するために、生放送をしながらリヤカーを引いてキャンペーンをしたり、
象が居なかった高知動物園に子象を呼ぶキャンペーンをしたり・・・・・
ご自身のギャランティーも全てそれらにつぎ込んで、とてもパワフルでハートフルな活動をしてこられた。
ボキャブラリーを広げるために、いろんな学校に通われるなど、人知れぬ努力も欠かさなかったという。
ところがズームイン降板後、浜田さんは脳血管疾患を患われ、今も軽い言語障害の後遺症と闘っておられる。
そんな「ようすけおじさん」が、久々にスタジオから明るい声を聞かせてくれた。
容助さんの一言一言は、僕の心を強く打った。
「50年ということは熟年ということなんだから、若い者に媚びて青臭い流行を追っかけてもだめなんですよ♪
熟年には熟年として、これまで積み重ねてきた知識も経験も皮下脂肪もたっぷりあるんだから(はっはっは!)
これからも熟年ラジオとして堂々と歩いていってほしいですね♪」
僕は以前から「テレビと同じようなことをやってたらラジオは生き残れない」って、事あるごとに言ってきた。
きらびやかなブランド物を身に付け、派手な音楽に合わせて踊りまくるような若者的な部分はテレビに任せて、
あくまでもパーソナリティーの人間性で勝負するような、いわば「大人のメディア」としてのラジオであることが大切なんだと、
容助さんのお話を伺って、改めて確信した。
そしてこんなことも言われた。
「僕はこのマイクに空いた穴の1つ1つから、リスナー1人1人の顔を見てるんです。
またそのうちきっとファーストフードよりスローフードが見直される時代が来ますよ……
そうなったら90歳の浜田容助がここでしゃべってるかもしれませんね(はっはっは!)」
・・・・・。
お由美丼に電話してそのことを伝えようとしたけど、なぜか涙で上手く話せなかった。
でもそれは決して、過去の栄光を語る老兵に対する哀れみの涙なんかじゃなく、
いつも元気でずばずば話すがゆえに批判する人も多かった容助さんの、ラジオに対する深く貴い思いに触れて、
心から感動して流れた涙だった。
そして最後に言われた一言!
「ラジオにはパワーがあります。 だって50年続けてきたんだから!
パーソナリティーが良い気を出してたら、ちゃんとみんなに伝わるんですよ(はっはっは!)」
しゃべり手の心がそのまま伝わるのがラジオ。
だからこそ素晴らしいし、だからこそ怖いのがラジオ。
明日のメインパーソナリティーの1人として、まさに身の引き締まる思いだった。
明日は朝9時から夕方5時半まで、今日のこの気持ちを絶対に忘れずに、大いに楽しんでがんばってやろう(^_^)V