【※重要なお知らせ】Alfoo有料化への移行に伴う重要なお知らせ。
no title [side B]


ざわめき
 空を塞ぐ闇の蓋が開いたところで、やちるは剣八の気配がざわりと騒いだのを感じた。しがみついている背中からは、剣八の表情を確認することはできない。しかし、やちるは確信していた。
 獲物を見つけた虎は、こんな感じではないだろうか。虎を知らないやちるは思う。静かに沈む意識と、裏腹に猛る悦び。肌のすぐ下に荒れ狂う、餓えた本能。
「……剣ちゃん」
 やちるは囁く。どうした。剣八が応えた。それにほっと息を吐く。微かな息の音が遥か背後に流れ、剣八に聞こえないことにまた息を吐く。
「あの空の下にみんないるよ。藍染さんも、ギンちゃんも」
 そうか。剣八が明らかに笑った。やちるはしがみつく手に力をこめる。離れないように。離さないように。
2009/04/09 (Thu)



選択肢
 浮竹は拳を握り締めた。地獄の最下層への門……殆ど開かれることのない闇を塞いでいた『蓋』が開かれた。浮竹も見たことはなかった。
 そこは魂魄の再生する世界だ。
 二つ、ないしは三つの世界を魂魄が循環し、その過程で精錬され、純化するこちらとは全く異なる。
 魂魄の履歴全てを洗い流し、砕き、分解して全く新しい魂魄とする。魂魄が得てきた歴史は消去される。全て。跡形もなく。
 だからこそ、罪を犯した魂魄が送られていたのだ。染み込んだ穢れを、歴史ごと漂白するために。
 そこへ行くということが何を意味するか、浮竹は理解していた。二択しかない選択肢。京楽も分かっているのだろう、市丸に囁く。市丸が答えにならない返事をし、京楽は溜息を吐いていた。
「……鬼になるか、ギン」
 藍染が吐き捨てる。そう、再生されるのでなければ地獄の管理者になるしかない。
「そうして私を消滅させようというわけか」
 自分が眉をひそめているのを、浮竹は感じた。この沸き上がる感情は何なのか。強大な力を持ち、おそらくはそれゆえに孤独な、目の前の元同僚。憎いのか、憐れなのか、怖れなのか。
 市丸は答えない。
 ただ、笑った。
2009/03/07 (Sat)


 居心地の悪い沈黙が場を支配する。市丸と藍染が互いに血を流して、睨む眼で笑っている。京楽は静かに息を吐いた。淀んだ空気を吸い込む。体が重くなる。
 松本はきつい眼差しで藍染を見据えていた。顔色は酷く白いが、精神力で持ち堪えているのだろう、背筋は伸び、構える刀は静止していた。髪が陽光を反射して、場違いな美しさで輝いている。霊圧に揺れて、光が零れる。
 ある意味、落ち着いたねえ。松本の姿に京楽は思う。不安定な娘ではなかったけれど、何かを隠していたようだった。もう、隠す必要はなくなったのか。
 京楽は眉をひそめる。どう転んでも、幸せな結末はないだろうに。

 市丸が右手を上げた。手のひらから、暗い赤色の呪がまるで空へ垂れ下がる糸のように展開する。渦を巻き、古の文言を綴り、複雑に展開する呪は血溜まりのようだった。
 赤い紋様を中心に、空が、濁る。
 濁りは凝り固まって、紋様を浮き上がらせた、門というより『蓋』のような形状になった。その『蓋』が開く。

 青かった空は微塵もなく、ただ闇の穴があった。

 市丸。
 京楽は囁き声で呼ぶ。市丸は無反応だったか、聞こえているだろうと京楽は思う。
 市丸。それでいいのかい。
 肩が動いた。振り返りはしない。
「……驚いたやろ」
 小さな声。全くだ。視界の隅で、松本が唇を引き結ぶ。京楽は溜息を吐いた。
2009/02/19 (Thu)


それでも、なお
 日番谷は気配を殺した。霊圧を消し、息を潜め、心臓の鼓動までも遅くする。瞬きをそっとして、日番谷は藍染を視線の先に据える。
 唐突に始められた市丸の、穏やかではない話に全員の意識が向いていた。日番谷も気にならないわけではない。しかし、それ以上に日番谷はこの機会を逃す気はなかった。逃してはならないように思った。
 焦燥感。
 それは全てが壊れたあの夏の日から体の奥に、喉の奥に臓物の壁に皮膚の裏側に張りついて消えないひりつく痛みだった。網膜に焼き付いて消えることのない鮮やかな血の赤色だった。
 囚われてはいけないことは理解していた。それでも日番谷は刀の柄を固く握る。
2009/02/12 (Thu)


「……いろいろ隠しとったんは、おっさんだけやないで」
 市丸が低い声で言った。
 京楽は横目で表情を確認する。俯き加減で目は前髪に隠れていたが、市丸は笑っていた。
 はっきりと、笑っていた。
「なあ、世界を廻る魂魄ン数、合わへんなあて思うたことあらへん?」
 唐突に市丸が尋ねた。誰も答えない。構わずに市丸は続ける。
「虚圏に行ってしもうて、ここに戻らへん魂魄も相当おるやろ。ボクらみたく死神になる者もおるしなあ……地獄へ落ちよったんは、ええんやけどな。真っ白ンなって戻るんやから」
 誰も返事をしない。身動ぎもしない。京楽は意識を鎮める。『地獄』とは、また不穏なことだ。ここで地獄を持ち出すとは。
 あれは、この世界の外だ。
 全く異なる世界だ。
「……何が言いたい?」
 藍染が慎重に尋ねる。
 ゆっくりと市丸が顔を上げる。
「地獄の門を開けるだけや」
 覚悟をした笑みが浮かんでいた。
「ボクら、地獄が好きそうな歪な魂魄しとるよってなあ……そう、思うやろ?」
2008/12/08 (Mon)



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