日番谷は顔を上げた。
全身の毛がざわりと立った。この霊圧はただ一度だけ対峙したことがある。雑魚を切り捨てたあとの生臭い霧のような中で、日番谷はその方向を睨み付けた。
「……藍染」
あのとき、藍染は霊圧をほとんど放出していなかった。血塗れの雛森を見て冷静さを欠いていたことを除いても、当時の自分は藍染にとって、戦う相手ではなかったのだろう。しかし、微かに立ち上っていた霊圧を日番谷は忘れなかった。凶暴さと、危うさ。繊細で、しかし豪胆。混じり合わない質が混沌とあるその霊圧は、“藍染隊長”の頃には感じられなかった。
「……本当に、てめぇは隠してやがったんだな」
押し殺した声で言い、靄から現れた虚を顔も向けずに斬り捨てる。そして周囲に何の気配もないことを確認すると、日番谷は闇の塊のように感じられる霊圧の方へ走りだした。その塊の中で消え入りそうな雛森の霊圧に日番谷は気付いていた。傍らにある、闇にも押し潰されずに輝くようにある霊圧にも。
「松本……俺が着くまで持ち堪えろ……っ」
日番谷は呟いた。