【※重要なお知らせ】Alfoo有料化への移行に伴う重要なお知らせ。
no title [side B]


塊へ
 日番谷は顔を上げた。
 全身の毛がざわりと立った。この霊圧はただ一度だけ対峙したことがある。雑魚を切り捨てたあとの生臭い霧のような中で、日番谷はその方向を睨み付けた。
「……藍染」
 あのとき、藍染は霊圧をほとんど放出していなかった。血塗れの雛森を見て冷静さを欠いていたことを除いても、当時の自分は藍染にとって、戦う相手ではなかったのだろう。しかし、微かに立ち上っていた霊圧を日番谷は忘れなかった。凶暴さと、危うさ。繊細で、しかし豪胆。混じり合わない質が混沌とあるその霊圧は、“藍染隊長”の頃には感じられなかった。
「……本当に、てめぇは隠してやがったんだな」
 押し殺した声で言い、靄から現れた虚を顔も向けずに斬り捨てる。そして周囲に何の気配もないことを確認すると、日番谷は闇の塊のように感じられる霊圧の方へ走りだした。その塊の中で消え入りそうな雛森の霊圧に日番谷は気付いていた。傍らにある、闇にも押し潰されずに輝くようにある霊圧にも。
「松本……俺が着くまで持ち堪えろ……っ」
 日番谷は呟いた。
2007/05/12 (Sat)



まぼろし
 ルキアは、目の前でへらへらと変わりなく笑う、全体的に白い男を睨みつけていた。ああ、やはり、嫌いだ。そう心の中で呟くと、聞こえたかのように男は笑みを深める。ルキアは眉をひそめた。
「ルキアちゃん」
 白い男、市丸が笑いかけてくる。ルキアの背中で、意識のない怪我人を治療していた花太郎が、こちらに意識を向けたことを感じる。
「……こちらは、気にするな」
 低い声でそう呟くと、ルキアは刀を構える。
「怖いわぁ、ルキアちゃん。ボク、なぁんもしぃひんよ」
 軽いかるい、何も感じられない声で市丸が言い、へらへらと笑う。大きな、骨張った両の手をひらひらしてみせる市丸は、確かにまだ何もしていなかった。破面との戦いで傷ついた死神を治療していた花太郎の班と護衛のルキアの前に、散歩でもしていたかのような軽妙さで、市丸が現れた。それだけだった。
 しかし、それだけで十分だった。
 昔から抱いていた、得体の知れない恐怖がルキアの背骨を這う。この感情は、市丸からは何も読み取れないことから発しているのだろうかと頭の片隅で冷静に、そしてなんとなく考える。それは義兄とは違った。義兄の、端からは見えない不器用な感情とは大きく異なるものが市丸からは漂い、自分を絡めとるようにルキアには感じられた。それは、今も。

 ふと、大気が揺らいだ。
 その瞬間、ルキアは大きな目を見開いた。
 信じられないものを見た、と思った。

 絶妙に押さえ込まれた、しかし凶暴な霊圧が大気を揺らした、そのとき。
 市丸が険しい顔をしてその方向を向いた。
「……こら、あかん」
 呟く横顔は、薄く開いた眼は、固く、厳しい。それをルキアは半ば呆然として見ていた。貴様は。ルキアの唇の僅かな隙間から声にならずに空気が漏れる。
 貴様は、そんな顔ができたのか。
 ふっと、仮面をつけるように市丸が笑みを浮かべた。そしてそのままの顔でルキアに振り返る。
「ボク、行かなあかんわぁ。ルキアちゃん……お兄サンによろしゅうな」
 市丸は小さくちいさく、ただ笑った。それにルキアは二度目の衝撃を受けたが、幻のようなそれを確かめる前に市丸の姿は消えていた。
2007/05/09 (Wed)


「やれやれ」
 瓦屋根の上でそう呟いて肩をすくめる藍染を、雛森は茫然と見上げていた。小さな、かたかたと耳障りな音に混じり、隣からはかちりと固い音がした。乱菊が刀を構え直す音だと雛森は霞む頭で思う。
 それを見ているだろうに、藍染の顔には笑みが浮かんだままだ。その笑みがあまりに薄くて、冷ややかで、雛森は瞬きもできない。記憶の中と同じ顔のはずなのに、別人に見える。別人のようで、苦笑するときの困ったような眉の形は、記憶にある“藍染隊長”と同じだった。
「痩せたね、雛森君」
 いつか聞いたことのある言葉を、身も凍るような冷たさでかけられた。
「もう少しきちんと切り裂いてあげれば良かったね。申し訳なかった」
 眉をわずかにひそめた形にして、藍染が、昔のように柔らかに笑った。
「二度も私に殺されるなんて、あまりに忍びない」
 耳障りな音は止まない。手の中から聞こえる、そのかたかたという音は、柄を握る自分の手が震えているからだと雛森は唐突に気が付いた。
2007/03/28 (Wed)


眠れ
 瀞霊廷に破面が総攻撃を仕掛けてくる。

 自分の報告から、山本はそう判断したらしい。おそらく、その『上』も同じ考えだったのだろう。砕蜂が報告したのは深夜だったが、次の日には隊首会が緊急に開かれた。その場で砕蜂は前日と同じ内容を淡々と説明し、隊長達は淡々とそれを聞いたのだった。
 淡々と。
 その情報を手にするために、刑軍の者が何人も死んだことなど問題ではなく、問題にもならず、ただ淡々と情報のみが伝えられた。

 そして、この日を迎えた。
 砕蜂は割れる空を見上げ、大きな目を細めた。よくやった。声にはしないで砕蜂は呟く。よくやった。貴様等の働きは、必ずや瀞霊廷を護るだろう。後は、十三隊に任せて眠るがよい。
 砕蜂が睨む割れ目の向こうには、虚圏があるはずだった。多くの部下がそこに向かい、ほとんどは戻らなかった。砕蜂は呟く。よくやった、と。
2007/02/22 (Thu)


眼差し
「これが最後になるんでしょうか」
 呟きのようなそれに、檜佐木は吉良を振り返った。呟く言葉は微かに揺れていたのに、吉良は真っすぐな眼で割れていく空を見上げていた。そうか。檜佐木は思う。そうか。もう、迷っているわけじゃねぇのか。
 再び空を振り仰ぎ、檜佐木もまた小さな声で、
「さあな」
とだけ答えた。
2007/02/08 (Thu)



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