【※重要なお知らせ】Alfoo有料化への移行に伴う重要なお知らせ。
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許されない
 檜佐木は空をみあげていた。
 東仙が消えた空を、ただ無言で見上げていた。その隣では狛村もまた何も語らず、空を見上げている。
 空は、暗い。
 暗い深い穴となっている。
「……市丸が……」
 独り言のように声が漏れた。はっとして檜佐木は口を閉じて狛村を見る。狛村が促すように軽く頷いたから改めて口を開く。
「市丸が言っていたのは、正しいのでしょうか」
「……どうあっても、ここにいることは許されない……か」
「はい」

 ボクも東仙さんも、ここにはもういられへんやろ。

 突如現れた市丸はそう言って、東仙の後頭部を殴打した。崩れ落ちる東仙を片手で支え、抱え上げた。
 異形の腕で。
 狛村さんが許しはっても、それでもそれは許されへんよ。ほな……また。

 笑う市丸は、異形の者にになっていた。

「正しいか、正しくないかではない」
 狛村は空を見上げたままだ。
「ただ、市丸が、許していないのだろう」
 檜佐木は再び空を見上げた。
2010/12/12 (Sun)



僕が世界を捨てるのか、それとも僕が世界から締め出されるのか
 山本は思う。
 地獄へと堕ちながらも笑う藍染を眺め、その心情を思う。彼に対する憐憫、憤怒、諦念やそれを感じている自己の矛盾や、その混沌してしかし静謐な内面を思う。
 藍染は笑いながら、山本の刀を避けている。純粋な攻撃力はこちらが上。冷静に山本は理解している。冷静に、能力の特性的に不利であることを理解している。五感は世界を捉えるものだ。捉えた情報から脳はその内部で世界を構築し、理解する。その五感を疑うことは難しい。そして、疑いを抱いた上で信じることはさらに難しい。
「総隊長よ」
 炎の渦の向こうから、淡々とした呼びかけがあった。
「貴方は、目の前にいるのが藍染だと信じているのかい」
 炎に照らされ、影を背負って藍染が尋ねる。
「愚かな」
 山本は一言で返す。愚かな。喉の奥で繰り返す。
 この絶望としかいいようのない暗い霊圧を、間違えようか。
「愚かだと斬り捨てるか」
 藍染が笑う。笑い、顔を歪ませる。歪んだ顔に落ちる影が、さらに醜く顔を歪める。
「せめて貴方のように単純であったならよかったのかもしれないな」
「真理はいつだって単純じゃ、藍染よ」
 影に向かって刀を振り下ろす。藍染の白い衣の裾が耐えきれないかのようにはためき、燃える。
「お主が見た、それが、世界じゃ」
 藍染が腕を振った。裾の炎が消え、炎の壁を風が切り裂く。
 ふっ、と山本はそれを吹き払う。
「理不尽で不合理で醜いこれが、世界か」
「そう、それが、世界じゃ」
 体勢をくるくるとかえながら、二人は地獄の穴へ堕ちている。空虚な、暗い圧力が増していく。昇っているはずなのに、堕ちている感覚でぞわりと体中の毛穴が閉じる。
「醜いな」
 藍染が低い声で呟いた。
 山本は答えてやる。
「醜い、そして、綺麗じゃろう……のう、市丸」
「そこは意見合いますなあ」
 東仙を抱えた市丸が、藍染の背後で、炎の壁の向こうで笑っていた。
2010/10/29 (Fri)


それはいつかの言葉
 やちるは、ギンの背中を見上げていた。
 もう別のものになっているのに、ギンの髪の毛は銀色のままで戦いの炎の色を映していた。銀髪がかかる首の、白い肌に巻きつく紋様が痛々しく、やちるは声をかけるのを躊躇う。
「……やちるちゃん」
 空を見上げたままギンが呼ぶ。
「よろしゅう、頼みます、な」
 小さな声。ギンの言いたいことが理解できて、あまりに理解できて、やちるは同じくらいに小さい声で答える。
「うん、任せといてよ……ギンちゃん」
「……おおきに」
 微かに頷き、ギンはもう少しだけ声を大きくした。
「雛森ちゃんも、結界、おおきに」
 膝をついた雛森は答えない。ギンも、それ以上は何も言わなかった。
 戦いの音だけが聞こえる。
 ギンの背中が揺れて、揺れて、止まり、左腕だけが後ろに向けられた。ぐるぐると、手首まで紋様が浮き出ている、腕だけ。
「…………乱菊」
「……うん」
 乱菊の低めの、柔らかい声。
「髪、一房、くれへんやろか……手首に巻けるくらいで、ええねん」
 振り向かずに行くつもりなのか、ギンは振り返らない。手だけを乱菊に向ける。
「きれいな髪やから……眺めてたいんや」
「……うん」
 ぽつりと、乱菊が了解した。と、思った途端に。

 ざくり

 盛大な音がした。

「えええっ」
 やちるだけではない、雛森も、ギンまでも振り返っていた。
 乱菊が、一房というにはあまりに大量の山吹色の髪を握りしめている。一掴みを刀で切ったのか、おかっぱ頭のような乱れた髪が肩の上で斜めに揺れていた。
「ら、乱菊……」
 ギンが動揺している。
 力一杯全力で動揺している。
 やちるは、ギンと乱菊を交互に見た。その下で座り込んでいる雛森も同じ首の動きをしている。渦中の二人は気にも留めない。ギンは気に留める余裕もないようだ。
「はい、髪」
 乱菊に手渡され、思い切り振り返って乱菊に真正面で向き直っているギンは茫然としたまま山吹色の髪を受け取った。わっさわっさと髪が揺れている。
「たくさんあるほうがいいでしょ」
「たくさんて! そら沢山はええかもしれんけど! きれいに伸ばしておったのに……えええ……あないきれいな髪をなしてこないにあっさりざっぱりぶっつり……」
「また伸びるわよ」
 動揺したままのギンに、乱菊が平然と言い放つ。
「伸びた頃には、あたしも地獄に行くから、そのときまでそれで我慢してて頂戴」
「……乱菊?」
「どうせ偉い人達は地獄とだって関係あるんでしょ。討伐隊を派遣するわよ」
「はあ……まあ、王族直轄まで行けばあるんやけど……」
「とりあえず、隊長になるから」
「ら、乱菊、ちゃん?」
 乱菊が両手を腰に当てて踏ん反り返った。
「あたし、もう、待ちくたびれたあげくに置いていかれるの、嫌なの」
 ギンが呆気にとられている。
「この世界で一緒にいられないなら、一緒にいられる世界に行くだけよ。さっきまでうじうじした自分がばっかみたい。確かに? 今は無理なんだけど? 強くなればいいんでしょ。ああもう、隠さなくていいとなったらすっきりした」
 一気に捲くし立てると、乱菊は笑った。
「ずっと一緒って、言ったでしょ?」
 やちるは乱菊の震える手を見た。腰に強く押し付けられた手は微かだが確かに震え、それを抑えるように手を押し付けて乱菊は反り返る。
 見上げると、潤んだ青い目がギンを映していた。
 ギンは口を開け、閉じると上を見た。そして乱菊を見る。
「……言うた。ボク、確かに言うた」
 戦いの色を照り返して燃えるように金色の髪を握りしめ、ギンが振り絞るように言う。
「あの地区を出るときに、ここに来るときに、確かに、そう」
「そうよ、ギン」
 密やかな、柔らかな声。
「ずっと一緒よ」

「……乱菊」
「うん」
「乱菊」
「うん、ギン」
 ギンが乱菊の頭に手を伸ばし、背を屈めて、一瞬だけ額と額をつけた。
「地獄で、会おうなあ」
 乱菊が零れるように笑う。
「うん、地獄で」
 そして囁いた。
「やっと言ってくれたわね」

 微笑みあった。

 次の瞬間、ギンが瞬歩で数間離れた。
「ほな……また」
 ぎこちなく、しかし確かに笑ってギンがひらひらと手を振り。
 上空へ飛んだ。
 見上げると、同じく影を追って空を見上げる乱菊の、ざんばらな山吹色の髪が揺れていた。
 よかったね。
 やちるはそう胸の奥で呟く。戦いは終わらず、先のことは不確定で、それでもやちるはそう思った。
2010/05/29 (Sat)


 戦いの気で煙る場の中央に轟音とともに飛び込んできたのは、山本総隊長だった。
 振り下ろされた刀で空気が切り裂かれ、渦となり、刀から迸る炎と混ざり、爆発のような音とともに炎の嵐が中央から吹き荒れる。鮮烈な炎の色。轟音。
 そして肌を焼く熱。
 熱い。
 日番谷は咄嗟に雛森の霊圧を探す。荒れ狂う炎の霊圧の向こうに、雛森の霊圧があった。遠い。傍にはやちる。松本。市丸。大丈夫か。己の霊圧で身を包んでも熱い。日番谷は雛森のいる方向に目を凝らす。炎の嵐が一瞬で場を一掃する。
「……派手な登場ですなあ。怖ぁ。丸焼けなるか思いましたわ」
 市丸が、前に出ていた。
 その後ろで雛森が硬い表情で膝をついている。顔はひどく白いが、眼の光は確かだ。やちるも、無事だ。松本は。
 日番谷は息をつこうとして、息を止めた。
 松本は、何かを堪えているような顔をしていた。
「お主が庇っていれば問題なかろう」
「前髪、焦げてもうたけどなあ」
 山本総隊長は藍染と対峙している。紋様が腕に、首に、巻きつくように浮かび上がっている市丸はへらへらと笑いながら二人に近づく。
「ま、ええやろ。お別れやし」
 藍染が市丸に目を向けた。
「準備ができたのか」
 静かな声だ。静かすぎて感情がない。
 市丸はいつもどおりに笑う。
「地獄行きのなあ」
「お前が、彼女と生きることではなく、私と地獄で殺しあうことを選ぶとはね」
「嬉しいやろ」
 低い声で市丸が答える。
「寂しがりやもんなあ。藍染サン」
「ああ、全くだ」
 場が静まる。
「……それもまた、お主が生きていられたらの話じゃ、藍染」
 山本総隊長が厳かに告げる。
「生きて地獄へ赴くか、死んで地獄に、ただ堕ちるか」
「見送りは、貴方か。総隊長」
 一気に空気が張り詰める。
「そうじゃ」
 日番谷は何もできないことを悟った。手出しできない。してはいけない。只一人で藍染と対峙できるのは、山本総隊長だけだった。
 藍染。
 歯噛みする。きりりと音がする。また、何も、できないのか。日番谷は全身の毛孔から吹き出しそうな憤りを抑え込む。
「皆、ここで待て」
 山本総隊長の言葉と同時に、藍染と山本総隊長が動いた。
 熱風。音。
 重い霊圧が空中の二人から雪崩れ落ちる。
 息も苦しい。
 顔を歪めて日番谷は上を見上げる。
2010/05/28 (Fri)


結末など、どれでも
 京楽は煙る向こうの二人を横目で見る。彫像のように動かない。空に開く穴は深くなり、誰かが堕ちるのを待つばかり、という状況のようだ。市丸が更に深くまでこじ開けたのだろう。
 まだ、松本には無理だね。
 霊圧の絶対量から判断し、京楽は眉をひそめる。この場であの穴に堕ちることができるのは、京楽と浮竹だけだ。日番谷には素養はあるがまだ成長が必要だ。更木は霊圧の微調整ができない。他は問題外だった。
 松本ではあの穴の淵に立つことすら難しい。
 見送ることすら、許されてはいない。
 そこまで思い、京楽は思考を切る。藍染の鬼道が意識の外から飛んでくる。反射で避けると袖口が千切れた。
「……ま、そうだろうね」
 感覚を拡げる。霊圧で全員の位置を把握する。この感覚は、どこまで己のものだろうか。乾いた笑いが口の端に浮かぶ。どこまで。

 それでもやるしかない。京楽は煙る場に斬り込む。市丸が先に藍染と共に穴に堕ちるか。こちらが先に藍染を滅ぼすか。
 藍染に滅ぼされるか。
 幸せな結末など、どこにもない。
2010/05/27 (Thu)



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