この世における恋愛は「誰と一緒にいるか(生きるか)決める」ことだと思っています。(そうみなされること)
そこには性別も性癖もひとつの要素にすぎないわけで、そのなにを選んで物語にしていくのかが作家として別れ目だと考えられるんですが、そのうえで「恋」を選ぶ人が私は好きで、だけど「恋愛」になるとギョッとしてしまう。のかな〜。
"誰かのために何かをしたいと思う事"の中の愛。
健気じゃなくて、犠牲じゃなくて、献身じゃなくて、貰った分を返したいという感覚だと思うんですよね。いやちょっと違うなもっとずっと自然な感覚だと思う。私は愛っていうのは豊かなものだと思っています。
ああでも、愛を"忠誠"だと信じている人のことも好きだ。というか、それも愛なんだろうと思う。
しかしそれは結果であって、「もたらされるもの」で、結論でも過程でもないと感じる。だからダメなのかな、それを目的にされるのが、ダメなのかな。恋愛至上主義的な側面、ある種の神性を伴った確信。ああいやでも、共感しないけど、それが嫌だなんて全然思わないんだけど、やっぱり無視されるのが厭なのかな。愛による善なる独善が苦手なのかな。
支持するものの違いでしかないんだろうか、目に付いた場所にありつづけるというだけなんだろうか。
ラブストーリー自体が苦手ならもうちょっとあるんだろうけど、確かに恋愛に対してめちゃくちゃいい!!って思ったことはまあないんだろうし好きなマンガも恋愛以外のものがないものがないし、とはいえ娯楽としてラブストーリーがとても好きで息抜き的に見たくなるというか、好きなんだよなあ。
恋愛っぽい事をさせることがやっぱりもうエゴに感じるのかな〜、あ〜もうだめだシンプルどこかにいきました。
風間は恋愛するし、しんのすけの恋愛について真剣に考えてるつもりで、私の二次創作って全然恋愛で、でもそこ(自分のエゴで二次創作すること)に罪悪感があるわけでもなく、結局(安易な、真摯じゃない)キャラ崩壊が地雷ですで終わりなのこの話って。そして自分が恋愛至上主義的な恋愛観のフォロワーじゃないから、それを好きなものと抱き合わせされるのが苦々しいってこと?
恋愛感情持ってるパロが好きで、恋愛っぽい事をさせるパロが苦手ってこと?
納得できないことが嫌いってこと?
え〜でも必然性がないとも別に思わないし本人がごく真剣なのも分かるしそれをいいことだと思うんだけどな〜、でもやっぱり人間性の方が大事ってことなのかなあ?これはもうほぼ結論で、私が一番しっくりくる単語を見つけてないだけかな。そんで私が私を腑に落ちるに結びつけるための結論、言葉選び、っていうのは私にしか意味がなくて、とはいえ私にとっては意味があることなんだろうな。だって他人同士である以上は結論より説明が重いんだよなあ。あーでも私はその人が選んだ最終的なキーワードにとても価値があると思うから、いまのは小さな驚きの話をまたいちいち掘っただけです。
私はあまり孤独というものを感じないんですけど、その逆の方が感じる。孤独じゃないと思うわけじゃないんだけど、うーんでも、孤独…。
自分にとって価値があることが、積極性を持ったまま相手の中から見つけられないことに小さく落胆し続けることを孤独って呼ぶのかしら?