【※重要なお知らせ】Alfoo有料化への移行に伴う重要なお知らせ。
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【眠れぬ乙女 夢寐する麒麟】


裁断する夢
書かなかったのではない、書けなかったのだ。夢を見なかった、わけではない筈だが、目が覚めるともう何も憶えてはいなかった。ただ現実という線の上をあるくだけあるいた。

そして私は柔整理論が担当の先生に、1万1千円が入った封筒を手渡す。
教材費か何か、とにかく学校に係るたいせつなお金だったのは間違いない。
封筒から出すように言われ、鋏で切った。すこし硬い紙の上をざぐざぐと切り込んでいく。もう切り終わる、というところで、あっと声を出す。
中に入った2枚の札ごと切ってしまったことに気付いた。
これではもうお金として受け取れないと顔を顰める先生。それは昔勤めていた上司の顔を思い出す。
破れてもお金はお金、銀行で取り替えてもらえると私は言う。
ねがいは聞き入れられなかった。
それを聞いた私の母が、学校まで抗議しにやって来た。母とはつよいものだ。
結局そしてその金がどうなったのか、私は解らないままだ。
2016/07/31 (Sun) 22:33



麦と回禄
兄と母と私とで車に乗っている。空は明度が高く澄んでおり、その薄水色が眼に染みる。私の目はこれほど淡く繊細できれいなものをうつしていただろうか。
道はすいている。ところどころ"90"という文字が道路に書かれている。たまによその車とすれ違う。
私たちは大道芸を観にいくのだ。
熊が、高いところから飛び降りたり、跳ねたりをしている。チョコレート色の毛皮を纏っている。
意思をもって観客を楽しませるように、熊が道化を演る。
それをひどく気に行って、もう3回ほど兄の運転で大道芸を観にきている。
豊かな麦穂のように、ふさふさと毛が揺れる。
その毛にくすぐられるような感動は現実に言い様がない。

かと思えば家が燃えている。大きな火が家を呑み込もうとしている。
幸いにも家族は皆脱出し、火の海を呆然と見詰める。
そして誰も水をまくことなくいつの間にか炎は鎮まるのだった。
2016/06/05 (Sun) 23:37


水の滴る
よその父親が、某百円均一の会社に就職が決まった息子を窘めている。息子には息子のビジョンがあり、父親には父親のビジョンがあるのだろう。相容れるだろうか。

外には一雨降った跡がある。灰色の雲。しっとりと濡れるアスファルトコーティングされた道路。
黄色いブランコ。小さな公園に咲き乱れる桜。枝垂れた枝という枝に牡丹のような大輪を綻ばせている。破顔するその桃色に、濡れた睫毛のような色気を感じる。

その公園の隣にまったく同じ公園がある。
空模様もブランコの色も、桜の樹の位置も同じだ。
しかしこちらの花は茶色く萎凋していた。満開を迎えたものは満開のまま終われやしないのだ。
2つの公園を祖母としずかに見比べていた。

祖母の知り合いが住んでいた長家が無くなっていた。公園の近くにあったはずだ。
誰が取り壊したのか、猫の額ほどの土地に、ただただ濡れた土が横たわっている。
年老いて家族に疎まれ、小さな長家で、一人で。
老女の生活が確かにここで営まれていたのは嘗てのはなしである。彼女の生涯は一人で完結したのだ。それがなぜだったのか、いつなのかは分からない。
私たちがどう思い出したって今はただの更地でしかない。

あの公園の瑞々しい花唇も、四季が移ろえば褪せ逝くものなのだ。そしてその気配はもうすぐ隣まで訪れている。
なぜかこの夢の意味が解る。懐かしいものに再び私は巡り会えたのだ。
雨上がりの露のような世界にすべてが詰まっているとしたら。
そしてそれは滲んでいく運命だとしても構わない。
2016/05/06 (Fri) 17:26


大海嘯
まるで絵画のような異国の地。
ジョギングするブロンド髪の女性。レンガを積み上げたり砕いたりする人々。
とても巨大な樹が森を造っている。それは岩礁に生えている。海嘯のような荒々しい波がその巨大樹にぶつかっては白く繁吹きをあげる。
海と隣り合わせる樹林の中の小径をバイト先に向かう。

樹が、波が、その大きさと激しさがとてつもなく美しい。そのスケールに呑み込まれそうな自分のからだをとても小さく感じる。まるでアリス症候群に罹ったようだ。野生動物を目撃した時のような感動と怖れを憶える。

その海面にレンズを向けピントを合わせる。シャッターを降ろす。
携帯電話が鳴る。上司からの言づてを母から聞く。
晩餐のためのドレスを用意しろとのことであるが、果たして今晩に間に合うのだろうか。
木立のなかにぽつんと立ち尽くす。
激しく打ち付ける波の中に、なんだか果敢なさを見つける。
小径を行く。
2016/05/05 (Thu) 18:53


皮下気腫
寝覚め。
アルバイトに行かなければならない。
洗面所の鏡と向き合う。やけに肌が青白い。
先ほどから耳の奥がジクジクと握雪音をたてている。
ジクジクジクジク……。

予感である。鏡越しにその青白さと耳鳴りを凝視する。
するとぽかりと暗闇を放つその洞穴から、赤黒い真珠が垂れ落ちてきた。
そして真珠と思ったそれは液体で、液体と思ったそれは血液だった。

とどまることなく私の耳から溢れ続ける。暗赤色だった真珠は鮮やかな赤となり、雨だれのように皮膚をすべり落ちていく。
母を呼ぶが家のなかに人の気配はない。
居間も座敷も蒼く静まり返っている。母は恐らく仕事に出たのだろう。
バイト先に連絡を入れねばと思う。

その時、私を呼ぶ母の声がした。
その声に再び寝覚める。
2016/05/02 (Mon) 10:36


藪医者
皮膚科にいる。
いつもの女医でなく、胡散臭い男性医師が丸椅子に腰掛けている。
もう面皰は治ったというのに。
治療すべき箇所が見つからず、医師は「目蓋の上を切りましょう」という。その手にメスが小さく光っている。冗談じゃない。
「目蓋の上を切ったらもっと良くなる」
良くなるというのは皮膚のことじゃなく顔面のことだろう。私は美容整形に来たのではない。
「そういうのはいいです。保険も効かない。そういうのはいいんです」
私は立ち上がり急いで診察室を出た。診療代を取られるのだろうか?

凪いでいるのは灰色の波で、その暗い海の上に長い長い吊り橋が掛かっている。
橋を吊るす筈のロープがところどころ切れて無くなっている。その不安な揺れの上を歩く。誰だか分からない誰かと一緒に進んでいく。
海の真ん中でその橋は途切れた。どうやってバランスを保っているのだろう。向こう岸は見えている。ほんのりと灯りが点っている。
途切れた橋のすぐ近くまでバスが走ってきた。黄色いライトが蠢く波を照らして、力強くタイヤで水をかきわける。
でも私たちはそのバスに乗ることはなかった。
海の途中に立ち尽くす。
それは人生の直中。
夢の真っ盛り。
2016/02/11 (Thu) 23:55


虫食み
脳にウイルスが感染していると言われる。
見るとそれは幼虫のような、寄生虫のような姿で私の脳に埋まっている。排除しなければ、いずれからだじゅうの筋が萎縮するだろうと。
薬を脳に直接流し込む。
開頭手術で取り除く方法もあったが、医師が薬物で治せると言うのでそれに身を任せる。長い注射針で頭部を3カ所つつかれる。痛みもなくさほど大儀せずに治療は終わった。
そう言えば脳自体には痛覚がないと、なにかで聞いたことがあるかも知れない。あまりにスムーズに終わったせいか手応えを感じなかった。
観血療法のほうが確実じゃなかっただろうか?あの白く毛のない寄生虫のようなウイルスは、本当に私のからだからいなくなったのだろうか?
静かな不安に支配されながら、納得するためのなにかを探している。
2016/01/19 (Tue) 20:49



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