伊勢志摩で金曜日「G7サミット」終了の後、オバマ大統領が被爆地広島を訪問した様子を夕方のTV中継で見た。平和公園の慰霊碑のまえで長く黙祷する姿、被爆者協会の代表たちに手を差しのべハグする米国大統領の姿が世界中に配信された。たぶん誰も予想しなかった大変意義のある瞬間だった。
BBCやNewsweek、NYタイムズにも写真や動画入りで紹介されていた。ネットの記事のコピーを作ったので大学生のYAさんにも読んでもらおう。7年前、プラハで「核なき世界」を掲げて「ノーベル平和賞」を受賞したバラク・オバマ氏の「広島演説(アドレス)」が歴史に残る名演説となることを期待したい・・・。
1年生MU君は「動名詞」をやった。「動詞」と似た働きだけど、名詞と同じで主語や目的語になる。中学でも動詞enjoyやstop、finishの後には「〜すること」の意味で目的語に動名詞 –ing の形が続くと勉強した。ただしrememberのあとにくる動名詞は「〜したこと」と過去の内容になる。「現在分詞」も同じ –ing 形なので紛らわしいね。こちらは「〜している」「〜しながら」の意味で修飾語になるよ。
2年生YAさんは「独立分詞構文」を勉強した。「関西大」の入試問題で後半は・・,each spending an average of five times as much money as American tourists from the U.S. mainland.とある。これは後置の分詞構文で、and each (touristの省略) spends an averge・・・と言い換えられるから、「そして各人がアメリカ本土から来た旅行者の平均5倍のお金を使っている。」
EN君は「独立分詞構文」がほぼ理解できていたが、「関西学院大」の和訳に苦労した。Unfortunately, although the price of things imported into the country has dropped, price reductions are not following quickly enough.「不幸なことには、その国(日本)に輸入される品目の価格が下がっても値下げが余りすぐに伴ってくるということがないのだ。」と訳せる。「カンマカンマ」をカッコでくくって挿入語句と考えるとスッキリするね。
KAさんは前回、入試の英作文をやってみた。短めの文ならほぼ書けるけど、長めの文だと「日本語」の分析に困っているようだね。日本語の主語Sはよく省略されるけど述語動詞のVは必ず必要なのでそれを発見して英文を「組み立てる」ことから始めよう。「九州大」の入試問題、「ナイフで鉛筆を削れない子が六年生では六割もいる。」で、動詞は「削れない」 can't sharpen がわかればいい。「六割もいる」は「誰もいない。」の時に No children と書くように、60 percent of を主語の前におけばOKだ。このような「数量詞」の扱いがむずかしかった。「も」は「たくさん」の意味だから、as much as とか no less than を数字の前につけるといいね。
三島教室のTA君が中間試験で欠席した分で参加した。「センター試験」の練習で第1,2,4問を部分的にやってみた。発音と会話体でミスをしたくらいで全問正解に近かった。とてもいい。文法・作文では「冠詞」の扱いが不慣れだったね。文法書に詳しく書いてあるので一度じっくり見ておいてね。英作文もミスがもっと減らせるといいね。
大学生のYAさんは家の用事で欠席した。 尾上
(追記)広島の「原爆資料館」に行ったことある?「海外旅行」や「スキー教室」に切り替わっているから最近の高校生は知らないだろうね。私が島田商業高校で担任をしている頃、「広島・宮島」には修学旅行で何度か行った。「平和公園」では勿論「原爆資料館」見学が主目的だけど、「サダコと折り鶴」を記念した「原爆の子の像」やその後世界遺産になった「原爆ドーム」も必ず慰霊碑の向こうに見た。ハンカチで目頭を押さえて「資料館」から出てくる女生徒も大勢いた。見学の後クラス単位でバス移動できたので、私の希望で市街地の東側に見える小さな「比治山」に向かった。
この山頂には全体を緑色に塗った奇妙な「かまぼこ」型のハウスがいくつも並んでいた。原爆による遺物のひとつが30年後の広島にまだ残っていた。あの8月6日の「原爆投下」の9日後、終戦となったとたんに米軍が広島に入ってきて、生き残った被爆者たちをこの「比治山」の軍の病院に運び込んだ。そこでは治療をするかたわら、被爆者の身体上の詳細をデータとして記録することも目的であったらしい。歴史上初の原爆投下をやった米国にとってもその威力が未知数であったのだ。「人体実験」だったと言われてもしかたない。
同僚だった国語のO先生は広島大学の出身で、学生時代に「米軍」のアルバイトをしたそうだ。それは市内の被爆者を一軒一軒訪ね歩いて、健康状況をデータとして集めることだった。20年後もまだ続いていたようだ。たった一発の「爆弾」がもとでこれまでに30万人の人が犠牲になった。「核分裂の発見は科学の革命だったけど、人間の道徳にも革命が伴わなければいけない・・・」とオバマ氏は17分に及ぶ「広島演説」で言っている。
サダコ、佐々木禎子さんは私と同じ年1943年の生まれで、走るのが得意だったから被爆していなければ、同年齢のおばあさんたちと同じように今も元気に山でも登っているでしょう。2才で被爆して10年後小学校6年生の時「白血病」leukemiaにかかり亡くなってしまった。病床のサダコを励まそうと級友たちも協力した「千羽鶴」が完成した後だった。
このお話は英語に翻訳されて海外でも評判になり、英語の教科書や副教材にも採用されて、昔は高校生ならほとんど知っていたのになあ。Hiroshima: Sadako and the paper cranes というタイトルでBBCニュースも昨日動画でこの話を紹介していたよ。「平和の象徴」としての「鶴」の折り方も紹介したらしい。オバマ大統領は「自分で折りました・・」と言ってワシントンから持参した和紙の4羽の鶴を資料館に寄贈したそうだ。









