「春の山へ行こう!」大学時代のいつもの仲間を誘って、快晴の土曜日は山梨県韮崎市の「荒倉山」1132mに登った。雪どけしたばかりの山頂からは「富士山」と「八ヶ岳」がくっきり遠望できるし、まだ芽吹いたばかりのカラマツの枝の合間からは、「鳳凰三山」の巨体が目前に屹立してドキッとする。下山後はノーベル賞の大村博士が経営する「白山温泉」で汗を流したよ。
大村先生は武田氏ゆかりの「武田八幡宮」や「ワニ塚のサクラ」で有名なこの土地で生まれ、韮崎高校・山梨大学・東京理科大を経て「北里研究所」の教授となった。絵画にも造詣が深く「女子美大」の理事も兼任しているから、日本の女性画家を応援する気持ちで「韮崎・大村美術館」を開設してすぐに韮崎市に寄贈してしまった。気さくに絵画を楽しんでもらおうと実家の敷地を利用して「ソバ屋」と「日帰り温泉」も作ってしまった。面白い人物だね・・・。
新3年生NIさんは、第2課「時制」で文法・作文をやった。 When I got home, my family were eating supper. 「夕食を食べていた」と When I got home, my family had been eating for half an hour. 「30分前から夕食を食べていた」の違いが動詞の用法に表れている。
裾野教室のTA君は数学塾の関係でこれから月曜日のこの三島教室に移動する。英文和訳では「接続詞」before(〜するまでに)の用法を勉強した。
新2年生のENさんは「不定詞」の様々な用法を勉強した。特に seem to〜や happen to〜は、「話者の判断」を付け加える働きで。助動詞とよく似ている。
新2年生YO君も「不定詞」で It seems that 〜 をseems to 〜に書き換える練習をやった。
中学3年生になるNI君は「疑問文・否定文」の作り方を勉強した。すでに十分知っている内容だけど、「間接疑問文」では 疑問詞+S+V の語順になることはよく知らなかったね。後半は「募金は難のため?」という「笑い話」の英文を和訳した。「関係代名詞」と「現在完了」の2つはまだ未習項目なので少々難しかったね。 尾上
(追記)2000年7月家内と渡米してNY市に滞在中、さらに国内線に乗ってシラキュース空港に降り、出迎えのデルボルゴ氏に再会した。シカゴの「バンド・クリニック」以来12年ぶりのことだ。私が委嘱してあった吹奏楽作品を受け取りに米国最北部・カナダ国境のご自宅を訪問することになった。空港から高速で2時間もかけたからきっと東京―静岡くらいあったかな。
そこは同じニューヨーク州の最北端ウオーター・タウンという町の郊外にある別荘地だった。オンタリオ湖から流れ出たセントローレンス川に向かって広い庭があって星条旗が掲げられていた。奥様が育てたルバーブが料理され、朝食には特産のメイプルシロップが添えられた。成長して家を出たお嬢さんの部屋をお借りし一泊した。
作曲家の書斎に招かれ、アップルコンピューターのソフト「フィナーレ」で打ち込んだ新作楽譜A Remembrance(追憶)をコピーして頂いた。PCのつくる音源で参考に聞くこともできた。いよいよこれを、沼津東高校の吹奏楽部が演奏してコンクールに出場することになるのだ。期待は大きい。
翌日は町の観光に案内して頂いた。セントローレンス川は国際河川なので灯台もある。川添いにはライラックの紫の花が一杯で美しい町だったなあ。
デル・ボルゴ氏は晩年、冬になるとフロリダ州の別荘に移った。数年後、フロリダのディズニー・ランドを訪問した折にも、ご夫婦で面会に来てくださった。作曲家にしては珍しく気さくで人間が本当に大好きなお人柄だった。惜しくも3年前に亡くなられたということで、奥様にメールでお悔やみの意をお伝えした。









