御殿場は昨夜からの雪で今朝は辺り一面うっすらと銀世界になって美しい。静岡では真っ青な晴天だというのにこの500mの高原は一日中粉雪が舞っていた。今日は国公立大学の「前期試験」だったね。KI君、EC君、MIさんの3人がこの裾野教室の出身で、御殿場教室からはYAさん、三島教室からはTACさんも今日、東京、静岡、金沢とそれぞれ遠くの受験会場まで出かけた。みなさんの実力がきっと十分に発揮できたと信じたい。
結果発表がでるのは7日〜10日後のこと。きっと「卒業式」も終わっているね。さらに3月12日の「後期試験」にむかって今一度気持ちを引き締めよう。まだまだ受験シーズンはこれから本番で20日過ぎまで続く。ここまで伸ばした英語力にさらに磨きをかけ、少なくともダウンさせないように4月に大学の授業が始まるまでは「UG会」に出席してほしいな・・・。
2年生のTA君は前回「愛知医大」の和訳をやった。「仮定法」の用法で If がない場合も助動詞のwouldやcould、mightがあったら、「文の一部に『仮定』を見つけ『〜ならば』を補え」と覚えよう。For that purpose, it would be better to turn to the natural and the social sciences and history. でも文頭に仮定があると判断し「そういう目的ならば」と訳せば正解だ。「自然科学や社会科学とか歴史学に向かう方がいいでしょう。(哲学よりは)」
今日は前置詞の toや withをとる「動詞」をやった。「立教大」の英文「未知の単語は文脈で判断せよ」はとても正確に訳せていたね。「東大」の英文和訳が難しかったね。 We fear indifference more than hate; we cannot address those who are indifferent to us. 「憎しみよりも無関心のほうが恐ろしい。なぜなら私たちに無関心の人たちには話しかけられないから。」 addressは「住所」のほかに「演説」。ここでは動詞だ。
Addressといえば Abraham Lincoln’s Gettysburg Address 1863 が有名だ。「南北戦争の激戦地ゲティスバーグでリンカーンがやった演説」のこと。・・・ that government of the people, by the people, for the people, shall not perish from the earth. 「人民による人民の為の人民統治は地上から滅びさせてはいけない、と・・。」 governmentは動詞 govern(統治する)の名詞で1統治、2政治、3政府、と意味が拡張する。明治の頃の英語の先生が「人民の人民による・・政治」と訳したからとんでもない誤訳で、社会科の授業でもそのまま使われて訂正されるチャンスがない。困ったものだ。
大学生のSUさんが大学の「言語学」講座でこの1年間使用したテキストとノートを見せてくれた。大阪外語大の「影山太郎」や「日比谷潤子」などの編集だからとても素晴らしい教科書だよ、と保証してあげた。英文の構造理解には最近の「生成文法」から説明するのが一番いいし面白い。この「チョムスキー理論」で日本語の構造もしっかり説明できるんだよ。次回、影山先生の「動詞意味論」という私の愛読書をみせてあげよう。
今日のTOEIC対策は「大学センター試験」2013の問題をコピーしてやってもらった。どちらも4択問題で問題傾向も難易度もほとんど変わらないし、日本で作成している(らしい)TOEICの問題は、センター試験の作成者集団ときっと同じではないか、と私は勘ぐっている。(勿論、秘密だろうけど)。予想問題が2回分しか載っていなくて3000円もする市販の問題集を買うまでもない。センターで70%とれればTOEICでも同じくらい取れるさ。 尾上
(追記)上野の「東京都文化会館」はなつかしい。大学時代の4年間、両親と千葉県の「南柏」に住んでいたので上野は乗換駅だった。あずき色の「常磐線」を降りて,外語大のある巣鴨までウグイス色の「山手線」に乗っていた。
公園口の改札を出ると真正面には「地下・リハーサル室」の入り口。愛器ホルンを抱えて厳しい守衛の検問を通って入るのが誇らしかった。世界の著名な指揮者も演奏家も必ず通る楽屋の玄関口だからね。3年生の頃「東京楽友協会」というオーケストラに入団して毎週ここでリハーサルをやった。ショパンのピアノコンチェルトもやったなあ。
先週「リハビリ病院」のため東京に出て上野の「国立博物館」に寄った後、なつかしの「上野公園」を横切ってJR上野駅まで歩いた。スターバックスのカフェなどができてどこかパリ風のおしゃれな雰囲気になっていたけど、「科学博物館」と「西洋美術館」のあたりは昔のままだし、「上野文化会館」にちょっと入ってみると自分の母校のような「音楽学校」に戻った気分だ。
1Fの大ホールや小ホールのコンサートには何度も通った。巨大な「NHKホール」が代々木にできるまではオペラもこのホールだった。エレベーターで上の階にいくと小さな「音楽資料室」があって、LPレコードをリクエストするとヘッドフォンで試聴することができた。無料の「音楽喫茶」の代わりになったよ。楽譜も高価なのでここでは図書館のように閲覧させてもらうことがあった。
1961年の開館だから私が高校3年生の時、「東京オリンピック」の3年前のことだ。それまでコンサートホールと言えば東京には赤レンガの「日比谷公会堂」しかなかった時代、「東京芸大」のある上野の森にこんなクラシック音楽専門の「文化の殿堂」が誕生したのだ。その頃、上野駅地下通路も上野の森も「ルンペン」、つまりホームレスのたまり場だったのに。
そろそろコンサートが開場するのでチケットをもった音楽ファンがいっぱいだった。そのロビーの隅に小さなショップがある。楽器や楽譜をデザインしたグッズやアクセサリーがたくさん並んでいる。久しぶりに来た記念にかわいい挿絵の「領収書用紙」を買った。UG会のためにね。キリンがアルペンホルン、象がチューバを吹いてライオンがチェロを弾いているよ。









