TAYさんは「接続詞」の項目で SV such〜 that SV・・を勉強した。「so 〜 that構文」と同じように、「とても〜なので・・だ」と後の「結果」を主眼とする訳(1)と、「・・であるほど、それほど〜だ」と前の形容詞・副詞の「程度」を強調する訳(2)がある。今日は添削に回っていく前に用事で早退してしまい、見てあげられなかったね。持ちかえって見たら、上記の(1)と(2)の違いがとてもしっかり判別できていたよ。来週じっくり解説するね。
TACさんは「比較」をやった。語句並べ替えがとてもよくできていた。 You are less likely to gain weight in summer than in winter. (冬と比べると夏の方が体重が増える可能性が少ない。)は難しかったね。「劣等比較」といって be more likely to 〜(〜する可能性がもっとある)の逆だ。早稲田の英作文で「これは始めに思ったほどやさしくない。」は動詞「思った」と「やさしくない」に着目し、「それは始めやさしいと思われた」 It seemed to be easy first が作れるはず。それを接続詞の as(〜とくらべて)でつなげば、 This isn’t so easy / as it seemed to be first.と書けるね。 I seemedではおかしい。I thought it was easyならOKだけど。
TU君は前々回はテスト対策のために「比較」のプリントを自宅でやってきた。最上級を強調するのはby far the best player (飛び抜けて一番上手な人)。be likely to 〜(〜する可能性がある、〜するらしい)は助動詞の may(〜かもしれない)と似ている。先週は「仮定法」をやった。明治学院の英作文で、「もう10ドルあれば、ずっと欲しいと思っていたこの本が買えるのだが。」が難しかった。「Ten more dollars を主語にして」と注文付きなので余計に難しい。注文を無視してとりあえず平易な表現で書いてみれば、例の「無生物主語の文」を思い出せるかもしれない。「もう10ドルが、私にこの本を買うのを可能にするだろけど。」という「原因・結果」の表現が浮かんでくる。 Ten more dollars would enable me to buy this book which I have long wanted.
OH君は前回、入試問題の「語句並べ替え」をやった。得点アップにはイディオムをさらに増やすことが大事だね。 make friends with〜(〜と友達になる)、 for yourself(自分の力で)、those present(出席している人々)、catch 人 by the arm(人の腕をつかむ)など。今日は部活もなく、一番に出席して3時間たっぷり「受動態」に取り組んだ。まずは基本例文をしっかり和訳することから始めた。とてもいい復習になるね。関西学院の「誰だってからかわれることはいやだ。」はイディオムThey make fun of him.(彼をからかう)を受け身にしてNobody likes to be made fun of.といえばよい。
2年生NIさんは前回、「接続詞(1)」を勉強した。語句並べ替えは70%正解だったね。「〜まで(ずっと)」(継続)は untilや tillだが、「〜までに」(完了)なら beforeとか by the timeを使って接続する。今日の和歌山大の和訳はほぼ訳せていたね。 Advertisements are one of the most important cultural factors, reflecting and even forming our daily lives today. (広告は文化のもっとも重要な要素の一つで、今日の我々の生活を反映しているし、我々の生活を作り出すことさえやっている。) reflecting と forming は共にour daily livesを目的語にしている。例えば、TVで「カレー」のCMは「最近みなさんはカレーを食べていてるね」という現実生活の反映と、「今日もカレーにしてみない?」という食生活の提案までやっているということ。
1年生YO君は「基本文型」の復習をやった。第5文型のSVOCが難かしいね。OとCが主語・述語の関係になっていることに注意。「動名詞」と「不定詞」の文法問題をやってかなり正解が出せた。ただし「関係詞」の項目はまだ学校でも未修なので中学の知識のまま。中級のレベルの問題だから歯が立たなかったね。基礎をしっかり勉強してから再挑戦しよう。 尾上
(追記)昨日の「1976ヨーロッパ一人旅」の第2部です。
スイス・ジュネーブから乗った列車の乗換駅でパスポートを見せて再びフランスに入国。夏スキー客で賑わう避暑地の「シャモニー」に着いて、ロープウエーで「エギュ・ド・ミディ」に登った。山頂駅でさらに乗りついで行けることを発見し「このままイタリアに越えてしまえ。」と決断した。「モンブラン」の大氷河をユラリユラリと越えていった。簡易のロープウエーだから、次のゴンドラが乗車するたびにこちらも停まってしまうんだ。その間なんの音もなくたった一人でゴンドラに乗っているのは「コワかったよ−」。
40分後にやっと着いた国境の山小屋が「フロンティア」駅で、フランス人の出管とイタリア人の入管の役人がいてパスポートをちらっと見せるだけで手続き完了。ここから一気にイタリアの避暑地「クールマイヨール」に下っていった。シャモニーからここまで3本のロープウエーを乗り継いで合計2時間も乗りっぱなしだった。その昔、ナポレオンは馬でアルプスを越えたが、私はゴンドラで越えたよ。
田舎町のアオスタに一泊して翌朝トリノからイタリア半島を南下、「ピサの斜塔」で有名なピサで乗り換えて、一面のトウモロコシ畑を見ながらF芸術の町「フィレンツエ」に着いた。予定した滞在時間はわずか3時間。ここでは「ウフィッツイ美術館」に行って大好きな「ティツィアーノ」の名画「フローラ」と「ボッティチェリ」の「ビーナスの誕生」「春」を見て大いに感動。
その日の夕方に到着したG「ベニス」では通貨のリラがなくてゴンドラにも水上バス、水上タクシーにも乗れず街中をぶらぶら歩き。ここは貸し自転車もない。橋が多くて無理なのだ。道に迷って一番の観光地「サンマルコ広場」にも行けずに時間切れ。おみやげにカメオを買って夜行列車に乗りこむ。イタリア人はさすがに色彩感覚がすばらしい。たかが車窓のカーテンの色も生地も豪華だ。列車は「トリエステ」を通過しイタリアを離れた。
真夜中にイタリアの国境を抜けた田舎駅で列車に乗り込んできた入管の役人にパスポートを見せて、いよいよ共産圏の「ユーゴスラビア連邦(旧名、今はない」に入国。大学時代に私が留学したかった国だ。セルビア・クロアチア語の第一人者になって大学で教えることも夢の一つだった。(第3部は次回17日に載せます。)









