先週自転車で内浦の海岸を走った。重須の入り江に後北条氏が水軍の城「長浜城」を築いていたとは知らなかった。海抜ゼロから見上げた富士の神々しいこと!
YU君はセンター試験が終わって三島に参加した。今日は学校で自己採点の日だった。英語は筆記もリスニングも例年のように易しめだったね。紛らわしい問題もなくて英文完成問題も素直だった。英語も含めて90%以上得点出来たというから志望の一つ浜松医大は確実だ。前回、弘前大の問題「日本で驚いたこと」では After all, I came to Japan expecting to find, and ready to accept, ways of thinking and doing that were different from those I had learned in America. andは形容詞の readyと何を並列しているかな。分詞のexpectingしかないね。He came singing songs.「歌を歌いながら来た」と同じ構文だから、being ready のことと考えれば「アメリカで学んだものとは異なる思考や行動の仕方をみつけていつでも受け入れる気持ちで日本に来たのだった。」
MA君もセンターで英語が上出来だった。YU君と同じ90%以上も点がとれて筑波大・教育なら確実圏にいるらしい。リスニングも46点というから絶好調だったね。今日は久々に文法問題をやってみたが意外に出来てない!センター試験のマーク式にばかり強くなって記述力が落ちたか?二次対策をすぐに始めなくちゃ。
NU君はセンターで60%取れたようだ。全国平均というところかな。来月の日体大の入試に向かっていよいよ猛烈に勉強しよう。今日は「受動態」の入試問題をたくさんやった。「からかう」は make fun of 〜だから「だれでもからかわれることはいやだ。」Nobody likes to be made fun of. イディオムになった動詞句の扱いに注意。
TA君は前回のプリントのやり残しをやった。慶応大の長文「ビルマの軍政を逃れて隣国のタイで難民の医療をやる女医の話」が難しくてほとんど誤答だった。英語力が落ちてきたね。年が明けて学校の授業が少ないのも要因だ。だからこそ、自分で高める努力をしないとせっかくの英語力がどんどん消えていくよ。
1年TAMさんは「関係詞」の上級編を勉強した。関係代名詞にはwho, which, that, whatがあるが、「先行詞」によっては特殊なas, than, but も使われる。それぞれ先行詞にthe same や suchがある時、比較級の語がある時、否定語がある時、に注意しよう。As is usual with young people nowadays, he can’t do without comics. (今日の若者によくあるように、彼はマンガなしで生きていけないのだ。)このAsの先行詞は後半の文で、本来は前述の文の内容を受けるwhichの働きだ。
2年TACさんは明日実力テストがあるので、その対策勉強で自習した。
TAYさんは前回、 接続詞asの特殊な構文がよく理解出来ていたね。和訳も4問はよくわかっていた。難しかった残りの1問は ; but poverty is never felt so severely as by those who have, to use a common phrase, “seen better days.” で、否定の比較構文Nobody is so tall as he. が He is the tallest. と同意だと知っているでしょ。「〜人が貧困をいちばん厳しく感じる。」と能動態ですらっと訳せばわかりやすいね。「カンマ・カンマは括弧」を思い出せば、have seen better days. (もっといい時代を見たことがある)の中に「よくある言い回しを使えば」が挿入されているから、引用符の中を「昔はよかった」と訳せると良かったね。
先週体験授業に参加した2年生のKOさんが真っ先に教室に到着していよいよ新入会となった。すごく意欲的だね。2年生は去年の4月から「重要構文101」を勉強してきた。「仮定法」が終わって1月は「比較」を始めているので、KOさんもそこから開始することになった。今日は第63課 not so much A as B(AというよりむしろB)と第64課「比較級を使った特殊表現」を勉強した。易しめの入試問題で和訳をやってもらうと、書くことで自分の理解の「あやふや」な箇所が如実に現れる。「接続詞」+S+V を英文の最小単位と見る習慣が身につけば一歩も二歩も上達するよ。 尾上
(追記)レンタルビデオで「富士山頂」を見た。懐かしい石原裕次郎の制作・主演で1970(昭和45)年に上映されたもの。宇野重吉、芦田伸介、山崎努、渡哲也などそうそうたる(!)演技陣が顔をそろえて圧巻だ。しかし君たちには初耳の人ばかりかな。私がすでに読んだ「八甲田山死の彷徨」「強力伝」やNHKで最近放映した「芙蓉の人」と同じ新田次郎の原作を映画化したもの。これらは「山岳小説」のジャンルにはいる。
静岡県では昭和33年の「狩野川台風」の災害を記憶している人も少なくなっているが、翌年の「伊勢湾台風」は犠牲者5000人という未曾有の甚大な被害を残した。気象庁は台風接近をもっと早めに予知することが急務となっていたのだ。それまでは巨大台風の接近が数時間前にやっとつかめる状況だったのが、日本で一番高いところつまり「富士山頂」にレーダーを設置することで数十時間も前に予知できるという進歩を成し遂げた。完成は昭和39年のことで、馬の代わりにブルドーザーで山頂近くまで荷物が運べるようになったし、レーダーを保護する巨大な600キロのドームを空輸するヘリコプターも当時としては画期的だったようだ。気象庁職員・三菱電機社員・土地の強力(ごうりき)などその建設時の困難・苦労が、いつも見慣れた「山頂」や「太郎坊」を舞台にリアルに描写されて興奮させられた。
いまでは歴代の気象衛星「ひまわり」が種子島から打ち上げられて、日本近辺を広く上空から映し出すから、不要になったレーダードームは15年前に取り払われて、今では138号線「道の駅・富士吉田」の丘の上に展示されている。山頂の気温マイナス30度や台風時の100mもの強風がどんなものか実際に体験できるから一度行ってみるといいよ。私は富士山には4度登った。山頂の「剣が峰」にまだ残る観測所の建屋はさまざまな寒冷地実験に利用されているそうだ。
