101回目は足柄峠口から「金時山」に登った。下りの時間を節約したくて、レイチェルを押してゆるやかな長い尾根道を登っていった。ゲートから先は進入禁止で山小屋の営業車専用の林道だけどよく整備されている。最後の「急階段」の手前で大木に愛馬をつないで下山まで待たせておいて山頂へ。下りは30分がたったの10分。予想通りあっという間だったが、朝晩凍結する道が溶けていたおかげで愛車は一面ドロンコ!
2年KI君は前回、東京薬科大の問題で「接続詞」の扱いが不明確だった。文と文を対等の関係につなぐ「等位接続詞」は5つ and(追加), but(逆接), or(選択), for(理由), so(結果) と覚えよう。「逆接」の butには副詞のhowever, (and)yet, on the contraryなどがよく代用される。 orは「命令文」の後だと「さもないと」の意味になるのは中学で学んだが「すなわち」とか「言い換えれば」と「前文」の説明として訳す場合もよくある。for は文頭に出ることもあるが「なぜならば」の意味で、「従位接続詞」のbecause(〜なので)と区別しよう。
EC君は「鯨の公式」という受験生用語を始めて聞いたんだね。「鯨が魚ではないのは馬の場合と同じ」という例文が典型的だからそう呼ぶ。than以下に自明の「たとえ」をのべて、主文をno moreで否定したり、no lessで肯定したりする特殊な構文だ。数字の前に修飾語としてつくno more than(わずか〜)と not more than(多くとも〜)の違いも覚えかたは簡単。一方はnoが more(多い)を否定するから「わずかに」onlyの意味。他方はnot(副詞)が more than〜を否定するから「より多いことはない=多くとも〜=せいぜい〜」となる。lessも同様に考えるとよい。
3年TA君は文法問題が得点出来なかったね。せっかくの英語力を維持して4月からの大学の授業につなげるにはなにか目標をもつといいね。英検の2級や準1級をめざすとか、TOEFLテストを受けてみるとか。
YU君は和訳の力がとても上達して、読みやすくわかりやすい日本語が書けるようになった。前回、都立大の問題でセミコロンが2度出てきたけど、なにも気にしなかったね。ピリオドでもセミコロンでも、接続詞なしで2文がつながったら英語では普通、前の文の「説明」か「理由」なのだ。つまりorか forだ。日本語なら黙っていると「そして、さらに」つまり andか soの意味に解されてしまうから、ひとこと「すなわち」と言っておきたいね。
YAさんの和訳もとてもよくなっているね。前回「ホワイトハウス」の呼称のいきさつを述べた一節で、 , but this didn’t become its official name until 1920, when Theodore Roosevelt adopted it. は「〜にならなかった」と動詞を否定する趣旨ではなく、後ろのuntil 1920以下を「焦点(フォーカス)」にしているんだ。「〜が公式の呼称になったのは1920年以前のことではなかった。それ以後のことだった。」となる。 I don’t think he will be successful. も「〜と思わない」じゃなくて、後の節にnotの焦点が当たっているんだ。副詞のalso、evenが「動詞」の直前におかれても、tooが文尾におかれても、文中のどの部分を「焦点」に当てるかは自分で判断しなきゃいけないのと似ているね。
大学生のSUさんは学年末試験の期間中でまだロシア語の試験が残っているが、それが終われば長―い春休みが始まる。2・3月が春休み、8・9月が夏休みだから1年52週の内大学の授業は20週くらいしかない、と知ってた?どの科目も週に1回だから、特に語学などは身を入れて積極的にならないとモノにならない。ちなみに高校でもせいぜい30週だけどね。今日のTOEFLは「父の日の制定」を読んだ。those deceased は「死んだ人たち」でthose present「出席者」と同じwho areの省略と見る。追加のプリントでBBCの記事 Why do I feel hungry? 「空腹を感ずる理由は?」を読んだ。 It is a very powerful human instinct which can compel us to extremes of behaviour. 「空腹は極端な行動に走らせることのある強力な本能だ。」 英国英語King’s Englishだからbehavior のスペルが違うのに気がついた?
来週は会場の変更で、11月の時と同じように隣接の「生涯学習センター」の1階で実施します。 尾上
(追記)「椿姫」って聞いた(聴いた)ことある?ベルディの傑作「ラ・トラビアータ」が昨日NYのオペラハウスからライブでネット中継された。ヒロインが死んでしまう悲恋の物語だ。「乾杯の歌」などよく聞き慣れた名曲ばかりで興奮の連続だった。朝10時から、ということはNYでは前日の夜8時。終演はたいてい11時か真夜中の12時になる。それから聴衆はマイカーか終夜営業の地下鉄で帰宅することになる。放送では幕間にゲストを交えた解説やお話が聴けて、英語の勉強にもなるし楽しみも2倍、3倍となる。
METOPERAで検索すると毎週1回、だれでも無料で聴くことが出来るのでMET Live Streamを一度visit(閲覧)してみて。音声だけで映像がないので私はよく楽譜を見たり一緒に歌ったりしている。フルスコアといってアリアや合唱だけでなくオーケストラの各パート全部が載っている指揮者用のもの。これで楽しみが4倍、5倍になる。
今月入会したKOさんは吹奏楽部でフルートを担当しているそうだ。同じ2年生のTAYさんもオーボエを吹くし、TACさんのお姉さんも元UG会員で昔は中学で吹奏楽部員だったためにオペラ好きになったらしい。マリア・カラスが大好きと言っていたなあ。わたしも中学・高校・大学と10年間もトランペットから始めてアルトサキソフォーン、フレンチホルンを吹いていた。楽器演奏は一生の趣味に最適と思うよ。
私の音楽歴は10歳、小学校4年から。コーラス部に選抜(?)されてソプラノを歌っていた。まだ声変わりする前でしばらくは女の子と同じ高音域だった。中野区の桃園第3小は合唱の伝統校で、3年間関東大会で2位をとり続けた。中学受験にも熱心で、クラスの友人たちは何人か「麻布中」「武蔵中」など名門の中高一貫校に進学した。隣の杉並区高円寺に住んでいてすぐ近所に小学校があるのに、祖父がわざわざ越境してまで通わせた意味があとでわかった。しかし都会の少子化で数年前に統合され廃校の憂き目にあった。悔しいね。
私の中学入学前にちょうど父の転勤があって、関西に転居した先の「市立宝塚中学校」へ。ここでブラスバンドに入部した。戦後10年ではまだ楽器が充分でなく新入生の私にはアコーディオン(!)。兵庫県が「国体(国民体育大会)」開催県で、宝塚のプールサイドで水泳大会の開会式演奏をしたのを思い出す。聞き覚えのラテン「ラ・クンパルシータ」をトランペットで一人吹いていたら、理科の矢野先生が音楽室に飛んできて「ヤメロ!」とどなられたなあ。そして隣国の朝鮮戦争による特需で日本がやっと景気回復して、中3の時に顧問の先生から「オノエクンやってみる?」と、ピカピカのサキソフォーンを手渡された。
半世紀も前の日本ではまだ輸入楽譜も手に入らず、定番のマーチのほかにクラシックの日本版で手に入ったのはヨハン・シュトラウスのワルツ「ウィーンの森の物語」ぐらいしか覚えていない。チターというアルプスの民族楽器が加わる美しい曲だ。その後、吹奏楽コンクールも全国的になり、楽器や楽譜が充実するにつれてオペラの名曲もどんどん吹奏楽で演奏されるようになった。
私も御殿場南高校や沼津東高校でヴェルディの「運命の力」「ナブッコ」やワグナーの「タンホイザー」「名歌手」などの序曲を指揮した。地方ではオペラの全曲上演をナマで経験するチャンスはなかなかないけど、吹奏楽で触れた名曲に大きな影響をうけて、後の人生で合唱やオーケストラ・演劇などの舞台芸術に興味が発展していく例がたくさんあるんだ。バレエもその一部だけど「オペラは総合芸術」と言われる所以だね。









