YAさんは前回「金沢大」の英文「文化の維持には敵との出会いが必要だ。」を読んだ。いつも言ってきたように「句読点は意味をもつ」から、セミコロン(;)やコロン(:)やダッシュ(ー)などで後の文が前の文とどういう関係になるかを見極めて和訳を添えなくてはいけない」。ここでは「すなわち(説明」「一方(対比)」「なぜなら(理由」の3通りが出てきたね。つまり等位接続詞で言えば、or、 but、 for、が省略されていると考えて良い。なにも訳さないと日本語の文脈で and「そして(並列)」 so「だから(結果)」の意味に解されてしまうのです。SVO言語の英語が「演繹的」deductive(始めに結論を述べてから理由・説明を加える方法)であるのに、SOV言語の日本語が「帰納的」inductive(理由をいろいろ述べてから結論に至る方法)の故なんだな。接頭辞de-(外)とin-(中)の違いだし、どちらがダメという訳でもない。ここにもチョムスキーのUG理論が潜んでいるよ。
YU君は「慶応大」の「文中でもっとも強く発音する語」の問題が難しかったね。普通は自立語(動詞、名詞、形容詞、副詞)を強く、付属語(代名詞、前置詞、接続詞、冠詞)を弱く、が原則だけどその原則を破る問題だった。注意すべきは「言葉はナマモノ」だから、「前に言ったこと、言われたことに反対、訂正・追加する部分をフォーカス(焦点)にして強く発音するのだ。aじゃなくてtheということもある。私たちの日本語も同じ事をやっているよ。know him とknow about himは違うよね。「彼の人柄がわかっている」と「彼のうわさを知っている」の違いさ。後者はknow something about himのこと。そのためにaboutを強く発音するのだ。千葉大の和訳は良くできていたね。
TA君は近畿大のアクセント問題が満点だったが中央大のイディオム完成は難しかった。問題処理をもっとスピードアップしないといけないね。
2年生EC君、KI君は「仮定法現在」をやってから次の「比較構文」に進んだ。まずはas〜as構文から。中学以来なじんだ「・・と同じくらい〜」だけど、実はそんなに単純ではない。そもそも前のasと後のasは全く性質が違うし品詞も違う。He is as tall as I. は中2でもわかる。 しかしHe is as tall a student here in his new class as anyone is. はどうかな。「彼は新しいクラスでは誰にもまけず背が高い学生だ。」前のasは「同じくらい」の意味の副詞でtallを修飾。後のasは「〜とくらべて」の接続詞なんだ。 だからasとasの間は1語と限らずよく見極める必要があるんだ。中2の文も実はHe is as tall /as I am (tall).と言っても良い。「私の背と比べて同じ背の高さだ。」ちなみに今日の3年生には ,but a household with children is twice as likely to have at least one camera as a household in which there are no children.(名古屋大)がでた。「子供のいる家庭は、カメラを少なくとも1台はもっている件では、子供のいない家庭とくらべて、2倍可能性が高い。」 ただし、As soon as SV, 「〜するとすぐに」や、 as much as〜「数字の強調、〜も」のようなイディオムは別にして。 尾上
(追記)アガサ・クリスティ原作のサスペンス「オリエント急行殺人事件」を映画で見たことがある?まだ旅客機のない時代、トルコのイスタンブールを出発してフランスの北岸カレーまで走る国際急行列車がクロアチアの山中で雪崩に遭ってストップし、その間に豪華列車の中で殺人事件が起こる。名探偵ポアロ氏が数人の疑わしい乗客の中から犯人を捜し当てる、というミステリーだ。
この路線を一部でも走ってみたくて、私33歳のヨーロッパ一人旅の時に乗ったのがパリからロンドン間だった。ドーバー海峡をナイトフェリーで渡った思い出は以前のブログに書いた。ロンドンでは大学の親しい後輩が銀行員で家族と駐在中だったのでそこに居候して観光した。さらにドイツでは同じく親しい先輩がドイツ女性と結婚してフランクフルトに住んでいたのでそこにお世話になった。チェロ弾きの彼の世話で私も一台紹介してもらいおみやげにした。
ドイツ滞在中ヨーロッパ7カ国の旅に出た。まず列車でミュンヘンまで南下して「ノイシュバン・シュタイン城」を訪れてから、グリンデルワルドで「アイガーの北壁」を展望し、峠を越えるローカル列車に乗ってレマン湖経由でスイス・ジュネーブに行った。フランスのシャモニーからロープウエーを3つ乗り継いでアルプス・モンブラン(4810m)の氷河を越えイタリアのアオスタに抜けた。ここでさらに「オリエント急行」路線を踏破したいと思い、トリノからフィレンツェ、ベニスと観光しながら、国境を越えて旧ユーゴスラビアへ。私が学生の頃留学を夢見た国だ。クロアチアのザグレブを観光した後、セルビアの首都ベオグラードまで列車の旅を続けた。しかし残念ながら時間の都合でここでストップ。残りの路線はブルガリア・ソフィアを通って終着駅トルコ・イスタンブールまであと1,2日の距離だが長年の思いはなんとか達せられた。
帰路は、あこがれの音楽の都ウイーンとザルツブルグを観光して、ミュンヘンからは「ロマンチック街道・バスの旅」を利用してフランクフルトの先輩宅に戻った。その時の旅行記は赤色の小さなポケット版で今でも大事にしている。幼い息子たちを置き去りにして夏休みに4週間も旅が出来たのは家内の内助の功だ。時折、このブログ日記に書き足していこうと思っている。
「オリエント急行」は私のヨーロッパ旅行の翌年に廃止されて、有名な車両はタイのバンコックからシンガポールまで観光用に走らせているらしい。日本でもすぐ近くで見られるよ。箱根・仙石原の「ラリック美術館」には「オリエント急行」の豪華な1等サロンカーが展示されていて走らないけど乗ることも出来る。ここにルネ・ラリックの見事なガラスの透かし彫りがはめ込まれていておいしいお茶を頂きながら鑑賞できる。実は、30年ほど前に1回だけパリからモスクワ・北京経由で、香港まで記録的長距離営業で走らせて、さらに船で広島に運び日本国内を縦横に走らせるという観光イベントもあった、とは知らなかった。ここではその時の1両を買い取ったそうだ。









