「かぐや姫ミュージアム」
吉原高校からもう一度アーケード街に戻って、昔の東海道の痕跡を探すことにした。静岡銀行吉原支店の角でいきなり左折し100mほどでまた右折する「鍵型」なのは、通りにくくして江戸を豊臣家残党から防御するためだったとか。村山神社に向かう古い富士登山道はこのあたりから東海道と別れて「大渕街道」になる。東名高速のガードをくぐると坂の途中に「富士市立博物館」があった。広大な「広見公園」の一画に「歴史民俗資料館」やいくつもの明治の洋館や茅葺の旧家が移築されている。
小さな博物館だけど愛称が「かぐや姫ミュージアム」といって2階に常設展示されていた。「かぐや姫伝説」は日本各地に見られるそうで、この地の「かぐや姫」は月ではなく富士山に戻って行ったという伝説を知った。お目当ての「村山古道」の展示もなかなかなもので昔の修験者の装束やら持ち物も見られるし、鈴川の海岸(田子の浦)で身を清め、村山登山道を登って頂上に至った宗教儀式としての「富士登山」を大きな古地図を使ってわかりやすく解説してあったよ・・・
3年生のSI君は前回「群馬大」の英文「年齢による社会構成」の和訳が難しかった。Age also plays as important part in how people relate to one another across the whole range of everyday experience. 「年齢は日常の体験の全体にわたって、人々のお互いの関係の仕方にも重要な役割をはたしている」。今日はseem to使う文の和訳が難しかった。What little money he earned he seems to have spent in drinking. は動詞spentの目的語がwhat以下で文頭に移動しているね。「彼は自分で稼いだわずかな金をすべて酒に使ってしまったらしい」。ここのwhatはwhatever (どんな〜でも)と同じだ。
2年生のWAさんは前回「動名詞」でon 〜ing (〜するとすぐに)、in 〜ing(〜したときに)を勉強した。今日はbe likely to〜(〜する可能性がある、〜しそうだ)を使う英文の和訳が難しかった。One explanation for the popularity of health foods is a belief that a natural diet, which is close to that eaten by primitive man, is likely to be the most suitable for human digestion. 「健康食品の人気の理由は、自然食が原始人の食べた食事に近いから、人間の消化に最も適している可能性がある、という考え方なんだ」。前のthatは「同格」(〜という)、後のthatは「それ」でeatenに修飾されてdietの代名詞。SとVの間にカンマで挿入されたwhich〜がnatural dietの説明だ。
1年生のMUさんは前回「イギリスの方言」の英文和訳が難しかった。Most people take this diversity for granted much of the time. 「ほとんどの人たちはたいていこういう多様性を当然のことだと考えている」ではtake A for B (AをBだと考える)の構文に気づくとよかった。今日は「否定」の文法と作文をやった。「大学の勉強が社会に出てすぐ役に立つとは限らない」は、Your studies at college will not always be useful in the world soon. これは「部分否定」といって、alwaysやevery、both、allのような「100%」を意味する語が「否定文」で使われると「100%だという訳じゃないよ、100%とは限らないよ」の意味になるんだ。
裾野教室のICさんが出席した。前回は英作文で、「彼と私は京都まで一緒に旅行しましたが、そこで別れました」は、He and I traveled to Kyoto, where we parted. 京都を先行詞とする関係副詞whereはand thereの意味だ。今日は「人be familiar with物事」(〜をよく知っている)と「物事be familiar to人」(〜になじみがある)の違いを勉強して英文を和訳した。We are familiar with the problem of communication between speakers of different languages who have been reared in quite different cultures. 「違った言語の話者で、全く違った文化で育った人たちの間の会話の問題点に私たちは精通している。関係詞who以下もspeakersを修飾するので「〜の話者」「〜の人たち」と2度訳語をつけるとすっきりしたね。 尾上
(追記)富士・吉原が「紙のまち」といわれたのは、明治になり東海道の参勤交代が廃止になると宿場が不要になって新しい産業を模索したから。原料になる「ミツマタ」を栽培し富士川の豊富な水で昔から「手すき和紙」が盛んだったこともあって、「製紙」が盛んになりたくさんの工場が生まれた。私が吉原高校近くに下宿していた頃、昭和40年代の旧吉原市は排気ガスの臭気がきつく高い煙突からもくもくと白煙が上がっていたのを思い出す。しかしその後すっかり環境が改善されて何の臭いもなくなった。
ミュージアムが閉館時間になった。帰り道は「大渕街道」をさらに登って行って「新東名」をまたいで「村山地区」に出てから国道469号線に入ろう。これは富士宮から「十里木」や「サファリパーク」を越えて御殿場に向かう山間の国道で「村山神社」の前を通っているんだ。近いうちにガイドブック「村山古道を歩く」の解説に忠実に沿ってそのルートを歩いて、今年中には海辺のゼロメートルから「村山神社」のある500mまでを歩いて完ぺきな「富士登山」を達成した一年にしたいんだ。









