「モスクワの民族合唱団」
私たち夫婦の新婚旅行地がちょっと風変わりな「シベリア」だった、と前に書いたね。その1970年当時、横浜「大桟橋」から出航するソ連船「バイカル号」はとても人気が高かった。ヨーロッパに行くにも「シベリア鉄道」で行く方が南回りの飛行機の半額だったし、その年はちょうど大阪で「万国博覧会」が開かれたからこれを利用するヨーロッパ人がいつも以上に多かった。しかし1週間以上かかるのと航空運賃がどんどん値下がりしたので、1991年のソ連崩壊の後は廃止されてしまったのだった。
大学時代の変わったアルバイトの話は、木材買取の通訳で貨物船に載ってシベリヤに行ったことのほかにもうひとつ紹介すると、4年生の時1966年10月にモスクワの「ピァトニツキー民族合唱団」が来日してその通訳を24日間やったのも面白かった。45人の男女ロシア人はモスクワから「シベリヤ鉄道」を使って8日間、ナホトカ港から50時間かけて「バイカル号」でやってきたので、私の仕事は「横浜港」に出迎えるところから始まった・・・
2年生のSI君は「二重否定」の文を勉強した。We never watch television without being influenced by it. 「〜せずには・・・しない」と二重に否定文が書いてある。そのままでも理解できるけど、結局は「・・・すれば必ず〜する」と「肯定文」で言い換えたほうが素直に頭に入るね。「テレビを見ると必ずその影響を受ける」と訳せる。もう一つIt wasn't long before the two of us were engaged in conversation. 「・・・するまで長くはかからなかった」。これも結局は「まもなく・・・になった」のほうがすっきりする。「まもなく私たち二人は会話を始めていた。」と。
TU君も今日から「否定構文」に入った。not A but B (AではなくてB)を使う英文を和訳した。The true test of intelligence is not how much we know how to do, but how we behave when we don’t know what to do. では、AとBに相当する部分がかなり長めの疑問詞節だね。「知性を本当に試す方法は、やり方をどれだけ多く知っているかじゃなくて、どうしてよいかわからないときにどうふるまうか、ということだ」。つまり、知性で大事なのは知識量じゃなくて判断力だ、と言いたいんだね。その前文でBy intelligence we mean a way of behaving in various situations. と、同じことを言っている。「知性とは、様々な状況でのふるまい方のことだ。」 尾上
(追記)東京や大阪・神戸での公演を終えて九州は福岡・鹿児島まで、さらに東京に戻って群馬・栃木にも毎日ステージに立つ日本全国ツアーだった。新型の日本製ジェット機「YS11」で鹿児島まで初の空の旅を経験できたし、京都から名古屋・静岡へは開通して間もない「新幹線ひかり」に乗った。「ニューオータニ」などの高級ホテルに宿泊し、テレビの朝番組に出演するため「スタジオ」に入ったのも初めてのこと。当時私は「日本育英会」の奨学金が頼りの貧乏学生だったので、頂いた桁違いのアルバイト代に驚いた。
この時の「公演プログラム」を久しぶりに引っ張り出して、思い出しながら書いている。男女はルバーシカなどロシアの民族衣装を着て歌って踊るし、バラライカなど独特な楽器も演奏した。曲目の解説ページは私が任されて訳したものだ。懐かしい。団員にペンで書き込んでもらったサインを見ると、「オノエサン、この写真を見てロシアの友人たちを思い出してね!」(一番仲の良かったアリョーシャ)。「ソ連と日本の友好をさらに進めましょう!」(魅力的なオリガ)。
この公演を招聘し私を通訳に採用してくれたのは「石井音楽事務所」。今は亡きシャンソン歌手の石井好子が社長だった。「尾上君、こんなヤクザな仕事を一生の仕事に選んではだめよ。」と忠告されたのも驚きだった。大学4年でまだ就職先の決まっていなかった私には貴重なアドバイスだった。それから15年後、御殿場に引っ越して来たら偶然にもすぐ近所に彼女の別荘があって、何度かお会いすることになったよ。









