御殿場市民会館にて
「大菩薩峠に登る」
50年ぶりの「大菩薩峠」1897mはすっかり様子が変わっていてイメージが結びつかない。峠に立つ山小屋「介山荘」もこんなに立派だったかなあ。大正時代に中里介山の書いた小説で有名になった。若い人や家族に人気の山で今日も山頂の「大菩薩嶺」から下ってくるパーティで賑わっていた。富士山はあいにく雲の中だけどこの峠は「上日川ダム」のダム湖と甲府の市街地を見下ろす絶景地だ。
山歩きの無理な家内を山裾の市立塩山図書館に預け、車で一人「上日川峠」まで行った。登山口から樹林の中を20分登ると「福ちゃん荘」が立つ。ここも昭和16年開業だと言うから、私が前回来た頃の小さな小屋は建て直していて面影は無いなあ。ピンクのヤナギランが咲く軒先に腰掛けて「イチゴのかき氷」を注文した。ひんやり!・・・
2年生MU君は前回、「関係詞」に関する文法問題をやった。 who、which、thatの用法はほぼ正解だったけどwhatが難しかったね。「彼はただ言われたことをした。」は He simply did what he was told to do. と書く。What は「こと」「もの」と訳して something which のことだと勉強したね。つまり He simply did something. とHe was told to do it. を一文につないだわけだ。 ただしHe is not what he used to be. の whatは「姿」と訳すとピッタリだ。「彼は以前の彼(の姿)ではない。」
今日は「It中心の構文」で、「形式主語」のitが後置の不定詞句to 〜や動名詞句-ingの代わりになる、と勉強した。It is no use crying over spilt milk. も crying 以下をIt に代入すれば意味が通じる。「こぼれたミルクのことを泣きわめいても無駄だ」。つまり「後悔先に立たず」、だから似たような日本語の諺では「覆水盆に返らず」に相当する。「形式主語」のIt は、that SV とか 疑問詞 SV のような長い従節の代わりにもなる。It was clear what he was trying to do.「彼が何をしようとしているのかは明らかだった。」のように。
3年生EN君は前々回、「関係詞」を使う入試英文を和訳した。「駒澤大」では They will only repeat something that somebody else has said about what they think they have been reading. 「自分が読んでいた、と思っている本についてだれか他の人が発言したことをただ繰り返してるにすぎない」。後半はwhat they have been readingに they think が「挿入」されている、と見てもいいけど、実は関係詞の whatが飛び越えて前に出たものだ。,they think, のようにカンマカンマをつけないと「挿入」とはいわない。前回は「学習院大」の英文 The rest of every man’s time will be his own, to do with whatsoever he likes. で カンマの後が訳しにくかったね。「あらゆる人の残った時間(つまり余暇)はその人自身のものとなるだろう。好きなことを何でもやれるようになる。」 do with は「〜を処理する」の意味。「〜と関係がある」 have to do with 〜と勘違いしたね。
今日は「無生物主語」の文法問題をやった。入試問題で誤答率の高いものばかり10題もでているから難しかった。 Despair drove him into crime. (絶望が彼を犯罪に駆り立てた。)も。「原因」+「使役動詞」+人+「結果」 の語順になっているから「無生物主語の文」で、「絶望して彼は犯罪に走った。」と訳すといい。
大学生のYAさんは英検1級の問題を2つやってみたら各3問、合計6問が全部正解だった。素晴らしいね!「ここでの練習で難しい英文がしっかり読めるようになって、最近受検したTOEICでは問題がやさしく感じられました、」とのこと。ますます楽しみだね。9月からのカナダ留学にも大きな励みだね。
「ターミネーター遺伝子」の一文では、テクノロジーの発展で「種苗会社」が利益追求のために、第2世代の作れない遺伝子のタネを開発しているそうだ。例えば最近のアサガオのタネは1代限りだね。よく「F1」と呼んでいる。しっかり均等に咲いてくれるけれど、その咲いた後に採取したタネでは翌年良い花が咲かないでしょ。また買わないといけない。
もう一問は「生体工学のインプラント」。歯科の治療法にインプラントがあるね。義歯をアゴの骨に埋め込むというスゴイ治療法だ。テクノロジーの発達は、全身マヒや視覚障害・難聴などの目や耳の能力回復のために、視神経・聴覚神経や脳神経自体に電極をつないでコンピューター処理しようというもの。スゴイ時代だね。よくある陸上競技のドーピングのように悪用されないといいけれど、と締めくくっている。
1年生のTA君と2年生AOさんはお休みした。 尾上
(追記)50年前の8月、夜中に山道を20キロ歩いて「大菩薩峠」に登ったことがある。中央線新宿発の最終列車で「初鹿野駅」(今の甲斐大和駅)に着いた、大学同窓のMA君と家庭教師の生徒SAさんの3人で、上日川峠までの県道を懐中電灯1本で歩き出した。その頃は知らずに歩いたが、ここは武田勝頼一族の悲劇の終演の地だったのだ。不気味!・・・
峠に着いた頃空が明るくなり「山小屋」のおばあさんにお茶を入れてもらい朝食にした。疲労で記憶もしっかり残ってはいないけれど、くだりも更に歩き通して青梅街道の「裂石」というバス停まで歩いて下り、塩山行きのバスに乗って帰った。30キロから40キロも歩き通したなんて、若さのせいか無謀な計画だったね。一緒に歩いたMA君はその後イルクーツクのロシア人と結婚して今は金沢市に住んでいる。SAさんは私の妻だ。









