普段は黒いスーツ、そうでないときはTシャツやセーターなどシンプルなものを着ているくせに、サンジは時々ふわふわしたものを身に纏う。ゾロはそれがすごく苦手だ。ルフィやチョッパーがたまにふざけてこちょこちょとしてくるのを、ゾロはくすぐったいと思ったことがない。ところが、サンジの纏うふわふわは、ちょっと触れただけでものすごくくすぐったいのだ。サンジがそういうのを身に着けているのは緊張した局面が多かったりもするので、そういうときにくすぐったくて変な声が出そうになるのがとてもツライ。もちろんゾロの精神力をもってすればそれを抑えこむことはできるのだが、痛いのとか熱いのとかと違って、かゆいのとくすぐったいのは我慢するのが大変なのだ。
ゾロがいつものように展望室でトレーニングをしていると、下から「ヒィ!」という声が聞こえてきた。声はサンジ。敵の気配はしない。――となれば、あれの苦手なものが出たんだろうとゾロは推測する。呼ばれるまで放っておいたりもままあるのだが、トレーニングも一段落したことだし、酒が飲みたいとゾロは思った。今なら、いつもよりちょっといい酒にありつけるかもしれない。ひょいと展望室から飛び降りて、ゾロはダイニングの扉を開けた。
扉から離れた位置から、サンジは慌てたようにゾロを手招きした。口の形でこっち、こっちと呼んでいる。声を出したら敵にバレるとでも思っているのだろうか。風呂上がりなのだろう、サンジは首にタオルをかけていた。濡れた髪が少しうねって、先の方に水滴が付いている。サンジが必死の形相で自分を呼ぶのは気持ちがいいので、ゾロはわざとゆっくりとサンジのほうへ向かった。振り返ると、扉のすぐそばの壁に、ゾロの拳ぐらいの大きなクモがいる。
「おお、立派なヤツがいるな」
「バカ! でかい声だすな!」
ゾロ以上の大声を出したサンジは、慌てて自分の口を両手で押さえる。これはけっこういい酒に化けそうだと、ゾロはニンマリした。
「船の外に追い出せばいいんだろ。……褒美はもらえるんだろうな」
「……こ、怖いとかじゃねェからな!」
この期に及んで青い顔をしながらも、サンジは虚勢を張る。わかってる、とゾロは大きく頷いた。
「褒美」
「わかってるよ。……お、おれ? で、いいか?」
おお、そう来たか。思っていたのとは違うが、それもゾロの好物だ。しかもいつもよりサービスしてもらえるかもしれない。
「了解」
さっさと済ませようと、ゾロは一歩踏み出した。が、前へ進めない。サンジがゾロの服の背中あたりをぎゅっと掴んでいるのだ。
「おい、離せ」
「ちょちょちょちょっと待て、いま動いた!」
「そりゃ動くだろうよ。ほら、追い出してやるから離せよ」
「あああああ、」
「コラ、てめェはチョッパーかよ」
サンジはゾロの後ろから抱きつくように、ぴったりはりついている。可愛いと言えなくもないが、邪魔だ。しかも、首にかけたタオルが存外柔らかく、あのふわふわしたもののようにゾロの首元をくすぐる。
「――離れろって!」
「ヒィィィィ」
「フハハハハ」
「なんで笑ってんだよ、バカ!」
「くすぐってェって、フハッ」
「おい、ふざけんなよっ」
弱みを知られるのは意に沿わないから、サンジのふわふわが苦手なのをゾロは言ったことがない。サンジはぎゅうぎゅうとゾロにくっついたままで怒っている。ふわふわのタオルはゾロを容赦なく攻める。
「フヒヒヒヒッ」
――埒が明かない。
あんな小さいものに刀を使うのは本意ではないが、ゾロは仕方なく秋水を鞘に収めたまま握った。コン、と鞘の先をクモに頭に当てる。潰すとサンジうるせェから気絶させるといいんだよと、前にウソップがやっていたのを真似してみたら、うまくいった。クモは気を失って、ぽとりと床に落ちた。
「ほら、気絶してるうちに追い出してくるから、離せ」
「あ、ああ。……うまくいったな」
自分は何もしていないくせに、ちょっとウソップじみたことを言って、サンジはようやくゾロを解放した。まだ何かくすぐったい気がして、ゾロは首を手で払った。ひょいとクモを摘みあげる。後ろでサンジがギャアァァと喚く。
「お前、その手! 石鹸で洗ってこいよ、10回!」
へいへいとぞんざいに返事をして、ゾロは扉を開けた。
「洗ったか? 10回」
「おう」
ゾロが両手を開いて見せると、サンジはほっとしたように頷いた。本当は1回しか洗っていないが、まあ問題ないだろう。カウンターに座ると、酒とつまみが出てくる。
「お、こんな酒あったのか」
「今日だけだぞ」
褒美の約束にはなかったのに、いい酒にもありつけるとはラッキーだ。ゾロはさっそくグラスを手にする。サンジもキッチンから出てきて、ゾロの隣に座った。すい、と指先がゾロの顎の下をなぞる。
「ふぉ!」
不意打ちに揺れたグラスを、ゾロは慌ててカウンターテーブルに置く。
「何すんだ、零れるだろ」
「悪ィ、悪ィ」
ちっとも悪くなさそうにサンジが笑う。
「お前、けっこう不感症なんだけどよ。おれが触ると、感じんだろ」
おれの着てるものとかでもそうなんだからなァ、とサンジはのんびり言いながら、ぺたりと手のひらをゾロの頬に当てる。そういう触り方だとなんともないが、その指先が動いてそっと耳に触れると、途端にびくりと肩が揺れた。
「――てめェ、」
欲しかったいい酒を、まだ一口も飲んでいない。つまみにもまだ手を付けていない。でも先に、こっちの決着をつけなければ。
「上等だ。好きに触ってみろよ」
それよりもっと触ってやる。サンジの肩のタオルを掴んで引き寄せ、挑戦的に笑うくちびるに、ゾロはがぶりと噛みついた。
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WJ買った(天啓により)。