【※重要なお知らせ】Alfoo有料化への移行に伴う重要なお知らせ。
ときめきの居場所


攻防戦 /海賊
 普段は黒いスーツ、そうでないときはTシャツやセーターなどシンプルなものを着ているくせに、サンジは時々ふわふわしたものを身に纏う。ゾロはそれがすごく苦手だ。ルフィやチョッパーがたまにふざけてこちょこちょとしてくるのを、ゾロはくすぐったいと思ったことがない。ところが、サンジの纏うふわふわは、ちょっと触れただけでものすごくくすぐったいのだ。サンジがそういうのを身に着けているのは緊張した局面が多かったりもするので、そういうときにくすぐったくて変な声が出そうになるのがとてもツライ。もちろんゾロの精神力をもってすればそれを抑えこむことはできるのだが、痛いのとか熱いのとかと違って、かゆいのとくすぐったいのは我慢するのが大変なのだ。

 ゾロがいつものように展望室でトレーニングをしていると、下から「ヒィ!」という声が聞こえてきた。声はサンジ。敵の気配はしない。――となれば、あれの苦手なものが出たんだろうとゾロは推測する。呼ばれるまで放っておいたりもままあるのだが、トレーニングも一段落したことだし、酒が飲みたいとゾロは思った。今なら、いつもよりちょっといい酒にありつけるかもしれない。ひょいと展望室から飛び降りて、ゾロはダイニングの扉を開けた。
 扉から離れた位置から、サンジは慌てたようにゾロを手招きした。口の形でこっち、こっちと呼んでいる。声を出したら敵にバレるとでも思っているのだろうか。風呂上がりなのだろう、サンジは首にタオルをかけていた。濡れた髪が少しうねって、先の方に水滴が付いている。サンジが必死の形相で自分を呼ぶのは気持ちがいいので、ゾロはわざとゆっくりとサンジのほうへ向かった。振り返ると、扉のすぐそばの壁に、ゾロの拳ぐらいの大きなクモがいる。
「おお、立派なヤツがいるな」
「バカ! でかい声だすな!」
 ゾロ以上の大声を出したサンジは、慌てて自分の口を両手で押さえる。これはけっこういい酒に化けそうだと、ゾロはニンマリした。
「船の外に追い出せばいいんだろ。……褒美はもらえるんだろうな」
「……こ、怖いとかじゃねェからな!」
 この期に及んで青い顔をしながらも、サンジは虚勢を張る。わかってる、とゾロは大きく頷いた。
「褒美」
「わかってるよ。……お、おれ? で、いいか?」
 おお、そう来たか。思っていたのとは違うが、それもゾロの好物だ。しかもいつもよりサービスしてもらえるかもしれない。
「了解」
 さっさと済ませようと、ゾロは一歩踏み出した。が、前へ進めない。サンジがゾロの服の背中あたりをぎゅっと掴んでいるのだ。
「おい、離せ」
「ちょちょちょちょっと待て、いま動いた!」
「そりゃ動くだろうよ。ほら、追い出してやるから離せよ」
「あああああ、」
「コラ、てめェはチョッパーかよ」
 サンジはゾロの後ろから抱きつくように、ぴったりはりついている。可愛いと言えなくもないが、邪魔だ。しかも、首にかけたタオルが存外柔らかく、あのふわふわしたもののようにゾロの首元をくすぐる。
「――離れろって!」
「ヒィィィィ」
「フハハハハ」
「なんで笑ってんだよ、バカ!」
「くすぐってェって、フハッ」
「おい、ふざけんなよっ」
 弱みを知られるのは意に沿わないから、サンジのふわふわが苦手なのをゾロは言ったことがない。サンジはぎゅうぎゅうとゾロにくっついたままで怒っている。ふわふわのタオルはゾロを容赦なく攻める。
「フヒヒヒヒッ」
 ――埒が明かない。
 あんな小さいものに刀を使うのは本意ではないが、ゾロは仕方なく秋水を鞘に収めたまま握った。コン、と鞘の先をクモに頭に当てる。潰すとサンジうるせェから気絶させるといいんだよと、前にウソップがやっていたのを真似してみたら、うまくいった。クモは気を失って、ぽとりと床に落ちた。
「ほら、気絶してるうちに追い出してくるから、離せ」
「あ、ああ。……うまくいったな」
 自分は何もしていないくせに、ちょっとウソップじみたことを言って、サンジはようやくゾロを解放した。まだ何かくすぐったい気がして、ゾロは首を手で払った。ひょいとクモを摘みあげる。後ろでサンジがギャアァァと喚く。
「お前、その手! 石鹸で洗ってこいよ、10回!」
 へいへいとぞんざいに返事をして、ゾロは扉を開けた。

「洗ったか? 10回」
「おう」
 ゾロが両手を開いて見せると、サンジはほっとしたように頷いた。本当は1回しか洗っていないが、まあ問題ないだろう。カウンターに座ると、酒とつまみが出てくる。
「お、こんな酒あったのか」
「今日だけだぞ」
 褒美の約束にはなかったのに、いい酒にもありつけるとはラッキーだ。ゾロはさっそくグラスを手にする。サンジもキッチンから出てきて、ゾロの隣に座った。すい、と指先がゾロの顎の下をなぞる。
「ふぉ!」
 不意打ちに揺れたグラスを、ゾロは慌ててカウンターテーブルに置く。
「何すんだ、零れるだろ」
「悪ィ、悪ィ」
 ちっとも悪くなさそうにサンジが笑う。
「お前、けっこう不感症なんだけどよ。おれが触ると、感じんだろ」
 おれの着てるものとかでもそうなんだからなァ、とサンジはのんびり言いながら、ぺたりと手のひらをゾロの頬に当てる。そういう触り方だとなんともないが、その指先が動いてそっと耳に触れると、途端にびくりと肩が揺れた。
「――てめェ、」
 欲しかったいい酒を、まだ一口も飲んでいない。つまみにもまだ手を付けていない。でも先に、こっちの決着をつけなければ。
「上等だ。好きに触ってみろよ」
 それよりもっと触ってやる。サンジの肩のタオルを掴んで引き寄せ、挑戦的に笑うくちびるに、ゾロはがぶりと噛みついた。


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WJ買った(天啓により)。
15/09/28 (Mon) 19:32



自分なりの素直 /高校生×ちびなす
「おい、チビナス! 隣にこれ持ってけ」
「となり? わかった! なんだよ、これだけかよ。もっとたくさんないのか?」
「こんだけありゃあ、十分だ。お前、隣に行ってからその素直さ出しやがれ」
「……なんだよっ」
「どうせ憎まれ口ばかり叩いてやがるんだろう。てめェ、こないだ何て言った。まァおれは認めはしねェが、」
「しょうがねェだろっ! はずかしいんだから!」
「そうかよ。だが、結婚したいほど好きなんだったら、ちったァ素直になりやがれ。ああ、結婚は認めねェがな」


 ――なんて会話が隣から聞こえてきたおれはどうすれば。
 親父が海外赴任になって、お袋がそれについていって、おれは一人で家に残った。高校生のおれを心配して、レストランをやってる隣のじいさんが食事の面倒をみてくれている。それを運んでくるのが、じいさんの孫だ。今年小学校に上がったばかりだが、赤ん坊の頃を知っているから、ずいぶん大きくなった気がする。生意気なガキだ。
 そいつがおれを好いてるなんて、とっくに知ってた。捻くれた口調や態度とは裏腹に、全部顔に出ているのだ。ガキはうるさくて話が通じなくて基本的に好きではないし、好かれもしない。だが、隣のガキだけは違った。生まれたばかりのくせに、おれがつつくと笑った。歩けもしないくせに、這っておれを追いかけてきて、笑った。ちゃんとした言葉も話せないくせに、おれが適当に相槌を打つと笑った。そうやってちょっとずつ成長してきた。
 結婚なんて、どこでそういう発想になったんだか。それはちょっと応えようがないが、まあそんなのは、もうちょっとデカくなればちゃんと気づいて、自然と変わっていくのだろう。

 裏口のドアをコンコンと小さな手が叩く。隣のガキは、いつも裏口からやってくる。開けてやると、「ん!」とじいさんがタッパーに詰めた料理を両手を伸ばして差し出してきた。
「上がれよ。ココア入れてやる」
「え? えー、しょうがねェなァ」
 いつもどおり、言葉とは真逆の嬉しそうな顔をして、ガキは靴を脱いだ。おれは甘いものは好きじゃない。暑い時季のカルピスと寒い時季のココアは、こいつのために置いてある。
 あたたかいココアを入れたマグカップを両手で包んで、ふうふうと息を吹きかけながら、少しずつ口を付ける。そのくちびるの上にココアの泡が付いているから、おれはティッシュでそれを拭ってやった。このティッシュも、実はこいつ用だ。ほかのより少し上等で、柔らかい。赤ん坊の頃、肌が弱くて、普通のティッシュで拭いたら赤くなってしまったのだ。
「なー。ゾロは、だれとけっこんするか、きめてる?」
 柔らかいティッシュで拭いたところは大丈夫だが、触っていない頬のあたりを赤くして、ガキがもじもじと言う。
「んなの、まだ決めてねェよ」
 小学生からすればずいぶん大人に見えるのかもしれないが、高校生で結婚相手を決めているヤツなんてそういないだろう。普通に答えると、ガキは安心したのとガッカリしたのと、半分ずつの顔をした。
「じゃあさ、どういうひととけっこんしたい?」
「そうだな――」
 さっきの隣の会話を思い出す。
「料理上手で、素直なヤツがいい」
 ガキは、一瞬にして顔を青くした。あまりにわかりやすくて、笑ってしまいそうになった。こういうのは、いつまでなんだろう。いつまでも結婚したいなんて思われていたら困るが、好かれていて嫌なことはない。まっすぐな好意は、くすぐったくも嬉しい。
「おれ、ジジイにりょうりおしえてもらう」
 それからガキは、すなお、すなお、すなお、とブツブツ言って、考え込んだ。思っていることが口から漏れているのに、気づいていないのだろう。
 すなお、すなお、すなお。何度も呟いた後で、ようやくガキは、口を開いた。
「ゾロのけっこんあいてはおれがきめてやるから! ゾロはさがさなくていいからな!」
 ものすごく捻くれていて、わかりにくい。でも、このガキなりに、素直に自分の気持ちを言ったのだろう。その必死な目に、おれは怯んだ。どういうわけか、たった6歳のガキのくせに、その青い瞳の中に、高校の同級生の誰も持っていないような色気を感じてしまったのだ。
「――そうか、それは助かる」
 やっとの思いでそう言うと、「おう! まかせとけ!」と、ガキは顔全体で笑った。
 おれは、隣のじいさんに認めてもらうにはどうしたらいいのか、なんてことを、つい考えてしまっていた。


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書きながら寝てました…。間に合った。
15/09/25 (Fri) 23:45


先手必勝 /海賊
 片手での腕立て伏せが10万回を超えたところで、「違うのにしたら?」とチョッパーは声をかけた。ゾロが常人には考えられないようなトレーニングをするのは承知しているが、これはちょっとやりすぎだ。別のところを鍛えるほうが効果があるだろう、と医師らしい判断をする。
 ゾロは、「ああ……、そうだな」と起き上がって、ぼんやりと宙を見ている。
「どうしたんだ? 何か変だぞ」
 刀と一緒に置いてあったタオルを取って、チョッパーはそれをゾロの目の前に突き出した。
「ああ……、そうだな」
 ゾロがまだぼんやりしているから、チョッパーはぽすぽすと汗だくの顔を拭いてやった。ようやく気付いたゾロが、タオルを手にして「ああ……、ありがとう」と言う。
 首をひねっていたらナミに手招きされたので、チョッパーはゾロから離れた。
「残念だけど、あれはあんたには治せない病気」
 そう言われて、やっとチョッパーも納得する。万能薬になりたいチョッパーは、ダメに効く薬まではぜひとも開発したいと思っているが、あれには手を出さないと決めている。死んでしまった人をよみがえらせるのと同じぐらい、医師として介入してはいけない領域だ。無論、クランケからの相談があれば、心理的カウンセリングおよび身体的アドバイスを適宜おこなう用意はある。
 ゾロはしばらくぼんやりと座っていたが、急に目をカッと見開いたかと思うと、立ち上がって大股で歩いていった。
「大丈夫かな」
「そうね、しばらく近づかないほうがいいかもね」
 サンジに任せよう、とチョッパーは頷いた。サンジならきっと治してくれるはず。

*

「……やっと見つけた」
 男部屋に入ってきたゾロが息を切らしているのに、サンジはぎょっとした。ここにはサンジしかいない。ということはゾロは自分を探していたのだろう。珍しいことだ。
 さっきからバタンバタンと煩かったのは、きっとゾロだ。大方、キッチンだとかトイレだとかを先に見てきたのだろう。
 驚いたものの慌てずに、洗い立てのシャツをロッカーにきれいにしまうと、サンジはボンク前に敷いてあるラグに胡坐をかいて座った。
「何か用か」
 ゾロは正座をすると、腿の上で拳をぐっと握って、サンジの顔をじっと見つめた。サンジは割と短気なほうだし、特にゾロに対してはそれが遺憾なく発揮されるわけだが、今はぐっと堪えた。我慢して我慢して、そろそろ限界がきそうになったところで、ぎゅっと結ばれていたゾロの口が開いた。
「好き、です……」


「な、なんで敬語」
 つっこむべきはそこじゃないのに、サンジは思わずそう言っていた。
「さあ」
 真っ赤な顔で、まばたきもせずサンジを見つめ続けているゾロだが、言って満足したのかちょっと肩の力が抜けている。
「ええと、」
 対してサンジは、普通に胡坐で座っていたはずが、いつの間にかゾロと同じ正座になっていて、同じように拳を握りしめていた。これどういう状況? と冷静に問いかける自分もいるにはいるが、それに答えられる自分はいない。
「えーっと……、」
 ああなんか島で買い出しをして食材を持っているときに出会う、よく躾けられた犬みたいだ、とサンジは思った。何かくれ、という期待感にあふれた目でしっぽを振るのに、跳びかかってきたり吠えたりなどせず、じっと待っている大型犬。
「ええと、だな……。お前、おれが何を言うのを期待してんの?」
「期待?」
 ゾロは首をひねって、そこではじめて、自分が何を求めているかを考えたようだった。さっき気づいたところだしな……などとぶつぶつ言っている。
 トレーニング中、サンジがしばふ甲板を横切るのが見えた。麦わらの一味の男の中で、サンジは一番よく着替えるから、よく男連中でやる洗濯大会のほかに、自分の分だけを洗濯していることがある。サンジはいつものように煙草を咥えて、シャツを外甲板に吊るしていった。途中、ハンガーにかけられる前のシャツが1枚、風で飛んだ。たまたまそれが自分のほうに来たので、ゾロは片手で腕立て伏せをしながら、もう片手で傍らに置いていた刀の1本を掴んで、ひょいとそれに飛んできたシャツを引っ掛けた。走ってきたサンジはニカッと笑って、「おー! サンキュ!」とシャツを受け取った。あまりゾロに向けられることのない、全開の笑顔で。
 そんでそこから気になって……と、延々ゾロが独り言をつぶやくのに、サンジは居た堪れない気持ちになる。だってサンジは前々からゾロのことが好きで、ゾロも同じ気持ちだといいなとか、いやそんな可能性はないだろとか、いろいろ考えながらも想いを大切にあたためてきたのだ。猪突猛進なのはまったくゾロらしいが、サンジとしては慎重に事を進めたい。
「……もし、もしもだぞ、おれもお前が好きだっつったら、どうするよ」
 ゾロも同じだと、思いたい。でも違うかもしれない。勘違いなんてときには、きっと立ち直れない。
「お前がおれを好きなら? お前が、おれを好きだったら――」
 サンジの問いを、ゾロは言葉にして何度も繰り返した。言うたびに、表情が明るくなっていく。こういうのがさっき言ってた全開の笑顔か、とサンジが思ったところで、ゾロは大きく頷いた。
「――そりゃ、すっげェ嬉しい!」
 そして、がっと立ち上がったかと思うと、サンジの手を取り立ち上がらせて、力いっぱい抱き締めた。
 ああこりゃダメだ負けた、とサンジはゾロの腕の中で項垂れた。ついさっき気づいたばかりのくせに、ゾロはサンジの大事にしてきた気持ちをひょいと飛び越えて、さらにその先で待っている。リードをつけて散歩をしていた犬が、急に走って先へ行って、振り返ってこっちを見ている画が浮かんだ。
「言っておくが」
 でもやっぱり簡単に負けを認めるのは悔しい。ほんの少しでもゾロの驚く顔が見たくて、サンジはぎゅうぎゅう締め付ける腕から身をよじって、上半身を少し離した。
「おれのほうが、ずっと前から好きなんだからな!」
 そしてゾロの鼻先をぺろっと舐めてやった。
 ゾロは目を丸くしてかなりびっくりした様子で、数秒ぴくりとも動かなかった。サンジがそれに満足していると、「――っし!」と拳を上げて、またサンジをぎゅっと抱き締めた。あーもう負けでいいやと、サンジは諦めて、抱き締め返した。


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ナニコレorz ゾロが別人すぎてびっくりした。
15/09/24 (Thu) 19:32


プレゼント /辻斬り×殺し屋(ハンジン)
 土砂降りの雨の夜、路上に倒れている男がいたら、無視するに限る。そんなものに関わったら碌なことにならない。
 サンジーンが足早に通り過ぎようとすると、ちょうどその時を狙ったかのように、ぐううと大きな音がした。雨音に掻き消されないとは、余程の。
 舌打ちをして、サンジーンは男の傍らに立った。大きな傘が、男の体を少しだけ覆う。
 靴のつま先でつついても、男は反応しなかった。転がすように腹のほうから蹴ると、バシャリと大きな音を立てて水をはね、仰向けになった。刀を3本も差している。握った左手の中から血が流れていた。
「死んでねェなら、目を開けろ」
 立ったままで上から言うと、男は眩しそうに右目だけ瞬きをした。左目は、もとから開かないらしい。
「死にたくてそうしてんのか?」
「――違う」
「クソ、デカすぎる拾いモンだ」
 そうだと言ったら今度こそ放っておいたのに。舌打ちと溜息に迷って結局どちらもせず、サンジーンは男の右側から手を差し入れると、背を抱え起こし、立ち上がらせた。男は存外、しっかりと自分の体を自分の足でも支えた。

 男はナカムラ・ハンゾロウと名乗った。
「お前は?」
「おれは……、北郷とかコックとか呼ばれてるよ」
「コック? 飯屋か」
「うん、まあ、店はやってねェけど」
 本名なんて、使っていないうちに自分でも忘れた。それだけのことだ。
 ハンゾロウは左手を派手に斬られていた。モグリの医者から買った塗り薬を傷にべっとり塗ってやると、サンジーンはキッチンに立った。
「腹はやられてねェんだろ。固形でも食えるか」
「問題ない。――いや、いいのか、食わせてもらって」
「腹減ってるヤツに食わせねェと、寝覚めが悪ィからな」
「さすがコックだな。すまねェが、ありがたくいただく」
 手早く作ったチャーハンとスープを、ハンゾロウは旺盛な食欲で口に入れていく。左目を大きな傷が塞ぎ、見るからに真っ当でない顔だが、もぐもぐとチャーハンを頬張る様子はリスのようだ。
 他人と関わるのは好まない。ハンゾロウの持つ空気は、サンジーンを揺さぶる。なのにそれは、妙に心地よくも感じる。キャビネットから細身の葉巻を取り出して火を点けると、ハンゾロウはスプーンを口に運ぶ手を止めた。
「お前は食わねェのか」
「ああ。今日は」
 手のひらを見つめるサンジーンに、ハンゾロウは「まァ、殺った後はな」とさらっと言う。
「――なんで」
「薬塗ってもらったとき、火薬の匂いがした」
 詮索はしねェよ、とハンゾロウはスープカップを持って直にずずずと飲んだ。
 単なるビジネスだから、サンジーンは人を殺すことに迷いはない。迷うぐらいならほかにいくらでも仕事はあった。だが、殺ると決めたその日は一日、何も食べない。依頼人からはターゲットを殺す対価を受け取る。ターゲットとは一方的な関わりになってしまうので、一日食を断つことで埋め合わせている。サンジーンの勝手な主観だ。
 ごちそうさまでした、とハンゾロウは手を合わせた。きっとコイツも、人の生死に関わるような仕事をしているのだろうと思う。背筋を伸ばして祈るようなその所作は、サンジーンの目にとても美しく映った。


 二晩をサンジーンの部屋で過ごした次の朝、ハンゾロウは正座をして「世話になった」と頭を下げた。
「お前、驚異的な回復力だな」
 医者に縫ってもらわないとダメだろうと思った傷が、二晩で概ね塞がっている。モグリの医者の薬がよく効いたのもあるだろうが、その医者でも回復の早さに驚くだろう。
 ハンゾロウは着物の袂を探って、出てきたものをごろんとテーブルの上に置いた。
「何だ? プレゼントか?」
「……ぷ、ぜれ?」
「プレゼント、知らねェか。贈り物」
「ああ。贈り物なんて縁のねェ生き方だったからな」
 じゃあ、はじめてのプレゼントだ。ハンゾロウはそう言って、置いたそれをずいっとサンジーンのほうへ押しやった。もともとはハンゾロウも人から譲り受けたそれは、ただの石に見えるが実は高価で、削ると美しいらしいと説明する。
「てめェは洒落者みてェだから、飾りにして身につければいいだろう」
 ハンゾロウは刀を手に取ると、立ち上がった。
 たった二晩で、情なんて湧いていない。なのにサンジーンは、思わず自分も立ち上がって、ハンゾロウを抱き締めていた。
「おい、……おれは男色の気はねェ」
「おれもホモじゃねェよ。挨拶のハグだ」
 でも離すことができない。されるがままにしていたハンゾロウは、しばらくすると、両手をサンジーンの背中に回した。
「おれは挨拶で抱擁はしない」
「キスは?」
「口吸いはもっとしねェ」
 そう言いながら、ハンゾロウはサンジーンの髪の中に手を突っ込むと、不慣れな様子でくちづけをした。あまりに下手で、サンジーンは思わず笑いを零してしまった。
「お前、笑うんだな」
 殺し屋という仕事に就いてからは笑っていないはずだ。しまったと思うと、サンジーンは顔が熱くなるのを感じた。顔色を変えるのも久しぶりのことだ。
「あれ、身につけておけよ。縁がありゃ、また会うだろう」
 ハンゾロウはそう言って、もう一度サンジーンを強く抱き締めると、部屋を出て行った。
 他人に執着なんてしたことはないし、したくもない。それなのに、ハンゾロウは未練をサンジーンの側に置いていった。テーブルの上の石を手のひらに乗せる。その重みはまるで、あの男の存在そのものみたいで。
 次に笑うのもはじめて泣くのも、きっとあの男の前だろう。サンジーンはそう確信した。


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「書いたことのないあの設定を書いてみよう」その3。
15/09/22 (Tue) 1:11


内緒の意地悪 /海賊
 麦わらの一味の料理人は、一流だ。基本的に食事は全員同じものだが、味覚の異なる8人が揃って美味いと言う料理を作る。そして時々――食材の状況にもよるが週に一度ぐらい、それぞれの好みの一皿が特別に添えられることがある。チョッパーにカボチャやニンジンなどの甘いポタージュ、フランキーにフライドポテトやミートローフ、ブルックに香辛料の効いたソーセージ。以前に出たものの中で特別に気に入った料理だったり、思い出を語った中に含まれていた料理だったり、その時々でいろいろなものが出される。自分のためだけに作られるそれは、特別楽しみな一皿になっている。
 ゾロの場合は、和風のものが多い。煮物だったり、漬物や蒸し物だったり。その日は冷奴が添えられていた。茗荷の乗せられたシンプルな冷奴だ。さりげない風にテーブル全体を見て、それが自分だけにしかないと確認すると、ゾロはほんの少しだけ頬骨を上げた。誰かに取られてしまわないよう、喜びをそっと噛みしめたのだろう。その皿を一番近くまで寄せると、ゾロは箸で大きめの一口大を取って、口に入れた。
「ゾロ、どうかしたのか?」
 ゾロの正面に座っているチョッパーが、首を傾げる。別に声を上げたわけでも妙な顔をしたわけでもないのだが、ゾロの様子を変に感じたので。
「いや」
 ゾロは首を横に振って、二口めの冷奴を食べる。
「そう? それならいいけど」
 チョッパーは安心して、自分の食事に戻った。

 さすがドクター、とサンジは顎の髭をなぞった。ゾロの様子は確かにおかしかったが、サンジはじっと様子を窺っていたからわかったことで、普通なら気づかないだろう。
 別に、変なものを出したわけではない。ただ、冷奴にかかっているのが、ゾロは醤油だと思って食べただろうけれど、実際はバルサミコ酢で作ったドレッシングなだけだ。豆腐は水切りをして、少し固めにしてある。冷奴というより、チーズのサラダに近いような雰囲気だ。味をはっきり想像して食べたときに、それがまるっきり違う味だと、たとえ美味しくても、人は驚く。ゾロもびっくりしたはずだ。でも、ほとんど表情にも出さなかった。
 料理人として、不味いものは出せない。だから、これは精一杯の意地悪だ。ゾロもきっと、それに気づいたのだろう。
 一週間前のゾロは、酷かった。サンジが今日は嫌だと言ったのに、無理に手を出してきたのだ。しかも二度も。別に気分が乗らなかっただけで、これといって理由はない。だから始めてしまえばサンジだってその気になった。でもそれとこれとは別だ。
 直後だとゾロも警戒しているだろうから、忘れた頃を狙った。気を緩めているときでないと通じない意地悪なのだ。

 ダイニングから誰もいなくなって、サンジがひとりで片付けをしていると、ゾロが入ってきた。夕飯後なら酒を持って飲みにくることが多いのだが、今日は酒瓶を手にしていない。ゾロはそのまままっすぐキッチンまで入ってくると、サンジが洗って置いてある皿と布巾を取って、拭き始めた。
「何、手伝ってくれんの」
「ああ」
「ふーん。珍しいな」
 キュキュッといい音を立てて皿を拭きあげると、ゾロはそれを棚の中に収める。同じ大きさの皿を9枚収めて、次に小ぶりのボウルを手にしたところで、ゾロは目の下をちょっと赤くした。
「今日がいいのか」
「――は?」
「この前は悪かった。お前、今日がいいんじゃねェのか」
 いや、あれは単なる意地悪だし。そういう意味じゃないし。合図とかじゃないし。
 そう言い返したいのだけれど、それはできなかった。だって実は、図星だ。
「……意地悪になんねェじゃん」
「あんな可愛いの、なるかよ」
 ハハハと笑いながらゾロが食器を拭いていくので、サンジも仕方なく笑うしかなかった。
 この男のこういうところが、どうしようもなく、――。


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最後を迷ったので、お任せします(丸投げ)。
15/09/18 (Fri) 22:11